第10話
シャワーを浴びたあと、体を拭きながらリビングへと向かう。体の熱は少し収まった気がするが、心のざわつきはまだ残っていた。
とりあえず何か食べよう。冷蔵庫を開け、適当な食材を取り出す。料理をしながら、今日の出来事を振り返った。
(俺が抱えている悩みはどこから来たんだろう)
精子提供の義務から逃げ続けている理由。それは漠然とした拒否感や恐怖だけではない。根底には、両親の影がある。
母は俺がまだ幼い頃に突然いなくなった。はっきりとした記憶は少ないが、最後に見た母の姿は、父に縋りつくように何かを叫んでいた姿だ。何を言っていたのか、今ではもう思い出せない。
父は、穏やかな人だったと思う。でも、母がいなくなった後、父もまた何も言わずに姿を消した。俺は祖母に引き取られ、以来、両親がどこにいるのかを知ることはなかった。
(ばあちゃんに、聞いてみるか)
携帯を取り出し、祖母の番号を押す。数回の呼び出し音の後、懐かしい声が聞こえた。
「もしもし、蓮かい?」
「うん、久しぶり。元気?」
「まあ、ぼちぼち元気さ。あんたの声聞けるだけでも嬉しいよ」
「ちょっと話したいことがあってさ。ばあちゃん、今度の週末空いてる?」
「週末? まあ、大丈夫だけど、どうかしたのかい?」
「...両親のこと、少し聞きたくて」
電話の向こうで祖母が一瞬沈黙するのがわかった。俺がこの話を切り出すのは初めてだったからだろう。
「そっか。うん、わかったよ。話せることは話すから、帰っておいで」
「ありがとう、ばあちゃん」
電話を切り、ふうっと息をつく。久しぶりに帰省することになるが、それ以上に両親のことを知るのが少し怖かった。
けれど、俺は少しずつでも前に進まなきゃいけない。
その前にもう一つ、済ませておかなければならないことがある。
俺はスマホを手に取り、先輩の番号を選ぶ。そして、ためらいながらも発信ボタンを押した。
「...はい、藤宮くん?」
いつもより少し緊張したような声が耳に届く。俺は一瞬、言葉を詰まらせたが、素直に思ったことを口にすることにした。
「あの、今日のこと...ちゃんと謝りたいんです。それに...ちょっと気まずいままでいるのが嫌で。」
「っ...! う、うん...そっか。」
先輩の声がわずかに揺れたような気がした。
「それと、もしよければ...今、会えませんか?」
しばらく沈黙が続いた。俺の鼓動がやけに大きく響く。
「..今から?」
「はい。会いたいです。」
自分でも驚くほど、素直に言葉が出た。
電話の向こうで先輩が息を呑む気配がする。俺の言葉に戸惑っているのが伝わってくる。
「...えっと...ええと...」
先輩の声が少し震えている。どうやら俺の言葉は、先輩にとっても予想外だったらしい。
「...藤宮くんって、そういうこと、結構ストレートに言うんだね...。」
「すみません、変でしたか?」
「う、ううん! 変じゃないよ! ただ、ちょっとびっくりしただけで...。その...私
も、気まずいままでいるのは嫌だし...会おうか。」
「本当ですか? ありがとうございます。」
「...うん。でも、私もシャワー浴びてから出るから、ちょっと待っててね。」
「わかりました。」
電話を切った後、俺は深く息を吐いた。
先輩に会いたいと思ったのは、謝罪のためだけじゃない。
それ以上に、俺は自分の気持ちをはっきりさせたかった。
先輩に触れたことで、俺の中の何かが変わり始めている。
それがただの性欲なのか、それとも先輩への純粋な愛情なのか。あるいは、精子提供義務から逃れるための都合のいい感情なのか。
はっきりと見極めたいと思った。
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