案内少女ミミ

赤城イツキ

転校少女チサキ

 ここは夢の中。降り立った彼女はまず主を探すことから始める。そして無事見つけることが出来れば夢の終わりまで一緒に伴走する。


 夢は人によって千差万別。楽しい夢、過去の恐怖が蘇るような夢、支離滅裂で理解が追いつかない夢。だが今回も彼女が入り込んだ夢は過去の恐怖が再現された夢だった。身も心も焦がすような経験から主を助けるために躍動し、今日も彼女は人知れずその活動を終わらせた。



 春下はるかチサキは目覚めが悪い。それは新しく越してきた新居でも変わらないようだ。数年前に経験した実家の火事。その光景が今も頭から離れず時々夢としてチサキの前に立ちはだかる。

 昔は飛び起きるように目覚めていたが最近はかなり落ち着いてきた。しかし今回はいつもと何かが違ったような…?


 今日は引っ越し先の師功坂中学校の新学期。転校初日を迎えるチサキはそわそわしながら父の影響ですっかり習慣になった朝のコーヒー作りのためにケトルでお湯を沸かす。


 母と他愛のない話をして新生活を思い描いているうちに朝の時間はすぐに過ぎていく。


「んっ!そろそろ時間だ。行ってきます!」


 チサキは荷物をまとめて小走りで玄関まで向かいドアを開ける。吹き込んでくる風がまるで自分のことを歓迎してくれているかのような印象を抱いた。チサキは上向きの気分のまま道路に足を踏み出す。


 学校までの道は平坦だが曲がり角が多いのが欠点だ。記憶に叩き込んだ道順に沿って身体を走らせる。

 チサキは肩まで伸ばした淡い茶色の外ハネボブの毛先を揺らしながら学校まで急いでいると、何故か既視感のある白髪の少女が目の前を歩いていた。その少女はチサキが朝、袖を通した制服と同じものを着ており、同じ学校の生徒だと瞬時に思い至った。


 どうしよう、挨拶するべきかな…?それに何だろう。どこかで見たような…。

 悩んでいるうちにその少女の真後ろまで追いついてしまい、結局声をかける勇気が出ずに追い抜かしてしまった。だが追い抜くときにちらっと横を見たらちょうど彼女もこちらに視線を向けており、視線が合った。


「あ、ども…」

 チサキはとっさに中身のない挨拶を口にする。

「…」

 白髪の彼女はぺこりとお辞儀をするだけだった。



 師功坂中学校は全校生徒が400人ほどの普通の中学校だ。近年改修工事が行われたらしく、校舎は新築同様の綺麗さを誇っている。


「ここがこれから過ごす1年A組だ」


 担任の先生は応接室から教室までを先導してくれた。途中チサキが見慣れない校舎を見渡しながら歩いていたのでかなり遅くなってしまった。


「俺が中から合図をするからそれに合わせて入ってきて挨拶をしてください」


 そう言い残すと先生は中に入り「お前たち座れ-」と声をかける。

 合図は数分も経たないうちに聞こえてきた。チサキは緊張による不安で胸が波立つのを感じた。最初は印象良く元気にいこうと意を決してスライドドアを勢いよく開ける。その勢いのままチサキは声を張り上げ…。


「初めまして!」


 先生が教卓を指でさすのが見えた。確かに出入り口で自己紹介はしないかと冷静になったところで自分の行動がより恥ずかしくなった。

 チサキはおずおずと教卓の横まで歩き、若干赤くなった顔を生徒の方へと向けた。


「は…初めまして。春下チサキです。よろしくお願いします」


 先生に指定された席に歩いている途中、チサキは己の恥ずかしさと転校生特有の奇異な視線を感じながら歩いていると、例の白い髪の少女がこちらを見ていることに気がついた。同じクラスだったんだと手を振ってみたら振り返してくれた。


 うれしさを感じながら席に着くと隣の女の子が身を乗り出しながら話しかけてくる。


「私は七谷しちたにキリアっていうの!よろしくね。チサキちゃんって呼んでいい?」

「大丈夫だよ。こちらこそよろしくね!じゃあ私もキリアちゃんって呼んでもいい?」

「もちろんだよ!」


 話を聞く限りキリアはクラスの委員長らしい。明るい雰囲気や転校初日のチサキに積極的に話しかけてくれる積極性からすでに彼女に信頼感を寄せている自分がいた。

 周りのクラスメイトに一通り挨拶を済ませるとチサキはずっと気になっていた白い髪の少女のところへ歩き出す。


「あのぅ…あはは、どうも朝会いましたよね?」

「すれ違った程度だけどね」


 彼女は口元に手を当て小さく笑った。


「改めて自己紹介するね!私は春下チサキ。よろしくね!」

「ボクは卯刻うのこくミミ。こちらこそよろしくチサキ」


 ミミが手を差し伸べてきたのでチサキも握手に応じる。初めて話すはずなのにどこか懐かしいような不思議な感覚。そんな魅力を持つ彼女の吸い込まれるような赤い瞳が笑顔によって細くなった。


 このようにして春下チサキの新しい学校生活が幕を開けた。学校終了後、方向が同じということで一緒に下校し、学校のことや引っ越しの理由などを語り合う。


「へぇー、じゃあチサキの両親が喫茶店を開業して、そのために師功坂まで引っ越してきたんだ」

「そうなんだよ。長年の両親の夢だったの。でも予想以上に準備や資金集めに手間取ったらしくてこっちに引っ越してきたのが二学期のタイミングになったのは想定外。本当だったら私が中学に上がったタイミングで引っ越す予定だったんだよ」

「何歳になっても夢のために動くことは良い事だよ」


 ミミとの会話は良く弾み、いつの間にか家まで着いていた。


「じゃあ私の家、ここだから」

「なかなか立派な店ね。今はしまっているみたいだけどオープンはまだなの?」

「もうそろそろって聞いてるよ。オープンしたらぜひ来てね」

「そうね。第一客を狙ってみるというのも面白そう」

「ミミが来たら私も歓迎するよ」

 二人は別れ、それぞれの目的地に向かって歩き出した。


 その夜、就寝中のチサキはひどくうなされていた。

 ああ…またあの夢だ。


 忘れもしない、小学三年の夏。チサキの家は火事に遭った。近所の火の不始末が原因だったらしい。自分や両親、弟に怪我はなかったが家は半壊。住める状態では無くなってしまった。


 その時の記憶がまだ自分を苦しめる。今でもふと思い出すだけで怖くなって思考が止まる。最近では思い出すことも減ってきたけど忘れるわけじゃない。


 あの夜、チサキは眠くていつもより早めに眠りについていた。そしてしばらくたったあと火事が起こった。両親と弟もすでに眠りについていて火事に気づけなかった。

 チサキは寝苦しさと外の騒ぎで目を覚まし、部屋を出ると壁が燃えていた。両親はパニックになっていた。父は消火器で消火を試みており、母は叫びながら父に逃げるように声をかけていた。


 チサキは弟のウタカがいないことに気がつき、急いで弟の部屋に飛び込んだ。ウタカは震えながら頭を抱え込んでじっとしていた。無理もない。まだ幼稚園児だったのだ。自分がどう動けば良いのかわからなかったのだろう。下手に動き回られて行方がわからなくなるよりよっぽど良かった。チサキは急いでウタカの手を引き逃げようとするがうまく力が入らなかった。


 火の手が回り目の前まで火が来るととうとう二人は動けなくなってしまった。

 数分後、となりの建物が崩れ落ちる音と同時にドアが開き、救急隊の人が弟を抱え、チサキの手を引いて家から脱出した。


「……」


 相変わらず目覚めは最悪だ。残暑の残る季節で朝は多少涼しいとはいえシーツは汗でぐっしょりだった。

 チサキはのそのそと起き上がり時間を確認する。時刻は4時。学生が起きるにはまだ早い時間だ。

 目覚ましの電源を確認し、チサキは再度目を閉じる。

 …悪夢はいつもここで終わる。家が燃え、弟を探しだし、救助される。これ以降の記憶が曖昧だからこれ以上の夢は見られない。これまで幾度となく見てきた夢。目覚めれば過去の話だと分かるが見ているときはあのときと同じ行動をする。

 今回も、なぜかいつもと違うような、そんな違和感を覚えた。だが考えても答えが出るはずも無く、思考を振り払うようにタオルケットにくるまった。


 時は少し戻り、チサキとミミが分かれた少しあと。ここはとある地下研究室。広さ20畳ほどの大部屋には大型の機械が所狭しと並んでおり、真ん中を占拠するようにベッドが配置されている。そこには少女が眠っており、命をつなぎとめるために管が少女と機械をつなげている。


 かつんかつん、とローファーを鳴らす足音とともにドアを開ける音を聞いて中年の研究者、月村ツムグは作業の手を止める。

 顔を上げると同時に廊下から白い髪を肩甲骨まで伸ばし、制服を着たミミが部屋の中に入ってくる。


「こんにちはミミさん。お待ちしていました。急に呼び出してしまって申し訳ないです」

「大丈夫ですよ、月村さん。ところで娘さんの容態はいかがですか?」

「相変わらずです。見ての通り眠ったままで」

「そうですか…」

 ミミは伏し目がちになる。

「それでも最初に比べればだいぶ良くなりました。眠っているだけで安定しているといえます」

 重い空気を払拭するようにツムグは明るく切り出す。

「さて!ミミさん、今日もお願いして良いですか?」

「勿論です。そのために来ているんですから」

 ミミはベッドの少女の手を握り、一つ深呼吸をしてから目を閉じる。



「ふー…」

 結局あれから眠れなかった。変に目が冴えてしまって寝ようにも寝付けずにいた。時計を見ると5時。チサキは気分転換に散歩へ出かけることにした。

 チサキは折り返し地点にしている風原公園についた。ブランコと鉄棒、ベンチだけが設置されている小さな公園だ。


 特にすることもなく、ブランコに揺られていると公園の入り口に見覚えのある白髪の少女が見えた。


「え?ミミ?」


 チサキは思いがけない知り合いの登場に面食らう。

 ミミとは一瞬目が合ったような気がしたが道に沿ってどこかへ行ってしまった。

 チサキは追いかけようと思ったが既に行ってしまったのでやめた。


「気がつかなかったのかな?でも目が合ったような気も…」


 結局学校でまた会うことになるから話をするのはその時にしようと考え、チサキは家に帰ることにした。


 早く着いたチサキは少し遅れてきたミミを捕まえ、朝ミミのことを見かけたことを話した。


「朝に?それ、本当にボク?」

「本当だよ!5時を少し過ぎたくらいかな。」

「どこで見かけたの?…公園だったりする?」

「なんだ、やっぱりあのとき見かけたのはミミだったんだ」


 チサキが笑いながら言うとミミはうつむいて黙りこくってしまった。


「あ…あれ?私何か気に障るようなこと言った?」

 ミミのただならぬ様子にチサキは少し焦る。

 ミミは急に顔を上げチサキの肩をつかむ。


「チサキ」

「あ、はい」

「今日一緒に遊ぼう」


 そして放課後。二人は件の公園にいた。ベンチで隣り合うように座っている。


「チサキが見かけたのはきっとボクだと思う」


 ミミはここまで言ったところで口籠もってしまった。言い出すことをためらっているのがその様子から伝わってくる。

 数秒後、ミミは姿勢を正し、チサキの方を向く。


「でもそんなはずが無いんだ」

「それってどういう…」

「今日の朝、チサキが言ってた5時過ぎ。ボクはベッドで眠っていた。だからそんなはずが無いんだ」


 チサキは突然の矛盾発言に戸惑いの表情を浮かべる。


「えーと、私が見かけたのはミミなんだけどそんなはずがないってこと?ごめん、私にもわかるように説明してもらってもいい?」

「これからボクが話すことは到底信じられないことだと思う。だから無理に信じてもらおうとか考えていない」


 それでもいいなら、とミミは続けた。

「ボクはね、他人の意識の中に入れるんだ」


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