第九話
夜明け前の冷たい空気の中、高高度滑空機の試作機は、ようやくその姿を現していた。粗野な鉄骨の枠組みと布張りの翼を持つそれは、まるで巨大な鳥の骨格のようだった。ブリュンナーは機体の前に立ち、満足げに頷く。
「これが俺たちの答えだ」
宗介は目の前の機体を見上げ、思わず息を呑んだ。計画の概要は聞いていたが、実物を見るのは初めてだった。山岳カタパルトで打ち上げられ、成層圏に届く滑空機——荒唐無稽にも思えたが、確かに現実の形をとりつつあった。
「お前さん、見学するだけでなく、どうだ? 実際に飛ばしてみる気はないか?」
ブリュンナーがにやりと笑いながら言う。宗介は一瞬、冗談かと思ったが、彼の目には本気の光が宿っていた。
「冗談じゃない。俺は操縦の心得なんてない」
「なら、覚えればいいさ」
技術者たちが次々と機体の調整を進める中、宗介の中にはある考えが浮かんでいた。これは、本当に飛ぶのか? そして、もし飛んだとして——その先には何が待っているのか?
機体の最終調整が進むなか、宗介は試作機のコクピットを覗き込んだ。計器は簡素で、操縦桿といくつかのレバーがあるだけだ。ブリュンナーが得意げに説明する。
「基本的には簡単なもんさ。カタパルトで射出された後は、揚力を利用して高度を維持する。滑空しながら目標地点へ向かい、最後に降下して着地するだけだ」
「そんな簡単に言うな」宗介は苦笑する。
ブリュンナーは肩をすくめ、「だからテストが必要なんだろ」と言いながら、技術者たちに指示を出していく。
そこへルシアンが現れた。彼は慎重な表情を浮かべ、宗介に目を向ける。
「この機体、本当に飛べるのか?」
「飛ばなきゃ困る」ブリュンナーはあっけらかんと言う。「でもな、実験ってのは失敗することもある。だからこそ、試す価値があるんだよ」
宗介はふと、燈瑠の言葉を思い出した。
——天高く鴨を打ち上げる。
彼女の言葉は冗談めいていたが、実際には途方もない計画だった。そして今、その計画の一端が目の前で形になろうとしている。
「俺にできることはないが……せめて見届けよう」宗介はそう呟き、試作機がカタパルトに据え付けられるのを見つめた。
静寂のなか、機体がカタパルトに固定される音だけが響いていた。作業員たちは慎重に最後の確認を行い、ブリュンナーが満足げに頷くと、ルシアンが計器を睨みながら小さく息を吐く。
「いよいよ、だな」
宗介はただ見守ることしかできない。飛べるのか、本当に。機体は金属と布の組み合わせで、決して重厚ではないが、それでも滑空機として機能するには十分な設計だった。
「カウントダウンを開始する!」ブリュンナーが叫ぶ。
五、四、三 ——
宗介は無意識に拳を握り締めていた。
二、一 ——
甲高い金属音とともに、機体が解き放たれる。カタパルトの力で一瞬にして加速し、風を切り裂くように空へと放たれた。
宗介の目が機体を追う。飛ぶのか? 本当に?
——機体はふわりと揚力を受け、地面から浮かび上がった。
最初はぎこちなく、それでも確かに滑空している。風に乗り、ふわりと舞い上がる姿はまるで鳥のようだった。
「飛んだ……!」誰かが息を呑むように呟いた。
ルシアンは計測器を睨み、ブリュンナーは歓喜の声を上げる。
「見たか、宗介! 俺たちはやったんだ!」
宗介は言葉もなく、ただその光景を目に焼き付けた。
空高く、試作機は飛んでいた。
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