君と行く3000kmの旅路

@tsukimi-konoya

一章 平穏な旅路編

第1話 魔法使いの少女

剣を背負った少年が木々を積んだ荷車を引いていた。夕焼けのような髪の色でルビーのような赤い瞳、見た目は十代半ばの少年、その名をレントという。木こりであり、森の奥で叔父と二人で暮らしている。今から森に一番近い町へ木を売りに行くところだ。鬱蒼とした森を抜け、町までの草原の一本道をひたすらに歩く。空は晴れ渡り、爽やかな風がレントの頬を撫でていた。


目的の町が見え始める。大規模とまではいかないが、旅商人がもれなく立ち寄る程度の知名度と規模の町ではあった。魔獣の襲撃を防ぐべく、その町も例に漏れず壁で囲まれている。町の門をくぐり抜け石畳の大通りを歩く。木を商人のところに持っていかなければならない。



「ごめんくださーい、商人のおっちゃん!」


レントの呼び掛けに応じて、一人の男性が建物から出てくる。


「おやおやぁ、今回も坊が来たのか。いやぁ、良かったぜ」


商人の少し安堵した様子に、レントはいぶかしむ。


「そうだよ、それがどうしたの?」

「もう、ずっと坊が売り出しに来てくれよ。おめぇの叔父さん、おっかないんだよなぁ。大柄なうえに無口だし、何考えてるか分かんねぇ」

悪気はないのだろうが、たった一人の家族を倦厭されるのは、あまり気分は良くない。


「叔父さんはちょっと人見知りなだけだよ、多分。そんなことより」

「ああ、分かってるよ。検品するからちょっと待ってな」

レントが運んできた木々はどこかへと持ち運ばれる。

暫くしてから戻ってきた商人の手には今回売却した木々の代金が握られていた。


相変わらず渡されるお金は多くはない。


「俺様だって大変なんだぜぇ?家族だけじゃなく、従業員の食い行事だって稼がなきゃなんねぇしな。利益を出そうとしても高すぎると客から選ばれねぇ。というわけで、ここが妥協点なのさ。世知辛い世の中。お金は大事だよってな」

「分かってるよ、おっちゃん。それじゃ」



叔父からは毎度、すぐに帰るように言われている。この町の知り合いといえば先程の商人くらいだ。森の奥に住み、売買の為たまにしか町に来ない自分達は所詮、町の住民達にとっては余所者だ。仲が良さそうに井戸端会議をする人々を横目にレントは町を足早に進む。疎外感を感じる町からはさっさとお暇するに限る。


木を売った後は町の門を出て、森へ続く道を荷車を引いて歩く。町の人々は危険な生物や遭難を恐れて森に近寄ろうとしないが、レントにとっては既に慣れた場所だ。



今日もいつも通り森の奥の家へ帰る。


そのはずだった。




突如森に轟音が響き渡る。


「なんだ!?」


鳥が慌てふためいて飛び立ち、地響きやメキメキと木々が倒れる音が辺りに広がる。

急な異変にレントは身構えた。



この騒ぎを起こした主は、すぐにレントの前に姿を現した。


一際大きな轟音と土煙と共に。


人の三倍ほどの大きさの魔獣、魔猪である。


一目で分かるほどに殺気立っている。


(おかしい……!魔猪の縄張りには入っていないはずなのに、何でこんなに怒っているんだ!?)


魔猪の吠える声により空気が振動する。

レントは動揺しながらも剣を構えた。


しかし魔猪はレントには目もくれず、レントの傍を駆け抜けて行く。


「え……?」

拍子抜けしたレントは構えていた剣を下ろし、魔猪の向かう先へ目を凝らす。


「ああ……なるほどね」

魔猪が敵視した相手はレントではなかった。

あの魔猪の縄張りに入ってしまった人間がいたらしい。木々の合間に一人の人間が走っているのが見えた。


森の中で白いローブはよく目立つ。その人間は小柄で体格的にレントと年は近そうだ。

魔猪は木をなぎ倒しながら、逃げる敵を追いかける。


助けるか。


魔猪は強い魔獣だが一頭だけなうえに、こちらに注意が向いていない今ならレントには簡単に倒せる。森の木々を縫うように走りレントは魔猪に追い付く。それから大きく跳躍した後、落下の勢いのまま魔猪の背中を目掛けて剣を突き立てた。魔猪の体を守るべき肋骨は、その隙間に剣が食い込んだために役割を果たせなかった。


魔猪は哀れな断末魔を上げ、土煙と共に地面に倒れこんだ。


魔猪の息の根が止まったことで、追われていた子供が振り返る。その子供がローブのフードを取れば、肩に届くか否かの淡い金髪が現れた。瞳の色は吸い込まれそうな透き通ったライラック。そんな少女がレントをじっと見つめていた。

だが、何よりレントの目を惹いたのは彼女が水晶のついた杖を持っていることだ。

(魔法使いか……)


簡単な生活魔法ならまだしも、より複雑で魔力量の多い魔法を扱うには才能と修行が求められる。高度な魔法を使用する際の補助道具が杖であり、魔法使いの証であることは世情に疎いレントでも知っていた。そして魔法使いはありとあらゆる魔法を扱うエキスパートであり、当然攻撃魔法も扱えることも。現に目の前の少女は、さっきまで魔猪に追われていたのに動揺している様子がない。


(本当は自分で魔猪を倒せたんだろうな)


余計なお世話だったかもしれない。


「助けてくれてありがとうございます。魔獣の中でも魔猪は強い方なのに、こうもあっさりと……。すごいですね!」

「ど、どうも。けど森は本来、魔獣達のテリトリーだからさ。相手が一匹だけならこれくらいは当然だよ」

「戦士職の方なんですか?」

「いや、俺は木こり」


魔猪の背中から降りながらレントは淡々と答える。同世代の人間とは話したことがないため、どう接すれば良いのかが分からないのだ。取り敢えず聞かれたことには答えておく。

少女はそんなレントのぎこちない様子を気にした風もなく話しかけてくる。


「すみません。大変申し訳ないのですが、森の出口を教えて頂けませんか?次の町に行きたくて……。お礼なら魔猪を倒して頂いた分も含めて……」


そう言いながら自身の鞄を漁る少女を、レントは制止した。無理なく助けられる範囲でしたことに、いちいちお礼は求めていない。


「いいって、お礼は気にしなくて。魔猪は俺が勝手に横やり出しただけっぽいし、森の出口も割とすぐそこだから」

「い、いいんですか……?」


森の出口まで案内することを承諾するもレントは内心で溜め息をついた。少女と二人きりというレントにとって気まずい時間はもう少し続きそうだ。その時間を短くするために、レントはさっさと足を進めようとする。

「早く行こう。こっちだよ」

「は、はい!」





その時、少女のお腹が大きく鳴った。


「あ、あ……えぇっと」

「お腹、すいてんの?」





焚き火の火がパチパチとはぜる。二人は先程倒した魔猪の肉を枝に刺して焼いていた。魔獣は死んだ後は体から魔が抜けるため、食べることが出来るのだ。ちなみに今回の魔猪のような野生の魔獣は、魔法や香辛料の使用を始めとする臭い消しを行っても若干獣臭い。家畜となった魔獣や動物には食べやすさや味の面では劣る傾向はある。


「すみません……。元はと言えば食料が尽きて、森なら何かあるのではないかと思い彷徨いていたところ、魔猪の縄張りに入ってしまったみたいで……」

「慣れてない森をうろちょろするのはオススメしないかな……。魔獣に会わなくったって、普通に遭難するかもしれないし」

「で、ですよね」

いくら魔法が便利とはいえ、食料はどうにもならないのだ。(なお、水は魔法で出せる。)


「ほら、焼けたよ」

「ありがとうございます。本当に……何から何まで」


食事をしながら話を続ける。


「私の名前はマリン。ご覧の通り魔法使いです。あなたの名前を聞いても?」

「俺はレント。この森で叔父さんと一緒に木こりをやってる」

「そうでしたか。森に詳しいあなたとの出会いに感謝します!」

「お、大げさだな……」

「そんなことありませんよ!もしレント君の助けがなければ遭難や飢えで野垂れ死にしていたかもしれません!」

年端もいかぬ少女とはいえ魔法使いがそんな簡単にくたばるとは思えないけど……という本音は胸に閉まっておくレントであった。


「正直、女の子一人での移動なんて珍しいね。次の町『エルメダ』は俺も売買でよく行く町でさ。今日も木を売ってきたところなんだ」

「そうだったんですね。私はその町で旅の物資を調達して、宿に泊まろうかと思っています」

「旅してんだ?」

「はい。私は先日、魔法学校を卒業して故郷に帰るところなんです。それまでの道中は徒歩で、人々に困り事があれば手助けするのが習わしであり、最後の修行なのですよ」

「へぇ……じゃあ、学校から距離がある人は不利だね」

「確かにそうかもしれませんが、私はそうは思いません。その方がきっと多くの人のお役に立てるでしょうし」


レントはマリンの言葉に胸に疼くものがあった。マリンは自分と同じくらいの年齢であるにも関わらず、人の役に立ちたいと理想を持って生きているようだった。森からほとんど出ず、人とも大して関わらない自分とは雲泥の差だ。この胸の疼きが嫉妬によるものか憧れによるものかは判別しかねたが、努めて顔には出さず話を続ける。


「ちなみに学校とマリンの故郷はどれくらいなの?」

「およそ3000kmです」

「それ、大分距離あるよね?」

「まぁ……実際、同級生の中では私が一番遠かったですね。あ、おかわり頂きます」


マリンは可憐で大人しそうな見た目の第一印象とは違いガッツリ肉を食べている。あらためてレントはマリンを見る。自分と違い身なりの良い少女だ。全体的に白を基調とした服装で魔法によるものか染み皺一つない。ローブの下は先程言っていた魔法学校の制服だろうか。スカートはレースが編み込まれ気品を感じる。

レントの視線を感じたのか否か定かではないが、マリンがレントにニッコリと微笑んだ。


(見すぎたかも……申し訳ない……)


マリンから目をそらし少し俯くレントへマリンは話し掛ける。


「レント君は普段どのように過ごされているのですか?さっきみたいに魔獣と格闘しているとか?」

「い、いや。俺は狩人じゃなくて木こりだから。そんなに戦わないよ。必要以上に狩るのも多分良くないだろうし」

「あ、そうでした。私ったら、つい癖で」


もしかしなくてもマリンは結構な武闘派っぽいな……。


「普段は木こりとして木を切ってるよ。けどまぁ、魔獣から身を守るために鍛練はちょっとしてるかな。叔父さんに教わってるんだ。剣を使った攻撃魔法を練習中だよ」

「へぇ……叔父さんもレント君も相当な腕とお見受けいたす」

「よ、よしてくれよぉ」

冗談を言い二人はケラケラと笑い合った。




「ご馳走さまでした」

二人が打ち解けた頃に食事が終わり、マリンは出発の準備に取りかかる。

「食べきれなかった分は幾らか持っていきなよ。魔法で暫くは肉の保存が出来るでしょ?町で売るも良し、自分で食べるのも良しだ」

「いいの?ありがとう、お言葉に甘えます!」

「うん。準備が出来たらまずは町に続く道まで行こう、案内するよ」




レントの荷車はその場に置いて、二人は森の出口まで歩いた。出会った時とは違いレントは名残惜しい気分になる。だが旅人であるマリンに対しレントが出来ることは、次の町を指し示し彼女の旅の安全を祈ることだけだ。


「ここから町へはもうすぐだよ。ちょっと日が傾いてるけど、今からでも門限に間に合うと思う。ここを真っ直ぐに行けば……」


レントが町の方向を見ると異常が起こっていた。


「あれ……?なんか、町の方が赤い……?」



マリンはすっと目を細めた。


「この周辺の魔力濃度が急上昇しています。恐らく町は魔獣の群れに襲撃され、火の手があがっている……。行かなくては」


走りだそうとするマリンの手を、レントは咄嗟に掴んで引き留めた。


「待った。救援に行くってこと?やめた方がいい、群れの規模になると危険だよ!マリンは故郷に帰るんだろう?途中で死んだらどうにもならないよ?今日はもう、うちに泊まっていけばいい!」

「駄目です。町を放ってはおけません」


町の方をじっと見つめるマリンに、レントは困惑しながら問いかける。


「……見ず知らずの町のためにどうして?」


マリンはレントに向き直った。

真っ直ぐな透き通った瞳だった。


そして答える。


「私は故郷を守りたくて魔法使いを志しました。そこには守りたい大切な人達や思い出があります。でも流れる時も人々の営みがあるのも、それは私の故郷に限った話ではない。何処も同じ、当たり前。そう、当たり前のことなのです」


だが、今戦わなければあっけなく失われるものだ。


「いつまでもそうあってほしいのです。私の魔法の才能と修行で得た力は、きっと天が私に与えてくれた恩寵です。それはみんなを守るために使うべきだと思うのです」


明日も平穏な日常があると信じる人々のために。

誰も悲しむことがないように。

人々の安寧を守るために戦う。


「でも……」

「大丈夫。そんなに心配しないでください。故郷と自分をちゃんと優先します。倒すのが難しそうなら、人々の避難誘導だけしてすぐに撤退しますから!」


そう言ってマリンは走り出した。身体強化の魔法を掛けたため、ほとんど飛ぶような速さである。姿はあっという間に見えなくなった。



「どうしよう……」


一人取り残されてレントは途方に暮れた。無理はしないとマリンは言っていたが本当だろうか。魔獣一匹を狩るのは大した手間でもなければ脅威でもないが、群れとなった時の魔獣はそうではない。もし攻撃が追い付かなければ、人間はただの餌でしかなくなってしまうのだ。叔父には家にいれば敵は侵入してこないと言われている。自分の身を守るなら、もう家に帰るのが一番だ。


でも……とレントは思う。



マリンが死ぬのはとても嫌だ。

自分には上手く理解出来なかったが、人々のために戦いに行ける姿は輝いて見えた。あの輝きが失われてほしくない。


見知らぬ人間のために戦う勇気はなくても、見知った人間のために戦う勇気なら、自分にも絞り出せるかもしれない。





レントは剣を持って駆け出した。





レントは走り町まで辿り着く。

そして目にしたのは魔獣の襲撃を避けるための壁、それが無惨にも破られている光景だった。


「燃えた跡がある……」


焼けた門周辺には逃げ惑い途方にくれた人々が立ち竦んでいた。


「ねぇ、何があったの!?魔法使いの女の子見なかった?」


人々はオロオロとしながらもレントの質問に答える。


「突然門の前に魔獣が現れたから慌てて閉めたんだけど、火を吹いて門を吹っ飛ばしたんだ!まるで砲撃みたいだった……」

「魔法使いの女の子が助けてくれたの。門の火も彼女が消してくれて。それから町の中に入っていったわ!」

「ありがとっ!」

レントも町へ入るのだった。






「ひ、ひぃ……!もう駄目だ……」


人々が狼のような魔獣達に囲まれていた。背後の魔獣から逃げ回っていたが、前方にも姿を現した魔獣達に人々は絶望の声を出す。その中にはあの商人もいた。仕事で外出していた時に魔獣襲撃が発生したのだ。


(あれだけいっぱい仕事したのによぉ……!死んだらお金はあの世に持っていけないんだよなぁ……!)


唸る魔獣と目が合う。


(あ、俺様本当に死ぬんだ)


今ここで魔獣に囲まれている自分達は既にただの餌の立場だ。


(くそっ!くそっ!せめて家族は無事なのか!?)


火災も発生している今となっては家にいるはずの家族の無事も定かではない。



幼い頃からずっとお金が好きだった。コインの丸みが好きだ。デザインが好きだ。輝きが好きだ。だが、何よりお金はあれば出来ることが多い。大事な家族を楽させてやれる。


そう、大事な家族を。

今までずっと家族のために頑張ってきた。

その家族の安否も分からぬうちに、自分は魔獣の胃の中へ入るしかないのか。


遂に魔獣が商人に襲いかかる。



「し、死にたくねぇ~!!!」



商人の叫びに呼応するかのように、白い光熱の線が魔獣の背中から腹を貫き、魔獣がギャオンと断末魔をあげる。


それから上から降ってきた光弾で魔獣達が次々と死亡した。商人達が見上げると白いローブの魔法使いが家の屋根に立っていた。


「逃げてください!」


マリンは杖を左右に振りかざし魔力を連続で打ち出す。放たれた光弾は魔獣の体を貫き、辺りには魔獣の死体が散らばっていく。



「おお……!魔法使いだ!」

「ありがとう!お嬢さん!!」


涙ながらに走り去る人々をマリンは見送る。

魔獣退治と消火活動を同時並行でしなければならない。マリンは身体強化の魔法で家の屋根から屋根を跳躍しながら町を移動する。町の門を吹っ飛ばした親玉がどこかにいるはずだ。親玉は魔獣ではなく、魔獣より強く特殊能力を持つ『魔物』の可能性が高い。早く見つけ出して討伐しなければ、そうマリンが考えていた、その時だった。



空気を裂く低い音、赤い光そして高熱。



それらが背後に一瞬で迫ってくるのをマリンは感じた。



咄嗟に振り向き氷の塊を出して対抗し直撃は避けるも、勢いは殺しきれず家の屋根は破壊される。足元が崩れ地面に落下するなか、砕けた氷の欠片や火の粉、熱を持った水蒸気などがマリンの頬を掠めていった。


「くっ……!」


まだ体力、魔力には余裕がある。しかし打ち所がわるかった。マリンは脳震盪を起こした。その様子を見て先程逃げた人々の中から、商人が引き返してマリンを抱え起こす。


(死にたくねぇ……けど、命の恩人を見捨てられねぇ……!)


「お嬢さん、それ以上は危険だ!逃げよう!」

商人は周囲を見る。魔獣達は既に体勢を立て直し、此方に向かってきそうである。

「ち、ちきしょー……」

万事休すかと思われた、その時だった。



「商人のおっちゃん!」



商人の耳に聞き覚えのある声が入った。

「坊!?帰ったんじゃなかったのか!?何でこんな危険な時にこっちへ来ちまったんだ!?」

「おっちゃん、マリンを安全なところへ連れていってあげて!」

「あ、お前ら知り合いだったのか」

「う……、レント君……?」

レントの声に微かにマリンが反応を示す。


「マリン、助けに来た!取り敢えず時間を稼ぐよ。なるべく魔獣を倒したら、俺もこの場から逃げるから!おっちゃん、行って!」

「ああ、無理すんじゃないぞ!」

商人はマリンを担いで、その場から退避した。




レントは冷静に周囲を見渡し、状況を把握する。


(数は10か)


唸る魔獣達とレントが踏み出したのは、ほぼ同時であった。レントは自身に大きく飛び掛かった魔獣の心臓を突き刺した後、右上から左下に剣を振り下ろし、次に迫っていた魔獣に死体をぶつけて転がす。そして振り抜き様に近くの魔獣の頭を切り飛ばしながら走り、すれ違いざまにまた別の魔獣を切り捨てる。横から水平に斬り込んで、さらに二匹。後ろから攻撃した魔獣も、体の向きを回転させて振り向き様に殺す。攻撃はかわし着実に殺していく。


そして最後に先程死体をぶつけられ転んだ魔獣が体勢を立て直す前に剣を目に突き刺して殺す。


一段落してレントは溜め息をつき額の汗を拭う。ここでマリンと合流するべきだろう。レントは来た道を引き返そうと思う。


しかし


「…………暑い」


その場から離れようとしていたレントは足を止めた。マリンがいくらか消火したとはいえ、火災の影響で気温は上がっている。だがレントが呟いたのは、その影響ではない。『急に』暑くなったのだ。嫌な予感がする。町の門は砲撃を受けたように魔獣達に吹き飛ばされ町も燃えていた。だが今までに倒した魔獣の中に火を扱ったものはいなかった。


ならば必然的に──


レントの背後で爆発音がする。まるで大きな火山の爆発のように火が吹き上がった。飛散した火は町に降り注ぐ。町中から人々の悲鳴が上がるのをレントは呆然と気が遠くなりかけながら聞いた。


レントは目を見開きながら、ゆっくりと振り向く。



燃え上がる魔獣がこちらに向かってくる。


昼間に倒した魔猪よりは小さいが、レントが倒した他の狼のような魔獣よりも一回り大きくあれがボスだと一目で分かる。


しかし重要なのはそこではない。

注目すべきは、やはり燃えていることであった。


炎に包まれて平気な……いや自ら炎を発する魔獣などレントは見たことがなかった。


(まさか、あれが魔物……!?この地域じゃほとんどいないはずなのに……!)


レントは本能的な死の恐怖により震えた。魔物は悠々とレントの目の前に歩いてきて、少し離れた場所で立ち止まる。


両者は向き合い一瞬の静寂が生まれた。

その後、魔物は遠吠えをする。


「っ……!」


レントは咄嗟に顔を腕でガードする。熱風が辺りを駆け回る。魔物との距離がもう少し近ければ危なかったかもしれない。


「ち、近寄れない……!」

遠距離攻撃でなければ倒せなさそうだが、弓を使おうとも矢が魔物の身体に届く前に消し炭になるのではないだろうか。


怯むレントに容赦なく魔物は攻撃を加える。魔物は口を開け、そこから火を吹き出す。まるで砲撃のような、火山岩のようなものが吐き出され、直感的にレントはその場から飛び退いた。


「うわっ……!」


レントが先程までいた場所は魔物の攻撃により地面が抉れていた。


「このっ……!」


逃げたい。だが完全に標的となってしまっているうえに魔物が距離のある攻撃も出来る以上、背中を見せて逃げるのはあまり得策ではないように思える。


一か八かでレントは攻撃を繰り出す。出来ることなら倒したい。そうでなくても魔物を怯ませて自分が逃げる隙を作りたい。


レントは魔物へ踏み出し、剣に魔力を込めて振り抜く。魔法を行使する際に最も有名な補助道具が杖であるが、剣も魔力を乗せれば剣閃として放つことが出来る。実際の物理的に剣が届く範囲と距離を伸ばし、威力の増大も可能なのだ。


だが、しかし。


「駄目か……!」


レントは他の人と同じく簡単な生活魔法は扱えたが、それ以外の魔法はあまり扱えない。剣を使った攻撃魔法は練習中の身だ。剣からは何も放たれず魔物に掠りもしないで空振りに終わった。


「あ……」


レントが必死に攻撃をしようとする中、魔物が間合いを詰めてきていた。もはやブレス攻撃も使わずにレントを仕留められると判断したのか、飛び掛かかる勢いだけでレントの急所を狙う。


熱い。


怖い。


死にたくない。



魔物の鋭い爪が目前に迫り、もう駄目だとレントが絶望した時だった。

自身と魔物の間に大きな氷の塊が突如出現する。



大きな氷の塊。


まだ万全ではないマリンが、それでもレントを助けるために遠隔で魔法を使用したのだ。


魔物はその氷の盾に阻まれてレントへの攻撃に失敗するも、大したことはないとばかりに熱で溶かした。


しかし



その一瞬が命取りであった。



「やあああああああ!」



レントは剣に魔力を乗せて振り抜く。レントは剣を使った攻撃魔法を今までは成功させたことがなかったが、剣から伸びた白い剣光はそのまま魔物の首をはね飛ばした。


断末魔すら上げられず魔物の首は地面にバウンドして落ちる。遅れて胴体も地面へ倒れこんだ。


魔物は死んだ。

そしてそのまま黒く燃えて塵になった。


(倒した……)



信じられない気持ちで肩で息をするレントは魔物がいた場所を見つめる。魔物だった塵は風に吹かれて、既に消え失せていた。


それから空が一瞬白い光で包まれた後、大雨が降り始めた。町の消火のためにマリンが魔法を使ったようだ。


「マリン……」


マリンの無事が分かり、そして自身も生き残ったことにレントは叫び出したいくらいに喜んだ。


雨が止んだ後、逃げていた人々が町に戻ってくる。その中でレントの戦いぶりを遠巻きに見ていたらしい人々がレントに話し掛けてきた。


「きみ、強いんだな!?本当にありがとう!」

「戦いの才能あるぞ。本来なら訓練された兵士が複数で倒す敵を一人でだなんて」

「確か職業は木こりだったよな?勿体ないよ、木と限られた範囲の魔獣狩りしかしないのは。せっかく強いんだしさ」


人々が[[rb:町の英雄 > レント]]に駆け寄ってくる。レントが戦わなければ死んでいたであろう人々だ。戦いが終わるまでは、死にたくないと死の恐怖に苛まれたというのに、彼らを救えたことにレントはひどく安堵し、清々しい気持ちで彼らの笑顔を見つめた。始めはマリンを助けるために来たが、町の人々も助けられて本当に良かった。





「すまない、ちょっと通してくれ」

「あ、フェルエール叔父さん!」

群衆の間を縫って、剣を携えた大柄な一人の男性がレントに向かってきた。焦げ茶色の髪を刈り上げた糸目の男性。レントの叔父、フェルエールである。


「叔父さんが町に来るなんて珍しいね」

「お前がなかなか戻ってこないと気を揉んでいるうちに、町が騒がしくなったから何かあったのかと思ってな」


魔獣達の死体を横目に見ながら、フェルエールはレントに問いかける。


「まさかお前が倒したのか?」

「うん!いつもの魔獣より強かったけどね」

「愚か者!」

「え?」


レントの叔父が空色の目をカッと見開き、険しい顔で怒鳴った。


「何故、力をひけらかすような真似をした!?」

「え……?だ、だって、そうしないとやられていたかもしれないし」

「ああ、そうだな。戦う以上は勝てなければ意味がない。だが、俺が言っていることはそういうことじゃない」


フェルエールは一呼吸置いて話を続けた。


「『危険を回避しろ。家に居れば安全だから、何かあったらすぐに帰れ』。いつも、そう言い付けていただろう?」

「だ、だけど俺、せっかく戦えるんだよ?一人でも多くの人が助かる方がいいじゃんか。それを見捨てろっていうの?じゃあ、何で叔父さんは今まで俺に剣の扱い方を教えてきたんだよ?こういう、いざという時に戦えるようにするためじゃなかったの?」

「あくまでも自衛のためだ。自分から危険なことに頭を突っ込ませるためではない」

「……」


ここで事の推移を見守っていた住民達が、怒られたじろぐレントを見かねて口を挟んだ。


「あんた、この子は俺達を守ってくれたんだ。まずはその勇気を称え、誉めるべきなんじゃないのか?そんな頭ごなしに怒鳴らなくったって……」

「その子は強く、勇敢だったのよ?」

「彼を森とは違う世界に出してあげても良いのでは?近年は強ければ若年者でも王国軍に入隊出来るらしい。既に魔獣討伐隊員として彼なら通用するのでは?」

「儂は若い頃、王国の兵士だったがこんなに強い奴はいなかった。もしかしたら魔王討伐も夢ではないかもしれんぞ」


「勝手なことを言わんでくれ!この子はまだ子供だ!ましてや魔王討伐だなんて大それたことを……!」


こうなるから嫌だったのだと言わんばかりに、フェルエールは苛々と溜め息をつき、レントが皆に強さを見せたことを怒っていた。



「叔父さん」

怒る叔父に対し、レントは静かに呼び掛けた。


「大それたことをしようというわけじゃないんだ。ただ、俺はこのまま何もしなくてもいいのかなって思っただけ。俺は他の人より戦う才能があって、実際強いようなのに、何もしなくていいのかなって」

「だから王国軍にでも入るって?徴兵ならまだしも自分から行くなんてどうかしている!子供は守られていればいいんだ!見知らぬ他人のために自分から命を捨てに行く必要なんかない!」

「けど、そうやって逃げているうちに次に死んでいるのは俺の見知った誰かかもしれない。そうでなくても話せば笑いあえた誰かかもしれない。俺が戦うことで死なずにすむ人がいるのなら、それはとてもいいことなんじゃないかって思うんだ。だから、俺……これからそうしてみたい」

「頭を冷やせ。一時的な勝利でいい気になっているだけだ。今は人を助けたいと思っていても、戦い続きの現実に嫌気が差し、本当に欲しかったものがただの名誉だったと後になって気付いても遅いんだぞ」


レントへの暴言を聞いた町の住民は、フェルエールに対し野次を飛ばした。


「ちょっと、ちょっと!いくら何でも言いすぎなんじゃないの!?」

「彼はこの町の英雄なんだぞ?」

「人助けしたいと思う志を折ろうとするのは、いくら保護者であったとしてもライン越えじゃないかね?」


フェルエールは野次に対し、忌々しげに答えた。


「こいつが命をかけることを簡単に肯定するのは、所詮あんた達にとってはこいつが身内じゃない見知らぬ他人だからだ!でも何を言われようが、俺にとってはそうじゃないんだよ!」


フェルエールは持っていた剣を抜いて、レントに突き付けた。一瞬の静寂の後、周囲から小さな悲鳴が上がる。


「お、叔父さん?」

「お前がどうしても行くと言うのなら、その足へし折ってでも止めてやる」


聞く耳を持たぬ叔父に対しレントは歯噛みする。こんなつもりじゃなかった。ここまで反対されるとは思ってもいなかったし、町の住民と叔父が喧嘩するとも思っていなかった。これでは叔父はますます住民から倦厭されてしまうだろう。とても嫌だ。


それでも狭い世界に留まっていた自分が、誰かのために戦うことは、初めて自分からしたいと思えたことだから。


諦めたくない。


レントは腰に下げていた剣に手を伸ばしかける。



その時だった。



「ちょっ……!ちょっと待った!!!」



少女のつんざく声が辺りに響いた。少女マリンはレントとフェルエールの間に割って入る。


「マ、マリン」

「誰かね?君は」


先ほどの激昂状態から打ってかわって、フェルエールは冷静に問いただす。


「私の名前はマリンと言います。魔法研究のお膝元、サンスリーで4年学び故郷に帰る修行中の身です。レント君の叔父さん、この話一旦私に預けてくれませんか?」

「なんだと?」


サンスリーと聞いて周囲がどよめく。

「サンスリー?聞いたことあるぞ」

「あの嬢ちゃん、妙に強いと思ったら超エリートじゃないか!?」


ざわめきは無視して、マリンは真っ直ぐにフェルエールを見て告げる。


「レント君を私の護衛として雇いたいのです」

「マリン……?」

「護衛だと……?」


「はい」

マリンは頷く。


「あなたがこうまで反対するのは、やっぱりレント君のことが心配で大切だから……なんですよね?でも人助けをしたいという思いもまた、否定されるべきじゃない……」

「……」

「だからまず、少しは安全な道筋で人助けすることを彼に許してあげてくれませんか?王国軍への入隊は彼が大人になるまではひとまず保留という形で」

「マリン……!」


マリンがレントのために介入したのだと察して、レントが驚きの声をあげた。

フェルエールは眉間に皺を寄せ黙っている。


「私の故郷はここから2600km程度です。町を経由して歩いて行きます。野宿の時もありますが、魔獣がでても私はそれなりに戦えますし、レント君は私より強いです。二人がかりであれば問題なく対処出来るでしょう。そして帰りはレント君一人になりますが、馬車代と宿代をお支払するので、それを使えばほぼ戦う必要がなくなるかと」

「……君は本来、故郷へは一人で帰るつもりだったんだろう?つまり我々の争いを止めるために、君はわざわざこの提案をしているわけだ。何故なんだ?」

「元はと言えばレント君が町に魔獣討伐しに来たのは私を助けるためです。彼が私を助けてくれたように、私も彼が困っていたら助けたい。彼は頼れる私の友達なんです」


友達。

そう聞いてレントの心に腑に落ちるものがあった。


「あ、でも彼のためだけじゃなくて、ついてきてくれると心強いのは本当で、その、正直……お二人が争っていなくても声はかけたかも……なんて!」

「……レント」


マリンの話を聞いていたフェルエールがレントに呼び掛けた。


「彼女はお前のなんだ?」

「……」


「マリンは……」



「叔父さん以外に初めて一緒にご飯を食べた人で、一緒に戦った人で、一緒に笑った人だよ」




「初めて出来た俺の友達」




フェルエールは沈黙の後、剣を鞘に戻した。


「叔父さん……?」

「マリン殿、感謝します」


マリンに礼を告げ、フェルエールは背を向けて歩きだした。


「叔父さん……」

「レント、くれぐれも粗相のないようにな」



フェルエールは家へ帰っていった。




住民達を含め、その場の全員は安堵の溜め息をついた。どうにかなって良かったと人々が言い合う中、レントは申し訳なさそうな顔でマリンに近付いた。


「ごめんよ、マリン。迷惑かけちゃって」

「迷惑だなんて思ってないよ。それに謝る相手が違うよ」

「え?」


マリンは真剣な面持ちでレントに言った。

「見知らぬ人でも助けようとするのは正しいことだと思う。でも、それで一番身近で大切な人を傷付けるのはやっぱり駄目だよ。叔父さんはやり方は間違っていたけれど、レント君を心配していただけなんだから」

「うん……。そうだね。本当にその通りだ……」




翌日、二人の英雄を見送ろうと町は賑やかだった。復興もそこそこに飲み物や食べ物が用意され、急遽祭りが開かれたのだ。


「よう、坊!食ってるか?おめぇはこれから、かなり歩くんだろう?今のうちに腹ごしらえしとかなきゃな」

「あ、商人のおっちゃん!」

「へっへっへ!この見送りには俺も結構、金だしたんだぜぇ~?感謝しろよな~?」

「あ、はは。ありがとう……」


相変わらずすぐ金の話をする商人に、やや苦笑いのレントである。 そして、酒で赤ら顔の商人は急に辺りを見渡し言葉を続けた。


「それにしても……」


「おめぇの叔父さんは見送りなしか……。ちぇー、冷たいねぇ!」

「フェルエール叔父さんは大反対とまではいかないけど、完全に納得はしてないみたいなんだ……」

「頑固だねぇ。まぁ、さっさと帰ってくるこった。坊」



いよいよレントとマリンが出発の時、町の門までの大通りに人々が並び、花を投げながら二人に声をかける。


「ありがとう、二人ともー!」

「気を付けるんだよー!」

「帰ってきたら一声かけろよな!」

「マリンちゃん元気でねー!」


門を出て二人は振り返り、町の人々へ手を振る。

「行ってきまーす!」

「皆さん、お見送りありがとうございます!どうか、お元気で!」






二人は次の町を目指しながら話す。


「マリンは旅に出て今日で何日目なんだ?」

「およそ10日目です」

「わりと最近なんだな。因みにここからマリンの故郷へはどれぐらいかかるんだ?」

「そうですね……、日の出から夕暮れまで歩いたとして、私達子供の足だと2ヶ月半ぐらいは必要かもしれません」

「そうなんだ、意外とかかるんだね……」

「ええ。町の皆さんからお金を頂いたので暫くは大丈夫ですが、路銀を途中の街で稼ぎながら行かなくては。まぁ、そんなことより……」



そこまで話して、マリンは輝く笑顔でこう言った。


「故郷までよろしくお願いしますね!レント君!」







残り約2600km

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