8-2

耳にイヤホンをつけ、いつでも他の捜査員からの連絡を受けられるように待機している。


いつでも尾行できるよう、変装した格好で。 


「変化はないですか。どうぞ」

 

時々捜査一課長から、無線連絡が入る。現在午後十一時を回ったところだ。


「怪しい人影は今のところ見当たりません」


渡は無線で返事をする。米倉は助手席に深く腰掛け、缶コーヒーを手に、暗い通りを見つめていた。車内は甘い臭いに満ち溢れていた。


「しかし、二十年前の事件を引き出してみただけでこうなるとは、俺も予測できなかった」


米倉が呟く。 


「本当にそうですね。でも米倉さん、なんだか楽しそうですよ」


「楽しくなきゃ、この仕事はやっていられねえよ。何日もかけて捜査して努力したものが、最終的には実る。気持ちいいじゃねえか。そうじゃなきゃ、こんなきつい仕事はとっくにやめてる」


「実らないものも……ありますけどね」


ふと、出てしまった言葉だった。視線を窓の外にやったまま、「やけに後ろ向きだな」と米倉は言った。


「まあ、草津正敏のような異例はあるがな。しかし、言い出した俺が言うのもなんだが、その息子が二十年後にご登場か? 今更こんなことをするのも信じ難いな。二十年間も恨みを抱えていたってことになる。お前、そんなこと考えられるか」


「いいえ、全く」 


一瞬米倉に、全てを話してしまおうかと思った。米倉は有馬のひき逃げを知らない。


それはこの数週間、コンビを組んできて気づいていた。


彼は仕事に対する姿勢に非常に前向きだ。ひき逃げ事件を知っていたら、彼自身のポストが巡査部長であっても、有馬が警察組織にいることを許すはずがない。


権力には屈しない、熱血タイプだ。きっと彼に話したら、渡の気持ちは楽になる。


でも、光嬢はそうはいかない。父親の罪を知っていても、有馬とは血の繋がった親子だ。


まだ十七歳の高校生だ。


不祥事を全国ネットで暴露され、父親が警察から追放されるところを、嘲笑して見ていることなんてできるだろうか。


追放は当然などと、娘が簡単に口にできるだろうか。そういう意味では、彼女と渡の立場は違う。


光嬢の涙を思い出した。言えない、俺には。


不意に車窓の向こうを、茶色いコートを着た女性が通り過ぎていった。我に返った。


女性のあとを、数歩離れた感覚で黒い人影がついていく。


「来ましたね」


米倉は身を乗り出し、眼鏡を外したりかけたりしながら、じっと人影の様子を窺った。


「あれだ。草津敏夫に間違いない」


渡は同意し、すぐに無線を取った。


「不審人物発見。恐らく草津敏夫です。どうぞ」


「渡巡査。徒歩で追跡するように」


指示がきた。渡巡査? 一瞬疑問が頭をかすめた。名指しで命令が下った。単独尾行をしろということか。


米倉を見る。「行け」と目で合図をした。一人でそっと車から降りる。


違う。冷えた夜気の中で、渡は思った。


今のは捜査一課長の声じゃない。指揮官が変わったのか? 


唐突に思い当たって、愕然とした。


あの無線は、有馬だ。有馬直々の命令だ――。

 


 

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