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我に返って、メモを取る準備をする。目白駅の駅員に聞いても、返事は似たようなものだった。
似顔絵すら作れない捜査の進行状況に、渡は真綿で首を絞められているような気分になる。
あの時、男の顔さえ見ていれば。
「誰も見ていないのか。やれやれだ」
駅員への聞き込みを終えると、米倉は舌打ちして、煙草を口にくわえた。駅前を多くの人間が通り過ぎていく。
「なにを考えていた」
「え?」
「さっき、ぼんやりしてなにを考えていたんだ、と訊いている」
渡はアスファルトの道路を見つめた。長年の刑事生活で身につけた賜物だろうか、優しいが、米倉は追及が厳しい。
少しでも気を抜くと激しい質問が飛んでくる。
「ホトケのことを考えていました。そこから犯人像が浮かびあがるのではないかと思って」
渡は答えた。
「で、犯人は思い浮かんだか」
「ホシは、女性或いは女子会社員に恨みを持っている人物ではないでしょうか」
「なぜそう思う」
米倉と目を合わせると、なにもかも見抜かれてしまいそうな気がした。
渡なりの根拠はある。
犯人は、被害者の女性に個人的な恨みを持ってはいない。面識などまるでない、会社員という肩書きを持った不特定多数の女たちに、憎しみを抱いているのではないだろうか。
そうでなければ、警察側に見落としがない限り、被害者の周りの人間が全員シロであるとは到底考えられない。
「この事件が一連の通り魔殺人と関係があるとしたら、ガイシャの共通点は全員女性で会社員です。会社員、というのがどうも気にかかるんです。この辺りには大学もたくさんあるのに、大学生は狙われる様子がない。高校生も同じです。だとしたら、ホシは過去に女性会社員になにかされた、いや、傷つけられたことがある人物ではないでしょうか」
今はネットで男女がお互いに叩き合っている時代だ。
恨みは一方的に増幅する。増幅すると、気持ちはやがて間違った方向に走り出す。人道から外れかけそうになる気持ちに、渡は幾度も修正をかけてきた。
渡自身を被害者の遺族に重ね、そして渡の考える犯人像にも重ね合わせる。すると不思議なことに、どちらの気持ちにもなれるのだ。
世の中のひき逃げ犯、それだけに留まらず、不特定多数のドライバー達、交通違反者に、渡は今なお恨みを持っている。
だからわかる。犯人像が見えてきてしまう。
犯人は増幅した恨みに修正をかけられなかった、狂い出した思考に自分で歯止めをかけられなかった、そんな人間ではないかと。
「あんまりいい憶測じゃねえなあ」
米倉はぽつりと言った。
「恨みつらみを洗って事件が解決したら楽だろうが、それじゃ逮捕状は突きつけられねえな」
渡は黙った。青い、と後悔した。今のは渡自身の意見だ。刑事の見解で喋るべきだった。
公私を混同させてはいけない。警察は想像や憶測でものを言える世界ではない。人間の一生を左右する分、言動や行動も慎重にならなければならなかった。
地道な捜査は、まだ当分終わりそうにない。渡は小さな溜息をついた。
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