24 傷ついた言葉




「つまり、禁制品って訳ですね。これは持ち物検査とかしないとですねえ。じゃあなんですか、その『あいうえお』っていうのは、分かる人には分かる暗号か何かで?」


 さも当たり前のように教室に入ってきたトワシマ・カザキを見て、草可部セツナは額に嫌な汗を感じた。秘密とは、思わぬかたちで流出するものだ。


 ミヤハの顔色を窺うと、彼女は黙って頷いてみせる。


「あー、『あいうえおかき』っていうのは、『愛上男描あいうえおかき』っていうペンネームで、男性同士のあれこれを描いてる作家さんっす。……正直、なんでその名前イメージがあのとき浮かんだのかは分からないっすけどー……なんかこう、そういう描写でもあったんじゃないんすかね? ハハ」


「…………」


「それで、あのう、尋問は以上っすかね――……ぐっ、ぁ!?」


 瞬間、セツナの息が詰まる。

 何か目に見えない力に、首を絞められている。


 酸素を求めて口を開こうとすれば、何かが口内に押し入ってくる――


「ほらの、好きなだけくれてやるのじゃ」


 あ、死ぬ――




 …………。


「今のはあれですか、"変身能力"。身体の一部を粒子にでも変換した感じ。前にエナガさんを昏倒させたやつ。――私を刺したのも、それですかね?」


「なんの用じゃ? 報復でもしにきたのかのう?」


「いやいや、そんなまさか。私なんかが『煌属こうぞく』のお姫様に勝てる訳ないじゃないですかー」


「馬鹿を言え。わらわなど家柄が優れてるだけじゃ」


「……しれっとマウントとってます?」


「おぬしは『氷の女王』の眷属、いわば"純血"じゃ。わらわなんぞよりよっぽど吸血鬼しておるじゃろうに。、クラスでおぬしがいちばんつよいのではないかのう? ――まぁ、例外はいるが」


「…………」


 お互いに笑顔の、沈黙。

 放課後の教室に他にひと気はなく、セツナも床に倒れている。


 今はカザキとミヤハ、ふたりきりだ。


「前々から聞こうと思っておったのじゃ。この際だから訊くが――そも、『氷の女王』は健在なのかの?」


「と、いいますと?」


「領地の人間をみな"氷漬け"にし、北欧の居城にひきこもっていると聞くが」




 ――あなたはなぜ、このせかいの人たちを氷漬けにしたんですか。


『私の仕業ではないわ』


『……他に誰かいるんですか?』


『あなたの父よ』


『……はい? わたしには父も母もいませんが』


『私はあなたの母親よ』


『違いますが?』


『なら今日から、私を母と思いなさい。いえ、私はあなたの母なのです』




 ――世間の認識によれば。


 北欧、ひいては"大陸"北部一帯は無人の雪原と化している。


 その原因は『氷の女王』――の仕業、とされている。


(こっちの事情、"外"にはあまり知られてないようで。"母様"には人類を冷凍保存できるだけの能力はない……とは思いませんが、やるでしょうかね? ……どうなんでしょうね、その辺。まあ、わざわざ"母様"の面子を回復してやる義理もないんですけどねー)


 とりあえず、話を合わせておく。


「親がアレだから、なんだっていうんです? 直系とか言ったって、所詮はただの劣化コピー。私にはモノを凍らせたりだとか、そんなこと出来ませんよ。むしろとても人間的」


「そうかのう? その割には、おぬしの"マスク"――それは"口封じの呪い"なのじゃ。おぬしの、"いわゆる"吸血鬼としての能力を封じる、制限するための」


「……そうですけど、何か? つまり私はとっても人間的って証左ですね」


「わらわはこう考えておる。――"女王"の『侵権しんけん』はもう、おぬしに引き継がれているのではないか」


「…………」


 ――侵権。


 つまりは吸血鬼の"親"から"子"へ、能力・権能の引き継ぎ。


 血を分けた"子"は、その"親"に逆らえない。絶対服従であり、敵意を持つことさえ許されない。絶対的な"権利"を有するのだ。


 その"権利"の移譲――


(または、"魂"の転移、だとか。……要は、母様が私の身体を乗っ取る、器を乗り換えるっていう感じですかね。完全無欠、基本的に不老不死の"いわゆる吸血鬼"が……"個"で完璧な存在が、わざわざ"子"をつくる意味――)


 実際その辺どうなってるのか、それは"子"であるカザキにも分からないが、これだけは言える。


 ……私、三番目なんですよねー、たぶん。


「ご存知の通り、私には姉がいますからね。後継者になるとしたら、そっちがまず先ではないかと」


「優先順位の話かの? そんなもの、"親"の気分次第だと思うのじゃが。……まあ、よいか。それで? なんの用があってわらわをつけてきたのじゃ」


「姉の話が出たついでなんですけど、私もこの際だから聞きたいことがありまして」


「ついでも何も、おぬしが口にしたんじゃろうが」


「私をこの学校に入れた理由――」


 それはまあ、"母様"の方に考えがあるのだろうが――


「エナガさんを転入させた理由」


「…………」


「三人……四人ですかね? スカーメイカー――が、同じ教室にいるなんて。私、これはもう私が入学させられた理由は姉様絡みなんじゃないかって思いました」


「まあ、実際そうじゃろ。おぬしは"人質"みたいなもの。外交を一切行わない『氷の女王』との連絡役――そして、『傷化精スカーメイカー』に対する切り札」


 三番目とはいえ、同じ"親"から血を分けられた存在。能力的には同等。そうでなくても、"同属"の持つ能力への"抗体"を持つ。


(私の血を通して、母様に干渉する……みたいな真似も、いちおうは可能でしょうし)


 ――"人質"。外交のためのカード。


(存外この人、政治おままごとにも関心があるんですね。……まあそうか、大人子どもだし)


 だから、素直に本音は晒さない。まるでお互い、腹の内を探り合うかのよう。




『私のことはこれから『お姉さま』って呼びなさい』


『おね……っ、どういう理屈で!? というか同じ学年だよね!?』




 ――ああいう風には、なれない。


 だって、生きてる世界が違うから生まれからして違うから


「……朱園さんが言っていたやつ、例の反政府組織のアジトが襲われたっていう話ですが。あれは本当に姉様が?」


「……さて、の。わらわもそう聞いているが、確証はない。なにせ、十年近くぶりのことじゃ。……むしろこっちが聞きたいくらいじゃよ。おぬしはヤツについて、どこまで知っておるのじゃ?」


「もう何年も顔を合わせてませんからねー。まあ、それ以前からよく分からない人でしたし」


「思えば、おぬしが来てからじゃ。わらわの周囲でいろいろと面倒なことが起こり始めたのは」


「ひとのせいにしないでもらえます? ――ていうか、は? もしかして、私のことを疑っちゃったりしちゃったりしてます?」


「仮におぬしがことの発端であったとしても――余計なことは、させんぞ?」


「っ――!?」


 一瞬、脇腹に刺すような痛みが走った。


「刺したじゃろう、この前。あのとき、わらわの"一部"をおぬしの中に仕込んだ」


「……うっわ、言ってること気持ち悪ー。監視つきってワケですね、はいはい。まあいいですよ、私、別に何もする気ないですし」


「……本当に? 桐埼エナガについてもか?」


「そうですよ、あんなのただの玩具にんげんです」



 ――……偏見も差別もない、公平な態度で接していただけ。



「……そういえば、そうそう。その件で話があったんです」


 ぽん、と手を打って、


「私ってー、ほら、特別待遇ひとり部屋じゃないですか」


 本題を切り出す。


「エナガさん、私の部屋に連れ込んでもいいですか?」




「なぜ、それをわらわに聞く?」


「以前言っていたじゃないですか、この学園の人間はわらわのものだー、みたいな。悪役じみた台詞。だからいちおう、許可もらっとこっかなーって」


 カザキの笑顔に、ミヤハは眉をひそめた。


 その発言が出た文脈から察するに、「部屋に連れ込む」ことが意味するのは。


「それに、寮室のあれこれには香月さんの一声が影響するみたいじゃないですか。エナガさんが桐埼さんと相部屋になったのも――それがきっかけで、今朝はあんなことになった訳ですがね?」


「…………」


「そういえば、エナガさんのベッド、ぐっしょり血塗れでしたよね。マットもシーツも。あれ、あのまま放置してましたよね、確か。今日寝るところないでしょうし」


 ……まあ、釘は刺してある。文字通りに。


「ひとつ、聞きたいのじゃが。――おぬしは何故、あの娘に入れ込む?」


「うん? 別に、ただの"可愛がり"ですよ。まあ強いていえば、姉様の"マーキング"がありますからね、どういうものか、ちょっと気になってるんですよ」


「……傷痕マーキングか」


 あるいは、大勢が殺される中、生かされた意味。


 それが意味するもの。


「私ねー、こういう風に考えてるんですよ」


 カザキは自身の左目を左手で覆って、


「目の傷は、『あなただけを見つめる』、『あなたしか見えない』」


「? そういう意図があるのじゃ?」


「さあ? でも意味もなく傷つける訳ないと思いません? ……腕の傷は、そうですね……リストカット。手切れ金?」


「では、口の傷は」


 そうですね、とカザキはマスクで覆った自分の口元に手を当て、


「死人に口なし」


「……黙して語らず、というのもあるのじゃ」


「それもいいですね。じゃあ、胸の傷は?」


「『あなたを忘れない』」


「なかなかロマンチックじゃないですか……(ババアの割に)」


 ふふ、とカザキは笑うが――


 それは、キズにまつわる言葉。


(愛ではなく――)


 ――復讐心憎しみ



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