第8話 運命
日曜日の昼過ぎ、いつものように映画館に行くと、入口の前に彼女が立っていた。僕と視線が合うと、彼女が嬉しそうに笑う。学校で会ったときには敢えて確認しなかったが、一緒に観てくれるつもりなのだと分かって心が弾む。
駆け寄ってきた彼女の動きに合わせて、オレンジ色のワンピースがふわりと広がる。明るい彼女の雰囲気にぴったりだ。もしかして、僕と会うためにおしゃれをしてくれたのだろうか? 学校で会ったときより大人っぽく見えて、少しだけ緊張する。
「そのワンピース可愛いね。よく似合ってる」
映画のヒーローのように褒められれば良かったが、ありきたりな言葉しか出てこない自分にがっかりする。でも、恋愛映画を見ていなければ、口下手な僕には褒めることさえできなかっただろう。この趣味が初めて実生活で役立った気もする。
「ありがとう。お気に入りなの」
彼女がニコニコと笑ってくれるので、僕はホッとしながら一緒に映画館に入った。レイワの映画ではツンデレヒーローも人気だが、その選択を取らなくて良かったと思う。
「いつもより混んでいるみたいね」
彼女の言葉で館内を見回すと、いつもより席がうまっていた。僕らの通う映画館は席の予約をオンラインで受け付けていない。古い映画だけを上映している映画館なのもあって不自由さを楽しむ演出だ。映画が作られ始めた頃には、それが常識だったらしい。
いつもより早めに来たので余裕があると思っていたが、今日の映画は人気があるようだ。珍しく同年代の若い男女も何組か来ていた。
「八列目で良いかな?」
幸いにも彼女がいつも座っているあたりは空いている。彼女はだいたい僕の斜め前の席に座っている。その辺りを示すと、彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめながら頷いた。
「なんとなく、いつも同じ席に座っているだけなの。深い意味はないのよ」
「僕もそうかも。習慣になっちゃってるんだよね」
彼女が焦ったように言った理由はよく分からない。そのことに内心では首を傾げながら、僕も同意する。この映画館で毎回会う人は彼女以外にも数人いるが、いつも同じような席を選んでいる印象だ。
他愛のない話をしながら待っていると、館内が暗くなり上映が始まる。
今日の映画はレイワ時代の初期に作られた邦画だ。簡単に言うと、高校時代に出会った二人が社会人になってから結ばれるお話だった。
喧嘩をして何度も別れを経験するが、どちらかの節目のときになぜか必ず再会する。一度目はヒロインが大学の友人との関係に悩んだとき、二度目はヒーローが就職で悩んだとき、三度目は……
とにかく、二人の間には偶然では片付けられない力が働いていた。それは『運命』という言葉で呼ぶのが一番相応しい。
恋人同士で観に来ている人が多かった理由も頷ける。運命の出会いが主題の映画なら、【運命の出会いプログラム】で出会った相手と観ても気まずくなりにくいだろう。見えない力がAIに置き換わっただけだ。
僕は何だか映画に集中できずに、隣の彼女を盗み見る。彼女は思った以上に真剣な表情で画面を見つめていた。
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