第256話 静かな村の依頼


 ――都市レクトを出てから二日。


「ねぇっ! あれじゃない!?」

 セリスが弾かれたように立ち上がり、揺れる馬車の御者席から身を乗り出した。


 街道の先、土埃の向こうに、低い屋根が連なって見えている。


「おおっ! 村って聞いてたけど、結構大きいんだね!」

 視界が開けるにつれ、柵や畑、往来する人影までがはっきりしてくる。


 ユークは馬車の手綱たづなを手にしながら、子どものように目を輝かせた。


 二人の声とは対照的に、ユークの肩に座る小さな精霊だけが、そわそわと落ち着かない様子で周囲を見回している。


『じゃあ私は腕輪の中に隠れてますね……』


 アンは小さく肩を落とし、人の気配が増えていく集落を一度だけ見つめてから、静かに姿を消した。


「アンちゃん……」

 セリスの視線が、自然とユークの腕輪に落ちる。


「しかたないよ、あまり人前で見せるわけにはいかないしね……」

 ユークは揺れる馬車の席で腕輪を包むように撫で、そのまま視線を前に戻した。


 馬車が進むにつれ、集落の輪郭ははっきりしていく。

 木造の家屋に混じって、石造りの倉庫らしき建物がいくつも並んでいるのが見えた。


「ふぁ〜。やっと着いたのね……」

 これまで荷台で丸くなっていたアウリンが、背を伸ばすようにして起き上がる。


「アウリンちゃん。ちょっとはしたないわよ」


「良いじゃない、ちょっとくらい」


 軽口を交わす声の裏で、馬車はゆっくりと速度を落とし始めていた。



 ――カーネ村。


 村の入り口は、想像していたよりも静かだった。


 昼の時間帯のはずなのに、人の行き来は少ない。


 畑に出ている気配もなく、どこか息をひそめているような空気が漂っている。


「……あまり、活気がないわね」

 アウリンが小さくつぶやいた。


 その言葉に、誰もすぐには返事をしなかった。


 馬車が止まると、一人の男が前へ出てくる。


「……よく来てくれました」

 よく鍛えられた体つきで、年は三十代半ばほど。


 無駄のない動きから、戦いに慣れていることがうかがえた。


「貴方がたが、レクトから派遣されたBランクの冒険者ですね?」

 男はユークたちを見回し、静かに口を開く。



「はい」


 ユークは一歩前に出た。


「俺はユーク。冒険者パーティー『シークレット・ウェポン』のリーダーです」

 そう言って、軽く頭を下げる。


「私はリアン・カーネ。この村を治めています」

 男――リアンは胸に手を当て、礼を返した。


 その仕草はとても上品だった。


「あ……えっと、貴族様でしたか……? し、失礼しました……!」


 思わず、ユークは声を上げてしまう。


「ははは」

 リアンは肩をすくめ、やわらかく笑った。


「どうか楽にしてください。私は騎士団にも所属しています」

 一歩だけ距離を縮め、穏やかな声で続ける。


「なので、Bランクの冒険者を下に見るようなことはしませんよ。宮廷雀たちとは違うのです」


 その最後の一言だけ、先ほどまでの柔らかさが消えた。

 笑みは浮かべたまま、声の温度がすっと下がる。




「えっと……」


 ユークは少しだけ戸惑いながら、顔を上げた。


「リアン、で構いません。ユーク殿」


 そう言って、屋敷の方へ手を向ける。


「立ち話も何です。中で話しましょう」


「……分かりました。リアン様」


 ユークたちは、その後ろについて歩き出した。


 村の中央にある屋敷は、村の規模に比べると少し立派だった。


 派手さはないが、手入れが行き届いている。


 それだけで、リアンがこの村を大切にしていることが伝わってくる。


「おい、馬車をお預かりしてくれ」


 リアンの声に応え、部下らしき男たちが動き出す。


 ユークたちは荷を任せ、そのまま屋敷の中へ案内された。


「こちらへどうぞ」


 通された客間は、質素だが落ち着いた空間だった。


 全員が席につくと、リアンは一度だけ姿勢を正す。


「では……依頼について、順を追って説明します」


 ユークは背筋を伸ばし、しっかりとうなずいた。


「あれは、ひと月ほど前のことでした」


 リアンは静かに語り始める。


「街道の近くに、突然巨大なゴーレムが出現したのです」


「なぜ、突然ゴーレムが……」


 アウリンがつぶやく。


「どうやら、未発見だった古い遺跡を盗掘者どもが見つけ出したようでしてね」


 リアンの声には、怒りがにじんでいた。


「あー……」


 アウリンが、どこか納得したような声を出す。


(どういうこと?)


 ユークが小声で尋ねる。


(前に言ったでしょ。国が管理してるダンジョンに勝手に入る探索者のことを、盗掘者って呼ぶのよ)


(……なるほど)


 ユークは、アウリンが微妙な表情をしていた理由を理解した。


「……よろしいですか?」


 リアンの声に、ユークははっとする。


「あっ、はい。すみません」


「盗掘者どもは遺跡を荒らしたあげく、古代のゴーレムを目覚めさせ、街道まで引っ張ってきてしまったのです」

 リアンは小さく息を吐いた。


「結果として、街道に陣取ったゴーレムによって、商人の馬車が襲われるという事態になりました」


「……ゴーレムの破壊は、やってみたんですか?」

 ユークが問いかける。


「ええ、もちろん。しかし――」

 リアンはそう言って、上着を脱いだ。


「っ……」

 ユークが息を呑む。


 そこには、治りきっていない大きな傷と、巻かれた包帯があった。


「私自身、レベルは三十五あります。配下の兵も決して弱くはありません」

 リアンは静かに続ける。


「それでも、この有様です」

 自嘲ぎみに笑いながら、上着を羽織った。


「幸い、命を落とした者はいません。しかし、しばらく戦える状態ではない」

 リアンは、真っ直ぐにユークを見る。


「報酬として、この村の一年分の収入――十万ルーンを用意しました」


 その言葉に、室内の空気がわずかに張りつめた。


「発見された遺跡は国のものです。ですが、遺跡の外に出てしまったゴーレムは違う。なので、ゴーレムについては、討伐後、貴方がたの自由にして構いません」


「なのでどうか……この村を救っていただきたい」

 リアンは、深く頭を下げた。


「……分かりました」

 仲間たちの顔を見回してから、ユークは一歩前に出る。


「俺たちに任せて下さい!」

 その声は、迷いなく響いた。


◆◆◆


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ユーク(LV.75)

性別:男

ジョブ:強化術士

スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)

EXスキル:≪リミット・ブレイカー≫

EXスキル2:リミット・ブレイカーの効果アップ

EXスキル3:≪思考分割≫

EXスキル4:≪????≫

EXスキル5:≪????≫

備考:絶対にゴーレムを倒さないと。と、強く心に誓った。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

セリス(LV.68)

性別:女

ジョブ:槍術士

スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)

EXスキル:≪タクティカルサイト≫

EXスキル2:≪ブーステッドギア≫

EXスキル3:≪スキル・ラーニング≫

EXスキル4:≪????≫

備考:どれくらい強いんだろう? とわくわくしている。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

アウリン(LV.75)

性別:女

ジョブ:炎術士

スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)

EXスキル:≪イグニス・レギス・ソリス≫

EXスキル2:≪コンセントレイション≫

EXスキル3:イグニス・レギス・ソリスに特殊効果が追加

EXスキル4:≪????≫

EXスキル5:≪????≫

備考:ゴーレムよりも遺跡の方が気になる。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ヴィヴィアン(LV.67)

性別:女

ジョブ:騎士

スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)

EXスキル:≪ドミネイトアーマー≫

EXスキル2:≪インヴィンシブルシールド≫

EXスキル3:インヴィンシブルシールドで生成できる盾の数が増加

EXスキル4:≪????≫

備考:代用品の盾と鎧で、ユーク達を完全に守り切れるか少し心配している。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

テルル(LV.70)

性別:男(女)

ジョブ:氷術士

スキル:≪アイスアロー≫(使用不能)

EXスキル:大鎌の才(大鎌の基本技術を習得する)

EXスキル2:≪ソウルイーター≫

EXスキル3:≪????≫

EXスキル4:≪????≫

EXスキル5:≪????≫

備考:ユーク達に続いて部屋に入ろうとしたら、「はーい、お嬢ちゃんはこっちよ」とだっこされてしまった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

アン(LV.1)

性別:女(精霊)

ジョブ:若芽の精霊(若芽の腕輪に宿る)

スキル:若芽の加護(ユークの全能力をわずかに向上させる)

備考:いい子なので腕輪の中でおとなしくしている。

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◆◆◆


 最後まで読んでいただきありがとうございました。


 次回更新は一週間後を予定しています。


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