第10話「阿妻の狂狼」
「──テメェ! このッ! このッ! このォッ!!」
「ひっ! ひぃっ、ひ、ひぃぃいいぃ~~~~~!!! か、堪忍してくれぇええぇ~~~!!」
ところ変わって、
広い庭の一番奥にある立派なお屋敷、その奥の部屋。
畳作りの大きな平間で、ひたすら折檻されている男がいました。
黒三連の
もともと
今もなお、木刀でひたすら打ち
そんな柊真を殴るのは恩智家が次男、
黒三連よりも更に濃い顔と巨体を持つ、武芸に長けた男です。
「このッ、馬鹿がッ! アホがッ! せっかくッ! 目こぼしッ! してやったのにッ! 仕合でッ! 負けてッ! 生き恥さらしてッ! 逃げ帰ってきたッ、だァッ!?」
「ひぎッ! があああッ!? ひっ、ひっ、ち、ちげえんだッ! 大親父ッ、あ、あいつは卑怯にも
「知るかボケッ! 三人がかりで挑んで負けといて、今更何言ってやがんだッ! それに……それに、竹串でやられただと!? テメェ、俺をおちょくってんのかよッ! 馬鹿がッ! 死に晒せッ! クズがッ!」
「あギャッ! いでっ、ウギッ!? けけ、けど、けどよぉッ!?」
「能たれる暇あったら……刺し違えてでも相手を殺してこいやッ、この、大馬鹿野郎がァァ──ッ!!」
「ギャアアアアァアアアァア──ッ!?」
丸太よりも太い足で蹴られ、垂直に飛んだ柊真。
ふすまをぶち抜き、廊下まで飛ばされてしまうのでした。
「ふー……ッ、ふー……ッ、おい……
「ひへッ!? あ、唖涯の兄弟は……それが、あの女に連れられちまったみてえで……!」
兄弟分の折檻を、巨体を縮こませて見守るしかなかった手鹿織。
彼の顔も柊真ほどではないですがボコボコ。
すでに手ひどく折檻済みのようでした。
「テンメェ……どこまで無能なんだ……ッ! どうしてすぐに探さなかったッ!?」
「さ、探したよォ! 探したけど誰も教えてくれやしなかったんだよォ!」
「こンの……愚図がッ!」
「げぶゥッ!?」
その後も殴る、蹴る、叩くと折檻に余念のない狡怒でしたが、ようやく熱が冷めてきたのでしょうか。
大きく息を吐くと、どかっと座り込み、「酒だ!」と叫ぶのでした。
「……ちッ……それで、どこのどいつがやりやがった。ン?」
「……はひ……はひ……ィィ……」
「答えやがれ
「せ、せいりゅうですっ、青龍とか言う女郎がやがりましたッ!」
「青龍、だぁ?」
この降臨祭にあえてその名を名乗る?
おちょくってるとしか思えませんでした。
恩智に喧嘩を売っているのでしょうか、いやそうに違いない。
狡怒はそう考えたようです。
再び顔に浮かぶ青筋を見て、手鹿織がヒィィ!と悲鳴をあげます。
「そ、そそそれでそいつは七本の刀を持っていて、な、なぜか無謀のガキもつれていて……」
「あァ!? 七本刀……って実門の身内か?!」
「し、知らねえよぉ! あんな奴が青紫にいるなんて聞いたこともねえ!」
使用人から受け取った酒を乱暴に飲み干した狡怒は、その盃を手鹿織にぶん投げるのでした。
(青紫の野郎……弟子でも取っていやがったのか? いや……刀征証を七枚も持つような馬鹿は実門以外ありえねえ……。だが、アイツは
考えられるのは愉快犯。
恩智をおちょくりたい誰かが青紫の名を
それも阿妻の均衡を崩したがってる、どこかが。
「ちっ……よりによって青紫に喧嘩しかけろってか? 冗談抜かすな」
少なくとも黒三連が三人がかりで襲ってきても勝てるくらいには狡怒は腕が立ちますが、それでも、青紫には勝てるとは思っていません。
何せ青紫は、代々青龍様の瞳を守ってきた剣聖の排出家。
恩智を含む他の家がどんぐりの背くらべをしている中、1つだけ突出してるのが青紫なのですから。
「
ひょうたんから直に酒をぐい呑していると、すぱん!
障子戸を勢いよく開ける老人が現れました。
「狡怒! これは何事か!」
「……ちっ、親父殿か」
恩智家が主人、
御年70を超える大剣豪です。
この惨状への説明を求められた狡怒は、面倒臭そうな態度を隠しませんでした。
「
「何だと……? 手鹿織、柊真、貴様らァ……!」
「ひ、ひぃっ!」
「ちっ……この馬鹿共は今はどうでもよい。それよりも狡怒。今すぐ出るぞ」
「あ? ……一体どういうことで?」
「どうもこうもない! 蒼天の塔に侵入した狼藉者を捉えに行くのだ!」
「おいおい……冗談がキツイぜ」
「冗談を言ってるように見えるか……? 青龍の瞳から光が失われたとのことじゃぞ。今はどの家も大騒ぎじゃ。祭りの最終日までに事態を収束せねば、祭りそのものが中止になってしまう可能性もある……!」
「……」
「どの家よりも早く捕まえねばならぬ。分かるか狡怒」
「へーへー……分かってますよ。俺達ゃ恩智が、青紫を引きずり落とす時が来たってことね」
よりにもよって祭りの日に、青紫が代々監視していた青龍の塔で、阿妻の象徴である『青龍の瞳』に何かをされたのです。
それは青紫の今までの功績がチャラになるくらいの、超が付くやらかしです。
各家はここぞとばかりに青紫を攻めたてて上を目指そうとするでしょう。
さらにさらに。
この騒動を青紫以外がもし収束させたとあれば。
その家は、名実ともに格があがること間違いないでしょう。
「幸い、ロクな情報はまだ誰も掴んでおらん。分かっているのは……下手人が凄まじい剣術の使い手であることだけ」
「ふゥん……凄まじい、ねぇ。それって親父殿よりも?」
「馬鹿を言え。儂には勝てぬ」
「ってーことは……俺以下でもあるっつー訳だ」
育ての父を前にしてナメた口を効く狡怒。
しかしその獰猛な笑みを前に、吟出は何も言いませんでした。
実際、吟出は大剣豪と噂されてますが、その実力は20年ほど前がピーク。
恩智の筆頭剣士は息子である狡怒だともっぱらの噂で、吟出も言外に認めるほどです。
その凶暴性、膂力、技量、そして狡猾さ。
勝利のためにどこまでもストイックであり続ける姿を見て、周りは彼をこう呼びます。
『阿妻の狂狼』。
「親父殿。幸いなことに、今しがた犯人っぽい奴の情報が上がってきやがりましてね」
「なんと……! ならば狡怒!」
「おーおー慌てなさんな。心配しなくてもきっちり見つけてみせますぜ、この狡怒様がね」
そう言うと階下に降りて、屋敷中に響く声で叫ぶのでした。
「──お前ら! 今すぐ出るぞッ!」
「「「「「!? 応ッ!」」」」」
ザッ! ザザザザッ!
規則正しい音と共に、急ぎ居間に集まる部屋住み達。
彼らは恩智に所属する侍達。
死ぬよりも辛い狂気の訓練を日々こなし、その命を恩智に捧げた特攻野郎共です。
「このめでたい祭りの日に蒼天の塔に忍び込んだ阿呆を捕まえるッ、名前は青龍とかいう馬鹿女だ!!」
声に応じるように、一斉に刀を腰に据える男達。
彼らは次々に壁の三度笠と法被を手にかけて、急ぎ身支度をしてゆきます。
「何をしたっていいから今すぐ探して、生かしてココに連れてこい! 喋れるなら腕がなかろうが足がなかろうがどうだっていい! いいか!?」
「「「「応ッ! 応ッ! 応ッ! 応ッ!」」」」」
赤い半被の背部に描かれた大きくて黄色い幾何学模様。
そんなド派手な装いをした侍たちが、街に散らばっていくのでした。
──千年目の降臨祭、その記念すべき日に起きるべきでない歴史的事件。
それが、今まさに始まろうとしていたのでした。
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