第5話
「瀬川さん……かなくん、瀬川さんのところにいたの? 勝手にいなくなっちゃダメだよ。探したんだよ」
そのまま説教をされそうな奏歌くんのためにも私は篠田さんに説明をしなければいけなかった。
「奏歌くん……蝙蝠になったんですけど」
「え……嘘……。かなくん、蝙蝠になっちゃったの?」
ぎくりと篠田さんの表情が固まる。これは何か裏がありそうだ。
「きがついたらなってて、みちるさんからすごくあまくていいにおいがして、かみついちゃったんだけど、すごくちがまずかったの」
「かなくん、瀬川さんのこと、噛んだの!?」
倒れそうになっている篠田さんに私は「気にしなくて良いですよ」と言ったものの、目の前で蝙蝠が男の子の姿になったのを見てしまったのはまずい気がしていた。
「すみません、瀬川さん……ちょっと、説明をさせてもらえますか?」
重大な話だと理解して私は奏歌くんを抱っこしたまま篠田さんを楽屋に招いていた。お茶もなければお菓子もないのだが、どうしようもない。楽屋の椅子に座ってもらって、篠田さんに説明を受ける。
「信じてもらえないかもしれないけど、俺とかなくんは吸血鬼なんです」
吸血鬼。
話で聞いたことはあるし、舞台で演じたこともある。
実際にいるとは想像もしていなかったけれど。
「吸血鬼は生涯に一人だけ自分と同じだけの寿命を与えられる伴侶がいて、それが吸った血が誰よりも甘美に感じられる相手だという伝説があって」
「奏歌くん、私の血がまずいって言ってましたよ」
「それは、多分、貧血とかで……かなくんの運命のひとは……嘘だろ」
篠田さんも認めたくないようだった。
それでも奏歌くんは私に抱き付いたままではっきりと言う。
「みちるさん、いいにおいがする! ちも、おいしいものたべたら、おいしくなるんじゃないかな」
子どもの柔軟さで自分が吸血鬼だということは奏歌くんは受け入れてしまったようだった。
数々の男運の悪さの果てに、運命のひとがこんなに小さい男の子だという結論が出てしまった。
「奏歌くんはこんなおばさん嫌でしょ?」
「みちるさんはおばさんじゃないよ。げきで、すごくかっこよかった。すごくきれいだった。うたもじょうずで、ダンスもじょうずで、すごかった」
興奮のままに聞かされる感想は素朴なものだからこそ私の心を打つ。今までに知り合った男性で一人でも私の舞台をこんなに称賛してくれた相手はいただろうか。
私にとっては舞台が生きる場所で、いつか舞台の上で死にたいと思っていた。命を懸けるほどに私は舞台にのめり込んでいた。
「次の休みに、かなくんの母親とも話をしたいので、お手数ですがうちに来てもらえますか?」
篠田さんの申し出を断ったらどうなるのだろう。
二度と奏歌くんとは会えなくなるかもしれない。
この小さな男の子が私は既に可愛く感じていたので、もう少し話を聞いても良いかと思ったのだ。
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