ヒトガタ祀リ
Othuyeg
第1話「噂」
「ねえねえ知ってる? あの人形のうわさ!」
「人形のうわさ? なあにそれ」
放課後。
楽しそうな顔の友人に突然そう声をかけられ、訝しむ少女、藤堂仄華。
――『人形のうわさ』と言われても、呪いの日本人形とか、そんなありきたりなものしか思いつかないなぁ。
努めてそんな風に考えつつ先を促すと、彼女は少し驚いた顔で続ける。
「えっ、仄華ちゃん知らないの? 最近噂になってる、『願いを叶えてくれる人形』のお話!」
何でも、彼女の話によれば、最寄りの本屋さんの裏手の廃墟、学校から見れば北西に110m程度の場所に、ひな人形がポツンと飾られているのだという。
その人形に、ひな祭りになぞらえたお供え物――即ち、菱餅、雛あられ、桜餅、金平糖など――をお供えすると、一つだけ願いを叶えてくれるのだと。
「4年生の咲奈ちゃんもお願い叶えてもらったんだって言ってたよ! ね、私たちも行ってみようよ!」
「う、うん……」
促されるまま、仄華は頷く。
その安易な選択が、後に耐えがたい恐怖を、そして針で胸を突くような悼みを呼ぶとは、露も知らずに。
はっきりと言うならば。仄華だって別に、『願いを叶えてくれる人形』のうわさを、欠片も聞いたことがないわけではなかった。
しかし今の仄華は、生来の内気な性格と、最近家の中で頻発する恐怖体験に参っていた。話題に首を突っ込む元気も、振られた話題を広げるような返しを気力も大して残っていなかったのだ。
だから精一杯の抵抗として、全力で思考を逸らし、「知らない」と答えて話を終わらせるつもりでいたのだが……。快活さがウリのこの友人には、全くもって効果がなかったというわけである。
――はあ、面倒だなぁ……。でも、ある意味都合がいいかも。
内心でため息をつきつつも、仄華はそう考える。
『願いを叶えてくれる人形』とやらが、もしも仮に本物であったなら。もしかしたら、うちで起こっている怪奇現象も、止めてくれるのかもしれない。そう思った。
「ここ! この中にあるんだって! ちょっと気持ち悪いけど……入ろ!」
「うん」
仄華の家で起きている怪奇現象。それは、『日本人形が枕元に立っている』というモノだ。
仄華の家には、それは大切に保管されている、1体の日本人形がある。
花嫁人形のようで、しかしひな人形のようでもある奇妙なそれは、家族の誰もその出自を知らず、しかし精巧な作りと静謐な佇まいから、ある種の崇敬のようなものを持ってアクリルケースの中に飾られている。
……しかしそれが、最近はケースを抜け出して仄華の枕元に現れるようになったのだ。
その人形は、仄華の枕の左、時として右に現れる。最初こそ仄華が持ち出したのだろうと思われて相手にされなかったのだが、それが2、3日続けば、大人とて流石におかしいと気付く。
一時は納戸に撤去され、封印の憂き目にあったその人形だが、効果がないどころか怪奇現象がより激しさを増すため、結局今は元の場所に戻され、再度飾られることになっていた。
覗き込むようにして、もしくは背を向ける形で枕元に現れるその人形の恐怖に怯え、夜も震えている仄華。彼女もまた、噂が真実ならそれに縋りたいと思っている一人だった。
「やるよ! お供え物は持ってきた?」
「うん……あるよ」
二人はそれぞれ、雛あられと金平糖をひな壇の前の皿に供える。そうして土下座をする形で深々と頭を下げ、叶えてほしい願いを強く念じる。
――どうか、うちのお人形さんが鎮まってくれますように。
するとどうだろうか。念じた願い事を受け取ったのか、綻んでなお美しいそのひな人形がかたりと蠢いたのだ。
「っ、動いた!? 今動いたよね!」
「う、うん……」
それは不可思議への恐怖からか、それともうわさの真相に近づいた歓喜からか、友人が大きく声を上げる。
仄華としては、『独りでに動く人形』なんてもう自分の家のアレのせいでトラウマ以外の何物でもなかったものだから、すぐさまここを離れたかったのだが。
「もしかしたら、うわさは本当だったかも! えへ、ちょっと楽しみ」
「そ、そっか……」
どうやら後者、真相に近づいた歓喜であったらしい。この子、怖いもの知らずか。
恐怖というモノを一体どこに落としてきたのか、と少々引き気味に呆れる仄華であったが、ともかく彼女が能天気なお陰で少し助かった気がした。
「願い事は叶うまで人に言っちゃいけないって話だったから、叶ったらまた何を願ったか話そうね! それじゃあね!」
「うん、また明日」
そう言って外へ向かう彼女の背を見ながら、自分も外へ。そして、ふと人形を見やる。
――あれ? この人形、さっきよりきれいじゃない?
仄華の顔に怪訝な表情が浮かぶ。何故か先ほどより、人形がキレイに見える。
いや、それ以前に、何故こんな手入れもされていない場所に放置されている人形が、少し服はほつれているとはいえこんなに――。
「っ……!?」
きょろり。
その人形の目がこちらに向いた気がした。
「わっ、うわぁあ!!」
もう限界だった。『怖いもの見たさ』なんて蛮勇はもう、仄華の中に欠片も残ってはいなかった。一刻も早く家に帰って、布団を被ってしまいたかった。
バタバタと走り去る仄華を無機質な瞳で見つめる人形は、しかし彼女に何も追い打ちをかけることはなかった。
……そして。
――かたん。かたかたん。かたり。……ごろん。
人形が、ひな壇から落ちた。
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