「イヤホン」、「違和感」、そして「後ろ姿」

 放課後の文芸部室。

 俺がドアを開けると、先に来ていた後輩が机に突っ伏していた。


「……寝てるのか?」


 ……いや、違う。

 よく見るとイヤホンをつけて、目を閉じたまま何かを聞いている。


「……」


 じっと見ていたら、後輩の肩が微妙にリズムを刻み始めた。

 わりとノリノリだ。


 そして数秒後——


「うわっ!? せんぱい!? いつからいました!?」


「いや、こっちのセリフだ。何聞いてたんだよ」


「“文豪の恋文朗読集”です!」


「やっぱりおかしいなこの部活……」


「いや~、こういうの聞いてると“言葉の重み”が勉強になるんですよ!」


「ほんとに?」


「はい! 今の朗読なんですけど……」


「ほう」


「“あなたのことを考えると、世界がやかましい”ってセリフがあって……」


「それ、イヤホン外しながら言うとすげぇ皮肉だぞ」


「たしかに……でもこういう言葉、現代文芸にも活かせそうじゃないですか!」


「まあ、静寂とノイズの間で恋が始まる的なね」


「それです! タイトルは“無音で恋に堕ちる音”にしましょう!」


「中二病の風が吹いてきた……」



◆◇◆



それから数分。

後輩はイヤホンを外したまま、何かをノートに書き始めた。


「なに書いてるんだ?」


「今朝、登校中に見かけた後ろ姿の人の印象です」


「は?」


「“小説のキャラになりそうな背中”を見かけると、つい妄想したくなるんですよ~」


「またややこしい趣味持ってんな……」


「でもその人、ちょっとおかしかったんです」


「なにが?」


「スーツなのに、靴だけスリッパだったんです」


「その違和感は現実感がすごい」


「だから、“異世界から来たサラリーマン”っていう設定にしたんですけど」


「お前の妄想エンジン、毎回フルスロットルすぎるだろ」


「ちなみに、先輩の“後ろ姿”もたまに観察してますよ」


「やめろ」


「いやいや、いい意味で!」


「“後ろ姿”で“いい意味”ってなんだよ」


「なんかこう……語彙の背中に立ってそうな感じ?」


「もはや褒めてるのか何なのかわからんわ」


「でもね、後ろ姿って、言葉と違って嘘がつけないと思いません?」


「……ああ、背中で語るってやつか」


「うまく言えないけど、“この人ちょっと寂しそうだな”ってわかること、あるじゃないですか」


「あるな」


「だからわたし、いつも文芸のキャラ考えるとき、まず背中を想像するんです」


「顔じゃなくて?」


「顔は設定だけでどうにでもなるけど、背中ってその人の“生き方の残像”がある気がして……」


「……やっぱりお前、変な方向に真面目だな」


「よく言われます! 先生にも!」


「先生にまで言われてるのか……」


 部室の窓から、夕陽が差し込んでいる。

後輩はまたイヤホンをつけて、ノートに何かを書き続けていた。


 俺はふと、彼女の“後ろ姿”を見つめる。


 その背中は小さくて、でも背筋は妙にしゃんとしていて、

 それがなぜか、ちょっとだけ“うらやましい”とすら思えた。


「……おまえの背中も、けっこう語ってるぞ」


「え? なにか言いました?」


「いや、なんでもない」


 言葉にすると照れくさいことを、

イヤホン越しの静寂にまぎれさせて、ごまかした。


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