「財布」、「左手」、そして「カップ麵」

 文芸部室の机の上に、カップ麺が一つ。

 そしてその前に座っているのは、俺——右手、負傷中。


「せんぱい、大丈夫ですか? ほんとに一人で食べられるんです?」


「……左手でなんとかする」


「でも……さっき、フタ開けるのに3分かかってましたよね?」


「うるさい」


 右手は、ちょっとした部活の荷物運びでひねってしまった。湿布を貼って、三角巾で吊ってある。

それでも「カップ麺くらい自分で食える」と言い張った俺に、後輩が困り顔でしゃがみこんだ。


「じゃあ、私が食べさせてあげましょうか?」


「却下だ」


「えー、なんでですか」


「……恥ずかしいだろ」


「お世話され慣れてない系男子ですか?」


「慣れてたら逆に怖いだろ」


 しばらく格闘するが、左手で麺を巻くのはなかなか難しい。

その様子をじっと見ていた後輩が、静かに立ち上がる。


「……じゃあ、せめて、箸を持つとこまでだけでも、私が」


「……いいって、こんなことくらい」


「せんぱい」


「……ん?」


「今、財布忘れてお昼抜きの私が言うのもなんですけど、

 “弱ってるときは、素直に甘えていいんですよ”」


「……説得力あるようなないような……」


「じゃあ交渉成立ですね!」


 にこっと笑った後輩は、さっと俺の手から箸を取り、

慣れた手つきで麺をくるくる巻いて、湯気の立つそれを差し出してきた。


「はい、あーん」


「……やめろ、絵面がヤバい」


「じゃあ“はい、どうぞ”バージョンにします?」


「それでも恥ずかしい!!」


 結局、一口だけ後輩に助けられた。

その後はなんとか左手でがんばって完食。


「ふう……やっぱカップ麺って、妙に沁みるな……」


「たまに食べると、ごちそう感ありますよね」


「財布忘れて空腹の人に言われると、重みがすごい」


「せんぱい」


「なんだよ」


「このお礼に、明日私にお昼、おごってくださいね」


「なんで逆に奢られる前提なんだよ」


「ふふふ、これが“世話焼き系後輩の圧”ってやつです」


「俺の左手より重いわ……」


 手が使えない日も、財布を忘れた日も。

ちょっと情けない日でも、誰かと一緒に笑えたら、

それだけで、意外と美味しい午後になるのかもしれない。

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