「力」、「勇気」、そして「知恵」

 文芸部室に入ると、後輩が机の上に何かを並べていた。


「……何してんだ?」


「先輩! ついにこの日が来ました!」


「いや、何の日だよ」


「今日は文芸部の未来を決める、三つの試練に挑戦する日です!」


「意味がわからねぇ……」


「先輩、人生に大切なものって何だと思います?」


「……金?」


「違います! それも大事ですけど、もっと本質的なものです!」


「……睡眠?」


「いやいや! そうじゃなくて!」


 後輩は机の上の紙をバン! と叩いた。そこには、雑な字でこう書かれている。


『文芸部の試練』


・力

・勇気

・知恵


「……これ、RPG?」


「そうです! 先輩、文芸部の勇者になってください!」


「なんで俺が勇者役なんだよ」


「先輩しかいません!」


「お前は?」


「私は……賢者ポジションで!」


「賢者っていうより、道に迷った村人Aだろ」


「ひどい!!」


「で、この試練って何をやるんだ?」


「ふふふ……じゃあ、いきますよ!」







★第一の試練:『力』


「まず、力の試練です!」


「はぁ……で、何をすればいいんだ?」


「ここにある、このめちゃくちゃ重い辞書を持ち上げてください!」


 後輩が指差したのは、古びた分厚い国語辞典だった。


「いや、ただの辞書じゃねえか」


「なめちゃいけませんよ、先輩! これは歴代の文芸部員が積み上げてきた知識の結晶!」


「いや、普通に出版社が編集したやつだろ」


「ともかく! これを片手で持ち上げたら、先輩は文芸部の戦士として認められます!」


「こんなん余裕だろ」


 俺は片手で辞書を持ち上げた。


「おおー! すごい!」


「いや、こんなん普通だろ」


「でも、辞書を持ち上げるってことは知識を手にするってことですからね!」


「うまいこと言ったつもりか?」


「えへへ」


「で、次は?」







★第二の試練:『勇気』


「次は勇気の試練です!」


「今度は何だ?」


「この箱の中に手を突っ込んでください!」


「……お前、変なもん入れてねえだろうな」


「大丈夫です! 先輩を信じてます!」


「いや、お前が何を仕込んだかが問題なんだが」


「さぁ、いざ勇気を持って!」


「はぁ……」


 仕方なく俺は箱に手を突っ込んだ。


「……なんだこれ?」


「ふっふっふ……」


 中に入っていたのは、ぐにゃぐにゃした何かだった。


「……おい」


「なんでしょう?」


「これ……ただの消しゴムのカスじゃねぇか!」


「正解!!」


「ふざけんな!」


「でも、勇気を持って手を入れたのは事実です!」


「こんな勇気いらねぇ……」


「でも先輩、これで勇者としての素質があることが証明されました!」


「もう帰っていいか?」


「ダメです! あと一つ、最後の試練が残っています!」






★第三の試練:『知恵』


「さぁ、最後の試練は知恵の試練です!」


「これで終わるのか……?」


「はい! この問題を解けたら、先輩は真の文芸部勇者になれます!」


「問題?」


「はい、こちら!」


 後輩が紙を差し出す。そこには——


『次の三つの言葉の違いを説明せよ:

「僕」「ボク」「ぼく」』


「……」


「さぁ、どうぞ!」


「……これ、この前お前が勝手にやってたやつじゃねぇか!」


「復習です!」


「ふざけんな!!」


「先輩、さぁ答えてください!」


「……ええい、こうだ!

『僕』は普通の一人称!

『ボク』はちょっと可愛い!

『ぼく』は幼児!」


「おおー!! すばらしい!!」


「もういいだろ!」


「はい、これにて試練終了!」


「やっとか……」


「では、勇者先輩にご褒美を差し上げます!」


「……ご褒美?」


「こちら!」


 後輩が手渡してきたのは——


**「勇者認定証」**と書かれた、適当な手書きの紙。


「……」


「おめでとうございます!」


「……お前、これ適当に書いただろ」


「違います! ちゃんと心を込めました!」


「……はぁ、もういいや」


「やったー! 先輩、これで立派な文芸部の勇者ですね!」


「……俺、勇者になりたかったっけ?」


「なりたくなくても、もうなっちゃいましたよ!」


「……お前のノリに付き合った俺の知恵と勇気と力を返せ」


「えー! でも楽しかったじゃないですか!」


 こうして、文芸部の無駄な試練は幕を閉じたのだった——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る