8


 昔から空を眺めるのが好きだった。


 風によって形を変える雲が、どんな天気でも負けずに突き進んでいく鳥を見るのが何よりも好きだった。

 鳥のように飛んでみたいと思ったことはあったけど鳥になりたいとは思わなかった。きっと、なれないとわかっていたから。


 私は何になりたいんだろう。私はきっと空気になりたい。










 音楽室にはまだ誰もいなかった。


 窓を開けると風が頬を撫でる。まるで、こちらにおいでと誘っているみたいだ。


 私は誘われるがまま少しだけ身を乗り出してみる。


 ああ、風が心地よくてこのまま飛んで行ってしまいたい。




「遥稀?」



 ふいに私を呼ぶ声がしてハッとする。



「あ、梨乃、おつかれ」


「おつかれ。そんなに身を乗り出したら危ないよ?」


「あー少し風に当たりたくて...」


「それならベランダでも良いでしょ?ここ、3階なんだからもしも落ちたら、」


「ベランダは、その、苦手で...次からは気をつけるね」



 私がそう言うと納得はしていないみたいだったけど話は終わった。


 部長で生徒会長の梨乃は何かと忙しい。私も梨乃と生徒会顧問に頼まれて一応執行部に籍はあるが、役職は特にない。


 目立たない裏方仕事ばかりしているため執行部に所属していることを驚かれることが多い。



「次の激励会なんだけど、明日備品の確認があるの。これがリスト」



 梨乃に渡されたリストをざっと確認して印をつけていく。体育倉庫と第一倉庫に保管してあるものの振り分け、消耗品のストックについてもメモしていく。



「はい、こんな感じ?」


「さすが...よくこんなに把握しているわね」


「だいたいだよ。2手に分かれた方が良いかも」


「そうね...それにしても、本当に勧誘して良かったわ。こういう雑務とか備品とか細かく把握して効率よく回せる子がいなくて、」


「誉めても何も出ないよ」


「素直な感想よ。遥稀の指示通りにすると手早く終わるし不測の事態にも冷静に対処できるし。状況把握と予測する能力が高いのね」


「えっと、急に、そんなに褒めて、どうしたの?」



 さすがにここまで褒められると逆に居心地が悪い。梨乃から思わず目を反らす。



「実は、遥稀に聞きたいことがあって...あ、そんなに緊張しなくてもいいのよ。実はね、次の部長をどうするべきか悩んでいて...」


「それは、副部長と顧問と相談した方が...」


「もちろん、2人と最終的は決定は下すけど、その前に意見を聞いておきたくて。ほら、遥稀は1番後輩と打ち解けているじゃない?なおもそうではあるんだけど、最近は、その、近寄りがたいみたいで」



 何となく察した。なおの横にいるさくらは気性が荒いから、なのだろう。

 最初は後輩も打ち解けようと頑張っていてけれど徐々に遠慮するようになってしまった。

 最近ではミーティングの時もあの2人が座る周囲は少しだけ距離があいている。



「部長も大変だね」


「他人事みたいに言わないでよ」



 実際、他人事ではあるものの、手伝いくらいはしたいと思っている。


 梨乃曰く、指導力と人望がある子がいいらしい。人望に関しては後輩たちにそれとなく探りを入れておいてほしいとのこと。



「なかなか難しいことを...」


「はぁ、何で本当に私が部長なんだろう...。遥稀の方がリーダーに向いてると思うんだけど...」


「私には無理だよ」



 一部からの反発が大きいだろうし、何より向いていない。


 梨乃が部長だからこそ安定している。梨乃以外が就いていたとして、多かれ少なかれ問題やもめ事は絶えなかっただろうと思う。それこそ、人望と指導力を備えてすごい部長だと思う。




「部長、遥稀先輩、お疲れ様です!」


「杏ちゃん、おつかれ、わ、」


「遥稀先輩!やっぱり抱きしめやすいサイズでいいですね!柔らかいし、いい匂いも」


「こら、セクハラやめい!遥稀が潰れそうになってるから」


「ごめんなさーい」



 杏ちゃんはこうして会うたびにハグなどのスキンシップをとってくる。2つ下の後輩なのに私よりも大きいのは解せぬ...。



「そういえば、他の子達、遅いわね」


「なおとさくらは居残り。新聞やってる」


「うちのクラスもよ。私の班はノルマが終わったから解散したけど」


「1年生の他のクラスはHRが長引いているみたいです」


「2年生もかしら。はあ、来週からテスト休みなのに...」


「今回ものライン作るの?」


「ラインって、何ですか?」


「テストで平均点以下だったらペナルティ、だっけ?ギリギリの科目あるから取り止めてほしいけど」


「今回からは失くす予定よ。いちいち確認するのも面倒だし、発案者が前回ペナルティを受けていたし」



 何も言わんでおこう...。



「その代わり、勉強会を開こうと思っているの。先生にも許可をもらったし」


「勉強会、ですか?」


「2時間で参加は自由1,2年生は先輩に質問できるし、親睦も深まるでしょ?」


「まあ、いいんじゃない?」


「参加したいです!」


「2人ならそう言うと思った」


「家だと集中できなかったりしますもんね」


「雑談に夢中にならないように注意しないとね。科目も教える人は分けるつもりだけど希望はある?」


「数学と、あと理科以外なら何でも」


「オッケー。他の子にも聞かなきゃ」




 部長は本当に大変だと思う。でも梨乃が部長で本当に良かった。



 勉強会については特に不満や文句が出ることなくとんとん拍子に決まっていった。各学年の範囲を確認して担当を決めていく。


 中間テストは5科目で範囲もそれほど広くないから問題ないだろう。


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