甥っ子はミノタウルス
みそささぎ
1頭目 ミノタウルスの誕生
「ひぃーっ!!」
俺は吉野拓馬、訳あって妹・みのりの出産に立ち会っている最中だ。彼女は今、陣痛の苦しみに悶えて悲鳴を上げている。
「お母さん、頑張って!!」
そんな彼女を、助産師さんたちは懸命に励ましている。そして、俺は彼女の額から溢れる汗を拭っている。
本来、出産の立ち会いというのは配偶者に限られる。つまり、産まれてくる子供の父親である。
しかし、どういうわけか父親は姿をくらましているし、難なら素性を一切知らない。
父親について俺は問い詰めていたものの、みのりは毎回話をはぐらかすだけだった。まったく、この子の父親はどんな男なんだ……?
そういう事情もあって、俺は特別にみのりの出産に立ち会うことを許可されている。
みのりの両親がどういう反応したかって? お袋は困惑、親父は烈火の如く憤怒していた。それは想像に難くないと思う。
「……!!」
痛みのあまり、みのりはもはや言葉さえ失っている。男の俺には分かりかねるが、陣痛というのは下腹部への鈍痛が延々と続くそうだ。多分、俺には耐えられないと思う。
「ふぅ……ふぅ……」
みのりの息遣いが荒くなってきた。そりゃそうだ、分娩室に入ってからかれこれ2時間は経つ。息が上がるのも当然だろう。
きっと、お袋もこんな風に俺達を産んだのだろう。母は偉大、とはよく言ったものだ。
「赤ちゃんの頭が見えてきました!!」
助産師の一人が状況を伝える。世の産婦曰く、このときはお腹からスイカが出てくるくらいの痛みとのこと。みのりは今、そういう痛みに耐えているに違いない。
「お母さん、歯を食いしばって! もうひと踏ん張り!!」
助産師がみのりを鼓舞する。俺も精一杯、みのりの額から垂れる汗を拭う。
「ふーんぬっうっっっ!!!」
周りに鼓舞され、みのりも精一杯いきむ。みのり、頑張れっ!!!
「よーしっ、頭が出たぞっ!!」
息巻く医師の声が室内にこだまする。気のせいか……耳がエルフみたいに尖ってたように見えたぞ?
「ゔゔゔーっ!!!」
だが俺の疑念など意に介さず、みのりはいきみ続ける。たとえ耳がエルフみたいに尖っていたとして、今はどうでもいい。俺はみのりを鼓舞するため、懸命に汗を拭い続けた。
「お母さん、ここは一息つきましょう。焦らないでね!」
いきみ続けるみのりに、助産師がクールダウンを促す。ここで俺もクールダウン……あれ、何か気になることがあったような……?
「お母さん、もうひと踏ん張りいきましょう! 頑張って!!」
助産師の一人が、みのりの手を固く握りしめている。そうだ、些細なことなどどうでもいいんだ! 頑張れみのり!!
「ふーん!!! ふんぎゅーーーっ!!!」
みのりは体をくねらせ、全身の力を下腹部へ集中させる。そしてーー。
「せーのっ!」
助産師達が息を合わせて、みのりから子供を引っ張り出した。それに合わせて、子供もみのりのお腹から勢いよく飛び出してきた。
「オギャー! オギャー!」
待ちに待った、生命の誕生した瞬間だったのだが……何か変だ。
「おめでとうございます! 元気な
産まれた子供を抱きかかえて、助産師が高らかに叫んだ。いや待て! 牛ってどういうことだ!?
「うしたろう……生まれたんだね……」
出産直後の喜びからみのりは高揚しているが……お前の子供、顔が牛だそ!? というより、その名前はあんまりじゃないか!!?
とはいえ、俺も甥っ子の誕生を祝いたいのが本音だ。頭部は牛だけど……。
これが、みのりが牛顔の子を産んだ瞬間だった。換言するならば、
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