第5話…… 《闇を焼く者──三合会〈李振峰〉一派との開戦》

前書き

1935年3月7日、ブエノス・アイレス——

街の空気が湿った夜の帳に包まれる頃、ルドラ・バッシャールはエル・バホの裏通りを静かに歩いていた。三合会「李振峰リー・ジェンフォン一派」が、徐々に勢力を拡大しつつある。風俗店や賭博場を支配し、覚醒剤の取引まで手を染めた彼らは、もはや放置できる存在ではなかった。翠龍閣スイ・ロン・コー——表の顔は中国茶館、裏の実態は賭博・売春・覚醒剤精製の犯罪複合施設だった。ルドラはまず、この拠点の実態を暴き、組織の資金源を断つことを決意する。潜入調査を行ったタリオとルシエンヌからの報告によって、翠龍閣スイ・ロン・コーが三合会の犯罪ネットワークの中心であることが明らかになった。そして、遂にルドラは急襲を決断する。「突入だ! 奴らを逃がすな!」しかし、翠龍閣スイ・ロン・コーを掌握した時には、すでに幹部たちは逃亡していた。それでもルドラの部下たちは、覚醒剤の密売証拠、売春斡旋の記録、取引帳簿を次々と押収し、確実に三合会の支配を揺るがせていく。ブエノス・アイレスの裏社会における新たな抗争が、ここに幕を開ける——。


本文

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登場人物(1935年1月1日時点)

ルドラ・バッシャール24歳。企業からの収益金3,500万米ドル。3,840米ドルの普通預金(アドリアナと交換したもの)。金塊127トン(運用利息月利3,810万米ドル、日歩127万米ドル)。純度99.9%の粉末コカイン6トン。ブエノス・アイレス司法府裁判検事。ルドラ映画産業㈱会長兼オーナー(資本金6千万アルゼンチン・ペソ)。ルドラ金融㈱会長兼CEO

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カルメン・バッシャール36歳。ルドラの妻。エミリオ・ロドリゲス(死亡)の元妻。

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https://kakuyomu.jp/users/happy-isl/news/16818622173391039290

筆者がpythonで作成したSVG画像をスクショしたものです。今回も主要登場人物に絞り、関係を整理しました。

https://kakuyomu.jp/users/happy-isl/news/16818622170468425439

南アメリカ

帝国書院「地歴高等地図」P75,76

https://kakuyomu.jp/users/happy-isl/news/16818622170605847554

アンデス越え

帝国書院「新詳高等地図」P82

https://kakuyomu.jp/users/happy-isl/news/16818622171763522997

中米及び西インド諸島

筑摩書房(大航海時代)ボイス・ペンローズ著。荒尾克己訳。巻末地図。

https://kakuyomu.jp/users/happy-isl/news/16818622171763616309

南米

筑摩書房(大航海時代)ボイス・ペンローズ著・荒尾克己訳、巻末の図。

https://kakuyomu.jp/users/happy-isl/news/16818622171763700991

アメリカ三大文明

中公新書(古代アステカ王国)増田義郎著。P2。

李少峰リー・シャオフェンとの交渉


☆三合会:李振峰リー・ジェンフォン一派との戦い(前篇)


★1935年3月7日 午前6時 李少峰リー・シャオフェンの四合院


 朝霧がほんのりと漂う四合院の中庭。湿った空気の中に、香ばしい醤油の香りと甘酸っぱい酢の匂いが混じり合い、柔らかな湯気と共に朝の静けさを破る。石畳の上を軽やかに歩く李万麗リー・ワンリー(45歳)は、着物の袖を少しまくり、蒸し籠の蓋を開けた。そこから立ち上る香りに、彼女は微かに笑みを浮かべる。


 蝦餃ハー・ガオの繊細な皮は、透き通るように薄く、新鮮な海老の餡が詰まっている。牛腩面ニュウ・ナン・ミェンのスープは長時間煮込まれ、濃厚な牛肉の旨味が溶け込んでいる。糖醋里脊タン・チュ・リー・ジーは、外はカリッと揚げられ、中は柔らかな豚肉が甘酸っぱいソースをたっぷりと纏っていた。


 料理を丁寧に皿に盛りつけながら、まだ微かに火照った肌を指先で撫でる。昨夜、20年ぶりに味わった若い男の情熱。肌を這う手の感触、体を包み込む温もり——それらが未だに鮮明に残っていた。全身を貫くような快楽の余韻に、思わず頬が熱くなる。


 しかし、そんな幸せな気分とは裏腹に、心の奥では不安がくすぶっていた。

 

 「……李振峰リー・ジェンフォンの一派が、最近表通りにまで出没している……」


 その話を聞いたときの不安が、また蘇ってくる。彼らはこれまで、エル・バホの裏通りを縄張りにしていたはずだった。だが最近、彼らは表通りにまで足を踏み入れてきている。一昨日には、「オリエンタル・ディバイン」にちんぴらが押しかけ、若い女の子に本番を強要したと聞いた。


 幸いなことに、その日は普段は店に顔を出さない陳芳チェン・ファンがたまたま店におり、即座に警察へ通報したため、事なきを得たという。しかし、これが単なる偶然なのか、それとも彼らの勢力拡大の予兆なのか。


 李万麗リー・ワンリーは眉をひそめた。


 彼女はすぐに「オリエンタル・ディバイン」の雇われ経営者である陳芳チェン・ファンに連絡を取った。彼女は、源氏名「ルシア」としてしばらく店に出ることを決めたという。表の経営者ではなく、自ら現場に立つことで、店の安全を確保しようというのだ。


 このことは、ぜひルドラに相談しておかなければならない。


 ——「ルドラさんなら、きっと何か策を講じてくれる」


 料理の準備が整うと、李万麗リー・ワンリーは深呼吸し、心を落ち着けるように胸に手を当てた。扉の向こうでは、ルドラが朝食の香りに誘われるように目を覚ましていることだろう。


 今朝の食卓では、昨夜の甘い余韻とともに、これからの動きを話し合わなければならない——。


★ルドラと李万麗リー・ワンリーの朝食時の会話

ルドラ:万麗ワンリーさん。何か悩み事でもあるのですか?


万麗ワンリー李振峰リー・ジェンフォンの一派が、最近表通りにまで出没しているのよ。夫「李少峰リー・シャオフェン」の部下の嫁がエロティックマッサージ店「オリエンタル・ディバイン」を経営しているの。そこは健全店とは言わないけど、本番行為はさせていない店なの。そこへ連中が現れてね。女の子に本番を強要したそうなの。幸い、その日は雇われ店長の陳芳チェン・ファン(32歳)がたまたま来ていてね。警察に連絡して追い払ったそうなの。安全のために、その日から彼女は源氏名「ルシア」としてしばらく店に出ることを決めたのよ。でも彼女も主婦だからね。何時までもそんなことは出来ないでしょう?


ルドラは、昨日の女性「ルシア」が陳芳チェン・ファン(32歳)だと初めて知ったが、そのことはお首にも出さずこう言った。


ルドラ:そうだな。エロティックマッサージ店とかストリップクラブとか風俗店が彼らの狙い目だろう。警察に負い目があるから、通報されにくいと思ったんだろう。良し。俺が今日から見張ってやろう。


万麗ワンリー:私のところは大丈夫かな?


ルドラ:万麗ワンリーさんもお店をやっているの?


万麗ワンリー:「ロータス・パレス」という高級キャバクラを経営しているのよ。


ルドラ:そう言うお店ならまだ大丈夫だと思うよ。


★エロティックマッサージ店「オリエンタル・ディバイン」 内部—— ルシアの証言


1935年3月7日 午前9時

朝の陽がエル・バホの街を静かに照らし始めた頃、ルドラは「オリエンタル・ディバイン」の扉を押し開けた。店内にはまだ客の姿はなく、昨夜の名残のようにほのかに香る香水とオイルの匂いが漂っている。


「……あら、昨夜の良い男じゃない!」


店の奥から現れたのは、昨晩ルドラの相手をした「ルシア」こと陳芳チェン・ファンだった。昨夜の妖艶な姿とは異なり、今日はシンプルなチャイナドレスに身を包み、長い髪を無造作にまとめている。


「早速、私を口説きに来たの?」


彼女は冗談めかして言ったが、ルドラは微笑みながら、直球で切り出した。


「昨夜は気持ちよくしてくれてありがとう。ルシア——いや、陳芳チェン・ファンさん。実は、以前にも会っているよね」


陳芳チェン・ファンは、わずかに目を細めたが、すぐに小さく頷いた。


「やっぱり分かっていたのね。……中華料理店で会っていましたよね、ルドラ検事」


「そうだよ。だが、今回は違う話だ。……李振峰リー・ジェンフォンの一派が店に現れたらしいね。ちんぴらのことを教えてくれないか? どんな小さいことでもいい」


陳芳チェン・ファンは一瞬、言葉を選ぶように黙ったが、やがて小さくため息をつき、椅子に腰掛けると話し始めた。


★ルシア(陳芳チェン・ファン)の証言


「……あれは、一昨日の夜のことよ。店はちょうど暇になりかけていて、女の子たちも裏で休憩していた。そこに……あいつらが入ってきたのよ」


ルシアは苦々しい表情を浮かべた。


張義明チャン・イーミンって男がいたわ。「「翠龍閣スイ・ロン・コー」っていう茶館の地下で違法賭博と薬の取引をやってる連中の一人よ。エル・バホの表通りにはあまり出てこない連中だったのに、最近になってちょくちょく顔を出すようになったわね……」


「どんな連中だった?」


ルドラが尋ねると、ルシアは淡々と語り続けた。


「奴らは三人組だったわ。張義明チャン・イーミンがリーダーで、もう一人は馬俊豪マー・ジュンハオ(28歳)、もう一人の名前は分からないけど、見た目は細身で鋭い目をした若造だった」


「やつらは、酒に酔ったふりをして入ってきて、最初は普通の客みたいに振る舞ってたの。でも、いざマッサージが始まったら急に態度を変えて、『本番をやらせろ』って女の子に強要したのよ」


ルシアの目が険しくなった。


「女の子はもちろん拒否したわ。うちはエロティックマッサージ店だけど、本番行為は絶対にさせないって決まっているのよ。でも、奴らは無理やりやろうとした。馬俊豪マー・ジュンハオが女の子の腕を掴んで、部屋に引きずり込もうとしたの」


「それで、お前が警察を呼んだのか?」


ルドラの問いに、ルシアは冷ややかな笑みを浮かべた。


「ええ。でも、普通なら警察を呼んだりしないわよ。あいつらもそれを知ってるから、エロティックマッサージ店とか風俗店を狙うの。警察に負い目がある店は、通報しにくいと思ってるのよ。でも、私は違う。たまたま店にいたから、即座に警察を呼んだの」


「なるほどな」


「奴らは警察が来る前に逃げたけど……きっと、また来るわ」


ルシアは腕を組み、ルドラをまっすぐ見つめた。


「正直、私はもうこの店のことなんかどうでもいいの。でも、このままにしておいたら、エル・バホの風俗店は全部、あいつらの支配下に置かれるわ。それはまずいんじゃない?」


ルドラは頷いた。


「確かにな……。奴らの拠点は?」


ルシアは、鋭い目でルドラを見つめると、静かに言った。


翠龍閣スイ・ロン・コーよ」


「エル・バホの裏通りの奥にある中国茶館——でも、それは表の顔。裏では、賭博場、薬の取引、売春宿をやってる。地下に隠し部屋があって、そこが覚醒剤の精製所になってるって話よ」


「なるほど、確かにそこを抑えれば、奴らを壊滅させることができそうだな」


ルシアは静かに微笑んだ。


「あなたなら、どうするの?」


ルドラは少し考えた後、にやりと笑った。


「簡単な話さ。まずは奴らの違法行為の証拠を掴む。そして、警察に通報させてやる。その後……俺の部下が「翠龍閣スイ・ロン・コーを急襲する」


「ふふ……あなた、容赦ないのね」


ルシアはクスリと笑い、椅子の背もたれに身を預けた。


「でも、私はそういう男、嫌いじゃないわ」


ルドラは立ち上がり、コートの襟を正した。


「これ以上、奴らが好き勝手できる状況を放ってはおけない。エル・バホの秩序は、俺が守る」


「……そうね、じゃあ、私もできる限り協力するわ」


ルシアは立ち上がり、ルドラに近づくと、小さな声で囁いた。


「気をつけてね、良い男」


ルドラは微笑みながら、店を後にした。「翠龍閣スイ・ロン・コーの闇を暴く準備が、今、始まった——。


翠龍閣スイ・ロン・コーへの潜入と摘発——ルドラの計画遂行


1935年3月7日 午後8時——エル・バホ地区

ブエノス・アイレスの夜の帳が降りる頃、ルドラの部下たちは静かに「翠龍閣スイ・ロン・コーへと向かった。彼らは表向きは客を装いながらも、それぞれが慎重に配置を確認し、証拠を掴むべく動き始める。


★ 潜入調査:翠龍閣スイ・ロン・コーの闇

午後8時30分

潜入を命じられたのは、ルドラの側近の一人であるタリオと、司法府検察官のルシエンヌだ。


タリオは粗野な港湾労働者を装い、ルシエンヌは富裕層の娼婦を抱えた仲介人になりすまして「翠龍閣スイ・ロン・コーに入る。


店内は一見すると普通の中国茶館だったが、店の奥に進むと様相が一変した。

隠し扉の奥には、地下へと続く階段があり、その先では違法賭博や薬物取引が行われていた。


- 地階の状況

- 賭場には大小さまざまなテーブルが並び、賭博師たちが麻雀やカードゲームに興じていた。

- 一角には覚醒剤(メタンフェタミン)の取引が行われており、タリオは密かに写真を撮影した。

- さらに、奥の部屋には数名の女性が閉じ込められ、借金のカタに売春を強要されていた。


ルシエンヌは巧みに話を引き出し、翠龍閣スイ・ロン・コーが覚醒剤の精製拠点としても使われていることを突き止める。


★ 摘発作戦:翠龍閣スイ・ロン・コー急襲

午後10時30分

タリオとルシエンヌからの報告を受けたルドラは、すぐさま「翠龍閣スイ・ロン・コーの急襲を決断。

彼の部下たち、そして買収済みの警察官たちが一斉に動き出す。


「突入だ! 奴らを逃がすな!」


掛け声と共に、銃を構えた部隊が「翠龍閣スイ・ロン・コーへと突入する。

内部では客や関係者が混乱し、叫び声が飛び交う。賭博場のテーブルが倒され、チップが散乱する中、逃げようとする者を次々と取り押さえていった。


しかし、肝心の三合会幹部たちは、事前に察知していたのか、既に姿を消していた。


「……やられたな」


ルドラは悔しそうに唇を噛むが、すぐに次の行動を指示する。


★ 家宅捜索で得た証拠

翠龍閣スイ・ロン・コーの内部を徹底的に捜索した結果、以下の証拠を押収した。


1. 覚醒剤(メタンフェタミン)の大量の小袋(売買用とみられる)

2. 取引記録帳簿(三合会と麻薬ルートの関係を示す証拠)

3. 借金の担保として監禁されていた女性たちの名簿

4. 賭博の収益記録(違法賭博の証拠)


「これだけの証拠があれば、やつらを追い詰めるのは時間の問題だな」

ルドラは満足げに書類をめくる。


★ 逃げた三合会幹部を追う

翠龍閣スイ・ロン・コーの幹部たち——張義明チャン・イーミン馬俊豪マー・ジュンハオ、そして逃亡した首謀者の黄国強ホワン・グォチャンは、既にどこかへ姿を消していた。


しかし、ルドラはすぐに彼らの行き先を推測する。


「奴らはきっと、自分たちの資金源が潰されたことに焦っている。次に狙うのは……」


彼の頭の中には、すでに次の手が浮かび上がっていた。


エル・バホの裏社会における最後の決戦が、刻一刻と迫っていた。


今回は此処までにいたしましょう。次回をお楽しみに。


後書き

翠龍閣スイ・ロン・コーの急襲は、三合会の勢力を弱体化させる大きな一撃となった。だが、それは同時に、さらなる反撃を呼び込む狼煙でもあった。李振峰リー・ジェンフォンの幹部たち——張義明チャン・イーミン馬俊豪マー・ジュンハオ、そして逃亡した首謀者の黄国強ホワン・グォチャン。彼らはどこへ逃げたのか? どのような反撃を仕掛けてくるのか?「奴らは焦っている……次に狙うのはどこか?」ルドラの思考は既に次の一手を考え始めていた。資金源を断たれた敵が取る選択肢は限られる。追い詰められた獣は、最後の抵抗を試みるもの。次なる戦いは、彼らを完全に潰し、裏社会の支配を決定づける一戦となるだろう。エル・バホの夜は、未だ静寂の中にある。だが、ルドラの背後には、沈黙という名の嵐が忍び寄っていた——。

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