ひな祭り殺人事件 ~三人官女は全てを見ている~

ALT・オイラにソース・Aksya

前編

 僕の名前は道宮トシ。普通の高校生だ。友達からはよく童顔だなんて言われるけど、それ以外には特にこれといった特徴のない、どこにでもいるような人間さ。


 そんな僕は今、父さんに連れられて山奥の豪邸に来ていた。というのも、父さんの兄弟の結婚相手の両親からパーティーに招待されたんだ。


「さすが山奥なだけあって、ちょっと涼しいな」


「そうかな。僕は蒸し暑いと思うんだけど」


 他愛のない会話をしながら、父さんは豪邸の扉の前に立ち、その横に付いているドアノッカーを手に取った。今時インターホンが付いていない家なんて珍しいけど、この木造建築の豪邸は明らかに古い建物だ。そういうこともあるのだろう。


「ごめんください」


 父さんがそう言いながらドアノッカーを扉に打ち付けると、かなりの音が響いた。それに驚いている間もなく、観音開きの扉は開いていく。


「ようこそお越しくださいました」


 現れたのは背中の曲がったお婆ちゃんだった。この人は井田いだ 陽咲ひなたさん。僕らを招待してくれた井田夫妻の妻の方だ。彼女は今年で68歳になるらしい。


「談話室にて主人がお待ちです。どうぞお上がりください」


「ありがとうございます。失礼します」


 僕と父さんは彼女に頭を下げ、玄関に入った。そこには靴がいくつも並んでいて、既に何人かの先客が来ているらしいことが分かった。


「えっと、談話室はどちらでしたっけ?」


「正面から見て右の階段を上がりまして、2階の手前の部屋にございます」


 当たり前だけど、豪邸の中は随分と立派だった。まず玄関から入って真っ先に見えるのが2つの階段で、右と左で別々の階に繋がっている。どうやらこの家には1階から3階まであるようだ。こんなに広いと掃除が大変そうだなぁ。


「じゃあ行こうか。ところで、トシはこういうパーティーに来るのは初めてだよな。緊張してるか?」


「うん、ちょっとね」


「まあ、知らない親戚の人もいるだろうからな。でもちゃんと挨拶はしなきゃダメだぞ」


 父さんは無精髭を撫でながら階段を昇っていく。僕もその後に続いて、2階に到達した。


「手前の部屋って言ってたよな」


 父さんはそう言いながら手前にある部屋の扉をノックした。すると中からしわがれた男性の声が帰ってくる。


「入りなされ」


「失礼します」


 中では、しわくちゃの老紳士が黒革のソファに座っていた。ガラスの机を挟んで置かれたもう1つのソファに座るよう、目で合図をしてくる。


「遠方から遥々ご苦労」


「いえいえ、立郎たつろうさんの結婚記念パーティーのためでしたらいつでも飛んできますよ。それに、今年は息子も連れてきたんです」


 そう、彼こそが井田夫妻の夫、井田いだ 立郎たつろう。覇気というか風格というか、僕は彼の雰囲気に圧倒されていた。話では聞いていたけど、本当に威圧感のある人物だ。目は虎みたいに鋭くて、油断すると取って食べられてしまいそう。


「そうか。では君がトシくんかね」


「は、はい。初めまして。道宮トシです」


 立郎さんは窪んだ眼をじっとこちらに向けてきて、僕のことを穴が開くくらい観察してきた。それがなんだか怖くて思わず目を背けてしまう。


「聡明な子だ」


「ハハ、ありがとうございます。よく言われますよ。さすがは俺の息子」


 父さんはそんな立郎さんを相手にしてもいつもの調子を崩さない。普段はおちゃらけていて頼りない感じだけど、こういう時は安心する。


「君も相変わらず元気そうで何よりだよ」


「そちらこそ。今年で71になられるんでしたっけ? それなのにまだまだ健在って感じじゃないですか」


「うむ。少しばかりアレルギーこそあるが、病気にはならないのが私の自慢だ。老いになど負けはせんよ」


 僕は2人の談笑をポケーっと聞きながら、僕は談話室の内装を眺めていた。といっても、机とソファだけで空間の大半を占領しており、他に目立つものといえば壁に掛けられた賞状だけ。それをよく見てみると、どうやら消防団の精勤賞状であるらしかった。こんなものがあるんだなぁと思っていると、立郎さんが唐突に話を切った。


「少し話しすぎたな。パーティーは1階の食堂にて、13時から行う。それまでは館の中で好きに過ごしていてくれたまえ」


「分かりました。では失礼させてもらいます」


 父さんはそう言うと立ち上がった。僕も慌てて立ち上がる。壁に掛けられている時計を見ると、時刻は12時30分を指していた。パーティーの開始までにまだ30分くらいはあるけど、何をするつもりだろう。


「こういうところに来る機会はあまりないからな。せっかくだし色んな部屋を見てみたいだろ」


 僕の顔を見て心を読んだのか、父さんはグッとサムズアップして言った。


 こうして僕と父さんは談話室を後にした。そして階段で1階に降りていく最中、僕も知っている人物が館の中を歩いているのを発見した。


「あっ、ノゾム発見」


 父さんはいつにも増して軽い口笛を吹くと、2段飛ばしで階段を降りていき、その細身長身の男に近づいていった。その人は父さんの姿を見るなり顔をしかめ、ちょっとだけ後ずさった。


「おーいノゾム、元気してたかー」


「兄さん、暑苦しいよ。あんまり近づかないで」


「そんなこと言うなよー」


 父さんのことを兄と呼ぶこの人こそが、井田夫妻の娘と結婚した父さんの兄弟、道宮ノゾムさんだ。大手金融企業のサラリーマンで、とても知的な雰囲気を醸し出す……父さんとは真逆のタイプの人間。昔からこういう親戚の集まりでよく会っているんだ。


「おや、トシくんも来てたんだね。こんにちは」


「こんにちは、ノゾムさん。久しぶりですね」


「ノゾムー、俺は無視かよー。っていうか奥さん一緒じゃないんだな」


「ああ。香代かよさんは食堂にいるよ。いやなに、別に離れていたいってわけじゃあなくてね、ただちょっとトイレに行っていただけなんだ。本当だよ」


 ノゾムさんは奥さんのことを話に出されると、露骨に焦り始めた。実は彼の奥さんである、道宮 香代さんはとても豪快な人で、いわゆる鬼嫁ってヤツなのだ。前にもあったことはあるけど、その時は完全に尻に敷かれていた。


「そういえば、今日の料理は能見のうみさんが作るらしいね」


「おぉ、能見も来てるのか。それは楽しみだな。アイツ料理の腕しか取り柄ないもんな」


 と笑う父さんの背中に、僕はこれまた見覚えのある人物を発見した。頭が丸くて背が低く、やけに脂ぎった顔をしている男性……能見さんの姿を。


「って誰が料理の腕しか取り柄ないクズ男や!」


 彼は勢いよく平手で父さんの頭を叩いた。同情はしない。


「痛てぇ! やりやがったな能見ィ」


「それはこっちのセリフや。ナニワのスゴウデ料理人であるワイを捕まえてなんつうこと言うとんねん」


 能見さんは父さんを見上げるようにガンをつけ、それから僕の方に顔を向けた。


「なんや、トシくんも来とったんかいな。久しぶりやなぁ」


「お久しぶりです」


「おうおう、相変わらず礼儀正しゅうてええ子やな。父さんみたいな人間になったらあかんで」


「子供は親の背中を見て育つんだよ。ところで能見はなんでこんなところで油売ってんだ?」


「誰が脂でギトギトや! しばき回すぞ!」


「言ってない言ってない。誰もそんなこと言ってないよ能見さん」


「はっはっ、冗談や冗談や。実はもう料理の支度がある程度済んだゆーことで、立郎さんに報告しよ思うてな」


 もう料理の準備が終わったのか。さすが、料理の腕だけはみんなに認められているだけあるなぁ。


「随分と早い……ってもうこんな時間か。すまんなトシ、探検はパーティーが終わった後になりそうだ」


 父さんの持つ腕時計は、12時48分を指していた。13時からパーティーが始まるということは、もう館の中を探検する時間はない。食堂で大人しく待っていた方が良さそうだ。


「じゃあ俺達は食堂に行っておくか」


「そうしや。ワイは立郎さんとこ行ってくるで。まだ談話室におった?」


「いたよ。ああでも、もうすぐ降りてくるかもしれないけど」


 こうして僕らは能見さんと別れ、父さんとノゾムさんと一緒に食堂に向かった。やたらと重厚な食堂の扉を開くと、真っ先に飛び込んできたのは白いクロスの敷かれたテーブルと、その上に並んだ三色の菱餅。それから巨大な雛壇だった。雛壇には不気味さすら感じるほど精巧な人形がいくつも座っている。


「おい遅せーぞ! パーティーはまだ始まらねーのか!」


 食堂に入るなり、怒号が僕らを襲った。いや、正確には僕らではなく、一緒にいたノゾムさんを襲った。彼は唇をキュッと結び、彼女の方に近づく。


「大声を出すのはやめてくれよ、香代さん」


「あぁ? 別にいーだろーがよ。それより他の連中はまだ来ねぇーのかよ。まだパーティーは始まらねぇのかよ!」


 聞いているこっちまで胸が痛くなってくる。彼女こそがノゾムさんの妻にして井田夫妻の娘、道宮 香代さんだ。あんまりこういうことを言いたくないけど、『黙っていれば美人』の典型例みたいな人だ。僕からしてみても性格は悪い方だと思う。


「確かに、他の人達遅いな」


 父さんは無精髭を撫でながら呟いた。今のところ、見かけているのはノゾムさんや能見さんくらいしかいない。そういえば、館の外に止まっている車も2台しかなかった。


「何かあったのかもしれない」


 と僕が言うが早いか、背後の食堂入り口の扉が音を立てて開いた。現れたのは立郎さんと陽咲さん、それから能見さんだった。


「今しがた連絡が来た。どうやら駅で事故があったらしい」


「事故?」


 立郎さんはしわがれた、それでも聞き取りやすいはっきりとした声で話し始める。


「ああ。列車が遅延しているらしく、到着が遅れるそうだ」


「なんだよそれ、パーティーの開始も遅れるってことかよ。クソダルいぜ」


「……香代、もう少し慎みのある言葉を使いなさい。この場には子供もいるのだよ」


「うるせー、知るか。オレに指図してんじゃねーよ。つか、パーティーの開始が遅れんならそれまで何してりゃいいんだよこれ」


 香代さんはそう言いながら手元にあった菱餅を食べ始めた。この態度に立郎さんも思わず頭を振る。どうやら家族仲も良好ではなさそうだ。


「どうした、食わねーならオレが全部食っちまうぜ」


「……仕方ない。遅れている者が到着するまで、皆で菱餅でも食べて過ごすとしようか」


 やれやれといった感じで、立郎さんはイスに座った。この人も意外と苦労しているんだなぁ。


「では私はお茶を入れて参ります」


 陽咲さんがそう言って食堂を後にすると、残った僕達も好きな席に座ることにした。


「それにしても遅延とは、こんな記念すべき日にとんだ災難ですね」


「人生とは常に思い通りにはならないものだよ。得てして思い通りにできる事柄もあるがね」


 菱餅をむしゃむしゃと貪る香代さんに釣られ、僕も思わず菱餅に手を伸ばした。わりと美味しい。というか、ちょっとだけ餅じゃない……何かの果物みたいな味がする。いや、気のせいかもしれない。舌に自信があるわけではないからなんとも言えない。こういうのは能見さんに聞けば分かるのだろうが……。


「いやぁ、ワイは料理のつまみ食いで腹いっぱいやからなぁ。遠慮させてもらうで」


「料理のつまみ食いなんてしてたんですか……」


 ノゾムさんからも呆れられてしまっていた。腹がいっぱいになるほどのつまみ食いって、もはや自分のためだけに一品作ったまであるのではないか。


「私が結婚する日に3月3日を選んだ理由は、もう何度も話したね?」


「もちろんです。奥さんの名前とひな祭りを掛けたんですよね。毎年耳にタコができるほど聞いてますよ」


 陽咲さんが戻ってきて全員分のお茶が机に置かれ、立郎さんをそれで喉を潤すと菱餅をガツガツと食べ始める。その早さたるや、娘の香代さんにも負けていない。そういうところが父娘であることを感じさせる。


「結婚した後も私と妻は長らく子供に恵まれなかった。しかし私は子供を諦めきれず、そのせいで陽咲には高齢出産を強いることになってしまった。今でも申し訳なく思うよ」


「おやめください。子供が欲しかったのは私も同じ。何事もなかったわけですし、何かあったとしても後悔はしませんでしたよ」


「へっ、気色悪い」


 こうして井田夫妻の話を……主に結婚に関する話を延々と聞き続けていると、あっという間に1時間が経過した。


「陽咲、すまないがもう1杯茶をもらえるか」


「はい、分かりましたよ」


 立郎さんは菱餅を食べ過ぎたのか、さっきから何杯もお茶を飲んでいる。あるいは、話しすぎて喉が渇いてしまったのかもしれない。一方でずっとぴーすか騒ぎ続けている香代さんは、さっきから何も口にしていない。もう菱餅に飽きてしまったようだ。だけどそれは僕も同じだった。話の内容も一通り聞き終えてしまった僕は、さっきから暇過ぎて食堂の中をひたすら眺めている。


 ひな祭りにふさわしい飾りつけがされている食堂。雛壇があり、雛人形が並び、机には菱餅。そして結婚記念日でもあるので、井田夫妻の思い出の品々も飾られている。ただ、その中には――。


「うっ……!」


 と、その時だった。急に、立郎さんが喉をかきむしって倒れた。白目を剥き、口からは泡を吹いている。イスから転げ落ち、カーペットの上でもがいたかと思うと、今度は痙攣を始めた。


「立郎さん!?」


 父さんとノゾムさんは勢いよく立郎さんの方に飛んでいった。僕も思わず立ち上がって、立郎さんの方に走っていく。すると、僕が彼の傍まで来た時には、既に痙攣は止まっていた。立郎さんはダラリと手足を投げ出して動かなくなっていたのだ。


 誰かが叫んだ。誰かがすぐに救急車を呼んだ。そうして救急車を呼んだ後、館の倉庫にあった担架に立郎さんを乗せ、ベッドに運ぶことになった。


「トシも手伝うんだ」


 その時、僕は立郎さんに触れた。まるで氷みたいな冷たさだった。だけどしばらく触っていると、まだほんのり体温があるような……ないような感じがした。彼を寝室に置いておくと、僕らは再び食堂へと戻った。


「これって……」


 『殺人事件』というワードが頭に浮かんだ。だって、それしかあり得ない。だけどそれを口にする勇気はなかった。


「主人はどうでしたか……?」


 食堂に戻るなり、陽咲さんはそう聞いてきた。しかし父さんもノゾムさんも、能見さんすらも黙ることしかできなかった。誰も何も言えなかった。


「はん、どうせ寿命だろ。もういい歳してたからな」


 唯一元気そうな香代さんも、どこか声が震えていた。それは自分に言い聞かせているようにも聞こえる。


「寿命……? なわけないやろ! あんなに苦しむ老衰があるかいな!」


「だったら持病の発作じゃねぇのか? あの歳だし病気の1つや2つくらい……」


「いや、立郎さんは病気に罹らないことを自慢にしていたくらいだ。持病の線もないよ」


「それは……アイツが適当言ってただけじゃねぇのか? 本当は病弱なのを隠していただけとか」


 確かにそうかもしれない。何気ない会話だったけれど、立郎さんが見栄を張っていた可能性もある。だけど、少なくとも立郎さんが病弱でなかったことを僕は知っている。


「それはないと思います。だって、立郎さんは消防士だったんですよね?」


 僕の言葉に皆が目を丸くした。だけど構わず話を続ける。


「談話室に精勤賞状がありました。消防士で、しかも精勤賞状までもらってる人が病弱なわけないと思います」


 そうだ、彼は健康だったはずだ。もしかしたら最近何かしらの病気になった可能性はあるけれど、おそらく立郎さんの性格からして、健康診断には頻繁に行っていると思う。そのことは陽咲さんなら知っているはず。


「多分、立郎さんはかなりの頻度で健康診断に行ってると思うんですけど、陽咲さんは知ってますか?」


「はい。主人は半年に1回は健康診断に行っております。診断結果は私も目を通していますが、病気などは特に……」


 もちろん、健康診断で全ての病気が分かるわけじゃないけど、持病があった可能性は低いと考えていいはずだ。


「それに、病気なら何かしらの兆候があってもいいはず。でもそんな様子はなかったよ」


「脳出血とかじゃねーのかよ。老人はいきなり死んだりすんだろ」


「それは違うよ、香代さん。脳出血ならそれこそ分かりやすい兆候があるはずだ。頭痛とか、様子がおかしくなったりだとか。心臓病の場合もそうだよ。突然泡を吹いて倒れるなんてことにはならない」


 だったらこれはどういうことなのか。皆が顔を見合わせた。僕達の中に医者はいないから、これ以上のことは何とも言えない。だけど……。


「じゃあこれは……殺人っつうことなんか!?」


「まっ、まだ死んだと決まったわけでは……」


 だけどもしそれが本当なら、この中に立郎さんを殺そうとした人物がいるということになる。それはとても恐ろしいことで、許せないことだ。


「だけどもしこれが殺人だとしたら、犯人は能見じゃねぇか!」


 沈黙を真っ先に破ったのは香代さんだった。彼女は能見さんを指さし、甲高い声で叫ぶ。


「ワ、ワ、ワイやないで! どないしたらそんな話になるんや!」


「だってそうだろ! あの死に方は明らかに毒殺じゃねーか! だとしたら毒を仕込めるのは菱餅を用意した能見しかいねぇ!」


 まだ死んではない、というツッコミはさておき。あの菱餅は能見さんが用意したものだったのか。


「あ、あ、あれは市販品やで! 毒を仕込むなんてできひん!」


「いーやできるね! 塗ったり注射したり、いくらでもやりようはあるはずだ!」


 確かに香代さんの言う通り、本当に毒が使われたのだとしたらやりようはいくらでもある。だけど菱餅に毒が入れられていた可能性は低いはずだ。なぜなら……。


「もし菱餅に毒が入ってたなら、僕らにも何かしらの影響が出ると思います」


「……あん?」


 だってあの菱餅は個々の皿に盛られていたわけじゃあなくて、テーブルの中央にまとめて並べられていたんだ。つまり、菱餅に毒が入っていたら僕らも毒に侵されていないとおかしい。


「そんなもん、アイツが老人だったからだろ。オレ達は若いから毒が効かなかっただけだ」


「それもおかしいです。だって陽咲さんも菱餅は食べてるんですから。やっぱり毒は使われてないんですよ」


 そうだ、毒は使われていない。使われていたら僕らもやられている。そうじゃないってことは……。


「狙い撃ちされた可能性もある」


「狙い撃ち……?」


 唐突にノゾムさんが呟いた。狙い撃ちってのはどういうことだろう。


「立郎さんだけに毒を口にさせる方法があったのかもしれない」 


「それってまさか……」


 立郎さんだけに毒を口にさせる方法。その方法は……あの人ならできたはずだ。


「そうか! お茶や! お茶に毒を入れれば立郎さんだけに毒を飲ませることができるで!」


 お茶は個々に配膳されたものを飲んでいた。だからお茶に毒を仕込むことができれば、立郎さんだけを殺害することもできる。


「だとしたら犯人は……」


「ちょ、ちょっと待て! まさか陽咲さんを疑っているのか!? それはおかしい」


 そう言って彼女の前に、立ち塞がるように出てきたのは父さんだった。


「陽咲さんは立郎さんを深く愛していた。そんな彼女が毒殺だなんて……」


「だけどそれしかねーだろ! 他にどうやって毒を仕込むんだよ!」


「そもそも! 毒なんて本当に使われたのか!? 使われたとしたらそれはどこにあるって言うんだ!」


 そこで僕はハッと我に返った。確かに、毒が使われたというのはただの想像でしかない。真実は想像ではなく事実から導き出さなくてはならないというのに。


「そんなもん、館のどっかに隠してあんだろ。それ以外にアイツを殺す方法なんて……」


「あるかもしれません」


 事実に基づいて推理するなら、毒殺より容易で、しかも証拠も分かる殺害方法がある。だけどそれは毒殺より不確実な方法で、必ず殺害できるとは限らない。だとしたら犯人の目的って……。


「本当にそんな方法があるのか……?」


「あります。その方法を使えば、立郎さんだけを狙い撃ちにできます。だけど……」


 もし僕の想像通りなら、犯人の目的は殺害ではなかったことになるかもしれない。だけど、だからといって真実をひた隠しにすることはできない。


「な、なんなんだよ、その方法は!」


「……です」


「ア、アレルギー?」


 そうだ、アレルギーだ! 立郎さんにはアレルギーがあった。もし菱餅の中にそのアレルギー物質を混ぜることができれば、立郎さんだけに害を与えることができる!


「た、立郎さんにアレルギーなんかあったんか? つ、つうかそれって何のアレルギーなんや……?」


 立郎さんのアレルギー。それは館の……特に食堂の飾りつけを見れば分かる。


「立郎さんのアレルギーは、のはずです。だって僕はこの館に来て一度も桃を見ていない。ひな祭り……桃の節句と呼ばれるこの日に、一度も桃を見ていない!」


 それは明らかにおかしい。3月3日を結婚の日に選ぶような人が、桃を用意しないなんて。そこには何か理由があるはずだ。


「桃を見ていない理由は、立郎さんがアレルギーだったからです。そのことは陽咲さんなら知っているはず」


 僕は陽咲さんの方を見た。彼女は顔中から汗を吹き出させながら答える。


「はい、確かに主人は桃アレルギーでした」


「そして桃は、おそらく菱餅に仕込まれていたはずだ! さっき菱餅を食べた時に感じたあの味は、桃の味だったんだ!」


「ちょっと待てよ! もし菱餅に桃が入っていたなら、んなもん味で分かるだろ!」


「いや、分からなかったはずだ。なぜなら被害者は老人だったから」


 味を感じる味蕾は年齢と共に衰えていく。僕ですら食べてもピンと来なかったくらいなんだ。立郎さんには分からなかったに違いない。


「だとすると犯人は菱餅を用意した能見さん……」


「いや、それも違う。能見さんは立郎さんのアレルギーのことを知らなかったし、何より菱餅に桃を仕込むことができたのは能見さんだけじゃないんだ!」


「菱餅に桃を仕込むことができたのは能見さんだけじゃない!? じゃあいったい誰なんだ!?」


 僕はヒートアップしていく場のテンションに身を任せたまま、真実に向かって犯人を指定する。僕の推理に間違いはないはずだ!


「この事件の犯人は……あなただ!」

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