Aパート
ある屋敷で日中、誘拐事件が起きた。犯人の男は庭に忍び込み、その家の3歳になる娘の早川綾を連れ去ったという。通報を受けて我々第3班は密かにその屋敷に入った。
そこは高級住宅地の1角にある、ひときわ大きな純日本風の屋敷だった。見るからに富裕層が住んでいそうなので犯人が目をつけたのだろう。
連れ去られる現場を見たというのがこの屋敷の使用人である伊藤和江と言う30前の女性だった。この屋敷の離れの使用人部屋に幼い娘とともに住み込みで働いているという。私たちはすぐに彼女から話を聞いた。
「あの畳の間のお雛様をお嬢様にお見せしようとして・・・少し目を離した隙に・・・」
「どんな男でしたか?」
「お嬢様を抱えて後ろ姿しか・・・どんな顔か、わかりませんでした」
「何か特徴はありませんでしたか? 気が付いたことでも?」
「いえ、何も・・・とっさのことで・・・・黒い車で走り去って・・・。私が目を離したばっかりに・・・うっうっうっ・・・」
和江はハンカチで目を押さえていた。責任を感じているようだ。するとそこにこの家の主人とその妻、早川宗司と美緒があわてて帰って来た。電話で事情をすでに聞いていたのか、すぐに和江のそばに来て彼女を責め立てた。
「伊藤さん! どういうことなの? 幸恵が風邪気味だから保育園を休ませて面倒を見るように言ったじゃないの! それを畳の間で一人にして!」
「そうだ! あなたの怠慢が原因だ! どう責任を取るつもりだ」
2人の叱責に和江はただうなだれていた。
「まあまあ、旦那様。奥様。ここは警察の方に任せて。伊藤さんも反省しているようですし・・・」
この家のもう一人の使用人、岩井順子がかばっていた。彼女は近所からこの家に通ってきている。私は母親の美緒に尋ねた。
「お嬢さんの綾さんは今日は家にいましたが、いつもですか?」
「今日は風邪で保育園をお休みして・・・。昨夜は高熱で救急外来に行くほどだったのです。そんな状態だったのにどうしても外せない用事があって、ちょっとだからと朝から外出したばっかりに・・・」
美緒の表情は曇っていた。病気の娘が誘拐されたのだ。彼女の不安と心配は計り知れない。
最近、富裕層の家に押し込んで誘拐していく手口が見られるようになった。犯人はこの辺りを物色して、この家の娘を連れ去ったのだろう。
とにかく今は聞き込みであの黒い車の行方を追いながら犯人の出方を見るしかない。
それからすぐに犯人は連絡してきた。宗司のスマホのショートメールに送られてきたのだ。
【娘を預かった。身代金3億円・・・・指定の口座に振り込め。おかしな動きがあれば娘をすぐに殺す。期限は1日だ。ブラックドラゴン】
それだけだった。だがそれを見て倉田班長が「ううむ」とうなった。
「ブラックドラゴンか! こいつはまずい相手に誘拐されてしまった・・・」
私も聞いたことがあった。海外に拠点をおく犯罪グループだと。脅迫などで闇バイトの実行役を集め、凶悪な犯罪行為を行わせるという。
「最近、奴らは営利誘拐に手を出した。海外からのサーバ経由だから脅迫メールを発信した場所や人物を特定しにくい。もしわかったとしても逮捕するのも難しい。振込先の口座の方も同様だ。口座の凍結も無理だ。奴らは振り込まれた金をうまく抜け道を作ってせしめるだろう」
この手の犯罪は巧妙化している。過去の誘拐事件のように身代金受け取りの際に逮捕するというわけにもいかない。
「班長。もし要求をのまなかったら?」
「その時は容赦なく人質を殺すだろう。闇バイトで雇われた者が・・・。だが要求をのんでも無事に返される保証はない」
倉田班長ははっきりそう言った。人の命などお構いなしの凶悪な犯罪組織だ。必ずつぶさねばならない。だが今はもう時間はない。選択する余地はないのだ。
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