「お前のせいだ」

 どうしてこうなったんだろう。


 私の名前は篠宮玲子。まー君——加崎正樹の恋人。

 そして今、彼は私の目の前のベッドで眠っている。病院のベッドだ。

 医者にも原因はわからないけど、このままではいずれ永遠の眠りについてしまうらしい。


 倒れたのは二日前のことだ。私と歩いていて、突然胸を押さえて苦しみだした。

 聞いたところによると、まー君の胸には禍々しい傷痕があるらしい。

 知らなかった。

 知られたくなくて、ずっとやんわり断っていたの?


 前からときどき苦しそうな顔をしていたのに。無理にでも事情を聞き出すべきだった。

 このままじゃ一生聞けないままかも……。

「……あれ?」

 制服のスカートの上に水滴が落ちる。

 生温い液体が目の端からあふれて、頬を伝っている。


「目を覚ましてよぅ……」

 こぼれた声は情けない。

「どうしてぇ……」


「お前のせいだ」

 突然、上から声が降ってきた。

 私は驚いて顔を上げる。

 眩しいほど輝く窓を背に、一人の影が立っている。

「……え?」

「お前のせいだ」

 繰り返すその声は無感情で、でもなんだかものすごく聞き覚えがある気がする。


 目を凝らして、気がついた。

 まー君だ。

 いや、正確には、まー君にそっくりな何者かだ。

 床上五十センチほどの中空に浮いているそいつはまー君の趣味じゃない黒づくめの服を着ている。センス悪すぎ。超ダサい。


「どういうこと?」

 私は眉をひそめ眼力を込めて聞く。超能力を使おうとするけれど、どうやら効かないらしい。

「こいつには呪いがかかっている」

「……何の呪い?」

「人を愛することができない呪いだ。悪魔である俺様が昔かけた」

 俺様ってwww


「それがどうして、私のせいになるの?」

「こいつがお前を愛したのはお前のせいだからだ」

 ……はあ? 意味わかんないんですけど。

 どう考えてもお前のせいだろ。


「解呪の方法が一つだけある」

「……それは何?」

 私はがっつくようなことはしない。冷静さを欠いたら相手に漬け込まれるだけだから。


「俺様と寝ることだ。貧乳のようだがまあいいだr——」


 言葉が終わるか終わらないかのうちに、私の手と口は動き出していた。


「だぁぁれがお前なんかと寝るかぁぁぁ!!!」


 私は今、がっついている。

 だがこれは正しいがっつき方である。


 私の手は宙に浮く偽正樹、いいえ、正樹と呼ばれるのもおこがましい黒づくめ野郎の、その足首をつかもうと伸ばされる。

 私の声にひるんだ野郎は手を避けようと文字通り飛び上がり、

「いでっ!」

 天井に頭をぶつけた。


「くっ、くふふふふ……アハハハハハ!」

 私はこれ見よがしに笑ってやる。

 フードの陰にあっても悪魔の顔が見る見る赤くなっていくのがわかる。

「悪魔って大したことないのねぇ~!」

 と重ねて言ってやる。ここで強引に襲いかかってくれば、まだいい男だったのに。


「も、もう解いてやるもんかぁ!」

 悪魔は裏返った声でそう言うと窓をすり抜け逃げていった。


「あっ待ちなさい!」

 私は勢いよくベッドの上に上がり込み、そして何かを踏んで転んだ。

「いでっ!」

 足の下で声が上がる。

 はっと顔を向けると、まー君だった。大きく目を開けてきょろきょろしている。その目が私を捉えて、口をぱくぱくさせ、それから思い出したように


『ぐるしいからどいて……』

 私の頭の中に声が流れ込んできた。

「まー君っ!」

 私はもうただただまー君が目を覚ましたことが嬉しくて、そのままその肩に飛びついた。

 顔が近づいて、ドキドキする。このままキスしちゃおうかな。


『わっ、ちょっ、苦しいって言ったでしょ、窒息死するって』


 大丈夫。こんなことで私のまー君は死んだりしない。

 もうずっと、一緒だよ?

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