第22話「親友の選択」


バレンタインデーを明後日に控えた放課後。図書委員会の活動を終えた私は、教室に戻る途中で美咲と出会った。


「陽花、ちょうど良かった」


彼女は廊下でじっと私を待っていたようだった。文化祭の頃、星奈に告白して振られた美咲。その後も私たちは友達のままだったが、星奈の話題を避けるようになっていた。


「どうしたの?」


「ちょっと話があるんだけど...時間ある?」


美咲の真剣な表情に、何か重要な話があると察した。「うん、大丈夫だよ」


私たちは人気のない音楽室へと移動した。放課後のピアノの音が聞こえてくるかと思ったが、今日は静まり返っている。


「実は...」美咲は深呼吸してから言った。「星奈ちゃんのこと、相談があって」


その言葉に、胸がざわついた。美咲が星奈の話題を自ら切り出すのは久しぶりだった。


「星奈の...?」


「うん」美咲は少し迷いながらも、続けた。「最近、星奈ちゃん、なんだか元気ないって聞いたんだけど...二人の間で何かあったの?」


その質問に、少し驚く。周囲からそう見えているのだろうか。私と星奈の関係の変化が。


「そんなわけじゃないけど...」言葉を選びながら答える私。「ちょっと気になることがあって...」


美咲の優しい視線に促され、私は最近の不安を打ち明けた。高橋くんとの会話、後輩の存在、星奈の秘密。全て話してみると、少し心が軽くなった気がする。


「そっか...」美咲は理解したように頷いた。「確かに心配になるよね」


「うん...」


「でも」美咲は真剣な眼差しで私を見た。「私から見ても、星奈ちゃんの陽花への気持ちは本物だと思うよ」


その言葉に、少し胸が熱くなる。星奈に告白して振られた美咲だからこそ、その言葉には重みがあった。


「ありがとう...でも、なんで美咲がそんなこと?」


「だって」美咲は少し寂しそうに微笑んだ。「あの時、星奈ちゃんが私を振った理由を今は知ってるもの。『別に好きな人がいる』って言ったのは、陽花のことだったんだよね」


「うん...」


「それなのに」美咲は続けた。「その気持ちが揺らぐなんて、私には考えられないな」


その言葉が、不思議と心に染みた。美咲は客観的に私たちの関係を見守ってくれていたのだ。


「でも、やっぱり気になるなら」美咲は提案した。「直接聞いてみるべきだよ。バレンタインの前に」


「そうだね...」


「それと...」美咲は少し迷いながらも言った。「もし、本当に星奈ちゃんが悩んでることがあるなら、陽花が支えてあげてほしい」


その言葉に、少し驚く。「美咲...」


「私、まだ星奈ちゃんのこと、好きだよ」美咲は正直に言った。「でも、友達としても大切だから。だから、陽花に頑張ってほしいんだ」


彼女の率直な気持ちに、胸がいっぱいになった。葛藤しながらも私たちを応援してくれる美咲の強さと優しさ。


「ありがとう」心からの感謝を込めて。「美咲の言う通りだね。ちゃんと話してみる」


「うん、応援してるよ」美咲は笑顔を見せた。「それに...」


「それに?」


「私、新しい人を見つけたかも」彼女は少し照れながら言った。「隣のクラスの田村くん...優しくて、話しやすくて」


その言葉に、心から嬉しくなった。「それは良かった!応援するよ」


「まだ始まったばかりだけどね」美咲は照れくさそうに言った。「だから、陽花たちもうまくいくよう祈ってるよ」


音楽室を出た後、私は決意を固めていた。明日、放課後に星奈と話そう。全ての不安と疑問をぶつけてみよう。そう思った矢先、廊下の角から星奈の声が聞こえてきた。


「そうなんだ...ありがとう、高橋くん」


また高橋くんと。二人は廊下の端で何か真剣に話をしている。今日こそ、直接聞いてみようと思った私は、二人に近づいた。


「あ、陽花」


私に気づいた星奈は、少し驚いたような表情をした。高橋くんも振り返り、微笑んだ。


「やあ、佐倉さん」


「こんにちは...」少し緊張しながら挨拶する私。「二人とも何の話?」


少し唐突な質問に、星奈は目を見開いた。一瞬の沈黙の後、高橋くんが自然に答えた。


「進路の相談をしてたんだ。望月さん、陸上で進学を考えてるから」


「そうなんだ...」


星奈も頷いた。「うん、高橋くんは色々詳しいから...」


本当にそれだけなのか。それとも別の理由があるのか。疑り深い自分が嫌だった。でも、もやもやした気持ちは晴れない。


「陽花、ちょっと時間ある?」星奈が切り出した。「話したいことがあって...」


「私も」思わず言った。「話したいことがあったんだ」


高橋くんは空気を読んだように、「じゃあ、俺はこれで」と言って去っていった。


二人きりになり、廊下に静けさが流れる。どちらも言い出せず、少し間が続いた。


「星奈...」

「陽花...」


二人が同時に名前を呼び、少し笑ってしまう。少しだけ緊張が和らいだ気がした。


「星奈から先に」


「うん...」星奈は少し緊張した様子で言った。「陽花、最近私のこと避けてる?」


意外な質問に、驚く私。「え?そんなことないよ」


「でも、なんだか距離を感じるんだ」星奈の目は真剣だった。「何か気に障ることしたかな」


私が避けていると思っていたのか。むしろ私は、星奈が何か秘密を抱えていると思っていたのに。


「違うよ...」正直に言うことにした。「私の方こそ、星奈が何か隠してるような気がして...」


星奈の表情が変わった。「隠してる...?」


「うん」思い切って続ける。「高橋くんと話してるの聞いちゃったんだ。『陽花には言えない』って...」


言葉にした瞬間、星奈の顔が赤くなった。「あれを聞いてたの...」


やはり何かあったのだ。胸がぎゅっと締め付けられる感覚。


「それと」私は続けた。「陸上部の後輩のこととか...」


「後輩?鈴木さんのこと?」星奈は少し混乱したように言った。「どうして鈴木さんが...」


説明しようとした時、校内放送が流れた。「まもなく下校時刻となります。各教室の消灯、戸締りを確認し、速やかに下校してください」


「あ...」星奈がため息をついた。「もう時間か」


「このまま話そう」私は言った。「大事な話だし」


星奈は少し悩んだ後、頷いた。「そうだね。でも、ここじゃなくて...」


私たちは校舎を出て、誰もいない中庭のベンチに座った。夕暮れの空が赤く染まり始めている。


「陽花」星奈が真剣な表情で言った。「私が隠してることがあるって思ってたんだね」


「うん...」素直に認める私。「高橋くんとの会話とか、陸上部の後輩のことを教えてることとか...私に言えない何かがあるんじゃないかって」


星奈は少し困ったように微笑んだ。「確かに高橋くんとは秘密の話をしてた。でも、それは...」


彼女の言葉が途切れた時、突然声が割り込んできた。


「望月先輩!」


振り返ると、陸上部の後輩—鈴木さんが走ってきた。彼女は息を切らしている。


「あ、鈴木さん」星奈が立ち上がった。「どうしたの?」


「あのう、明日の朝練のことで質問があって...」鈴木さんは私にちらりと視線を向けた後、星奈に向き直った。「少しだけよろしいですか?」


星奈は私を見た。「ごめん、陽花。少しだけ...」


「うん...」


星奈は少し離れたところで鈴木さんと話し始めた。彼女の真剣な表情と、後輩の熱心に聞き入る姿。その光景を見ながら、私は複雑な思いに包まれていた。


そして選択を迫られていた。この状況をどう捉えるべきか。疑いの気持ちを優先すべきか、それとも信頼を選ぶべきか。


美咲の言葉が頭に浮かんだ。「星奈ちゃんが悩んでることがあるなら、陽花が支えてあげてほしい」


親友として、そして恋人として。今、私にできる選択は何だろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る