第11話「文化祭の準備」
夏休みが終わり、二学期が始まって一週間が経った九月初旬。朝から教室は賑やかだった。今日から本格的に文化祭の準備が始まるのだ。
「みんな、集合してー!」
クラス委員の鈴木くんが大きな声で呼びかけた。生徒たちは徐々に前方に集まり始める。
「じゃあ、文化祭の出し物について最終確認するよ」
私たち2年3組の出し物は「不思議カフェ」に決まっていた。通常のカフェメニューに加え、ちょっとした仕掛けや謎解きを楽しめる企画だ。
「各担当を発表します」鈴木くんがリストを手に取った。「まずメニュー班、田中さん、佐藤さん、山下くん...」
次々と名前が呼ばれていく。私はどの班になるのだろうと思いながら耳を澄ませていた。
「装飾班、佐倉さん、望月さん、高橋くん...」
星奈と同じ班。思わず彼女の方を見ると、星奈もこちらを見て微笑んでいた。夏休み明けから、私たちの関係は微妙に変わっていた。
あの日曜日の水族館。星奈の「大切な話」は結局なかった。いざ会うと、彼女は「やっぱり今日は言えない」と言って、普通に一日を過ごしたのだ。少し拍子抜けしたけれど、それでも二人で過ごす時間は楽しかった。
「陽花、一緒の班だね」
星奈が私の席にやってきた。彼女は相変わらず明るい笑顔だ。
「うん、よろしくね」
「装飾って、結構大変そうだけど楽しそうじゃない?」
星奈の前向きな言葉に、自然と頷く私。どんなことも彼女と一緒なら楽しく感じられる。そう思う自分が少し恥ずかしかった。
「各班、これから最初のミーティングを始めてください。基本的な方針を決めて、放課後から本格的に作業開始です」
鈴木くんの指示に従い、各班がそれぞれのコーナーに分かれた。装飾班は窓際に集まることになった。
「じゃあ、自己紹介からしようか」高橋くんが言った。彼は美術部所属で、絵が上手いことで知られていた。「俺、高橋誠。美術部なんで、デザイン関係は任せてもらえると嬉しいです」
「望月星奈です。特に得意なことはないけど、頑張ります!」
「佐倉陽花です。私も特別なスキルはないけど...」
「そんなことないよ」星奈が言った。「陽花は色の組み合わせとか、センスいいじゃん」
思いがけない褒め言葉に、少し照れる私。星奈はいつも私の良いところを見つけてくれる。
高橋くんも含め、装飾班は合計6人になった。それぞれの得意分野を考慮して役割分担をすることになる。
「まず全体のテーマカラーを決めましょう」高橋くんが言った。「不思議カフェだから、少し幻想的な感じにしたいよね」
「紫と青とか、神秘的で良いかも」私が提案すると、星奈がすぐに賛同した。
「それいいね!陽花のセンスだ」
そうして約一時間、基本的なデザインと色調、必要な材料について話し合った。高橋くんが簡単なスケッチを描き、イメージを共有する。星奈は積極的に意見を出し、場の雰囲気を明るくしていた。
「放課後から実際の制作に入りましょう。今日は下書きと材料集めから」
班長になった高橋くんがそう言って、午前中のミーティングは終了した。
放課後、教室の前方には大きな模造紙が広げられ、メニュー班が作業を始めていた。後方では接客班が練習している。そして窓際では、私たち装飾班が集まっていた。
「これくらいの大きさでどう?」
星奈が段ボールを持ち上げて見せる。入口の装飾に使うアーチの一部だ。
「ちょっと大きすぎるかも」私が答える。「もう少し小さくした方が扱いやすいよ」
「そっか、じゃあこのサイズで」
星奈はハサミを手に取り、段ボールをカットし始めた。私も隣で別のパーツを作業する。二人で並んで作業する時間は、日常的なようで特別だった。
「あの、佐倉さん、これどう切ればいいと思う?」
班の男子が私に質問してきた。説明している間、星奈は作業を続けながらも時々こちらを見ていた。
「ねえ陽花、さすがだね」作業に戻ると星奈が小声で言った。「みんなに頼られてる」
「そんなことないよ」
「いやいや、陽花って実は目立たないけど、すごく頼りになるんだよ」
素直な褒め言葉に、胸が温かくなる。星奈は私のことをそう見てくれているのだ。
作業が進むにつれ、教室は徐々に文化祭らしい雰囲気に変わっていった。壁には青と紫のグラデーションの布が貼られ、天井からは星型のオーナメントが下がっている。私たちの「不思議カフェ」は、幻想的な空間へと変貌しつつあった。
「望月さん、ここをもう少し高く持ってくれる?」
高橋くんが星奈に声をかけた。彼は脚立に乗り、天井の装飾を取り付けようとしていた。星奈は素早く駆け寄り、装飾を持ち上げる。
「こんな感じ?」
「うん、ちょうどいい。そのまま少し右...よし、完璧」
二人の息がぴったり合っているのを見て、少しだけ胸がざわついた。高橋くんは端正な顔立ちで、クラスの女子からも人気がある。星奈と彼が並ぶと、絵になるカップルに見えてしまう。
「陽花、次これやろうか」
星奈が作業を終え、私のところに戻ってきた。無意識に固くなっていた表情を緩める。
「うん...」
「どうしたの?」星奈が不思議そうに首を傾げた。「なんだか元気ないよ?」
観察力の鋭い星奈。私の小さな変化も見逃さない。
「ううん、なんでもない。ちょっと疲れただけ」
星奈は納得していないようだったが、それ以上は追及しなかった。
「そっか。無理しないでね」優しく言う星奈。「あ、そうだ。これ作ったんだ、見て」
彼女が見せたのは、小さな星型のブローチだった。青と紫のビーズで飾られている。
「かわいい」素直に褒める私。「これも装飾用?」
「ううん、陽花にあげようと思って」星奈は少し照れたように言った。「私も同じの作ったから、お揃いで」
お揃い。その言葉に、心臓が跳ねた。
「ありがとう...」
受け取ると、星奈は満足そうに微笑んだ。「文化祭当日までつけようね」
「うん」
その後も作業は続いた。窓の外からは夕日が差し込み、教室を温かいオレンジ色に染める。時折、星奈と目が合うと、彼女は優しく微笑んでくれた。そんな瞬間が、この文化祭準備の中で一番輝いて見えた。
「今日はここまでにしよう」
高橋くんが作業の終了を告げた。各班も同じように片付けを始める。想像以上に時間が経っていた。窓の外はすでに薄暗くなりつつある。
「疲れた〜」星奈が大きく伸びをした。「でも楽しかった!」
「うん、充実してた」
本当にそう思った。日常から少し離れた特別な時間。それは星奈といるからこそ、より特別に感じられた。
「ねえ、今日これから予定ある?」星奈が尋ねてきた。
「特にないけど...」
「じゃあ、コンビニ寄っていかない?アイス食べたくなっちゃった」
素直な星奈らしい誘い。そんな何気ない提案が嬉しかった。
「いいよ」
私たちは荷物を持って教室を出た。廊下では他のクラスも文化祭準備の片付けをしている。どこからか笑い声や話し合う声が聞こえてくる。
「他のクラスも頑張ってるね」星奈が言った。「でも私たちのカフェが一番になるよ!」
その自信に満ちた声に、自然と笑顔がこぼれる。星奈の前向きさは、いつも私を引っ張ってくれる。
校舎を出ると、夕暮れの空気が心地よく感じられた。少し肌寒いが、心は温かい。
「今日、高橋くんと仲良さそうだったね」
言わないつもりだったが、つい口から出てしまった。星奈は少し驚いたような表情をした。
「高橋くん?別に普通だよ?」
「そう...」何となく安心する私。「そういえば、陸上部はどうなの?」
「うん、楽しいよ!来週は新人戦があるんだ。陽花、見に来てくれる?」
「もちろん」
迷わず答える私。星奈が輝く姿を見るのは、いつだって特別だから。
コンビニに着くと、星奈は迷わずアイスコーナーへ向かった。
「陽花は何がいい?私はこれにする!」
星奈が選んだのは、二つに割れるタイプのアイス。一人で食べるには大きすぎるサイズだ。
「一緒に食べよ」星奈が言った。「半分こしよ」
小学生みたいな提案だけど、なぜか心が弾んだ。
「うん」
アイスを買い、学校近くの公園のベンチに座った。星奈がアイスを半分に割り、私に渡してくれる。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
並んで座り、同じアイスを食べる。幼い頃から何度も繰り返してきた光景。でも今は、その意味が少し違って感じられた。
「ねえ、陽花」星奈が突然真剣な表情になった。「文化祭の日、放課後時間ある?」
「うん、あると思うけど」
「その日...話したいことがあるんだ」
また「話したいこと」。水族館の日にも同じことを言われたが、結局何も話されなかった。今度こそ、何なのだろう。
「いいよ」
「約束だよ」星奈は小指を立てた。「絶対に話すから」
「うん」
私も小指を立て、彼女と小指を絡ませる。幼い頃からの約束の形。それは変わらない。でも、その中身は確実に変わろうとしていた。
「じゃあ、明日からも頑張ろうね、準備」星奈は明るく言った。「私たちのカフェ、きっと素敵になるよ」
「うん」
文化祭まであと二週間。その間、星奈とより近くで過ごす時間が増える。そして文化祭当日には、彼女からの「大切な話」を聞くことになる。
期待と不安が入り混じる気持ちを抱えながら、私たちは夕暮れの中を歩き始めた。
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