十二.しずくの苦悩

 今日は学校生活史上最悪の日。まさか詩磨ちゃんと喧嘩になるなんて。朝に自ら始めた沈黙のゴングは今、昼休みまで続いてしまっている。……どうしよう。


「桂木君との相性は、最悪。スペードとハートが入り乱れている。波乱に満ちているし、いいカードもせいぜい警告のメッセージね。どんな手を尽くしても彼の一番はあなたじゃない」

 お昼休みの教室。七枚のトランプカードを虹のように広げる占い方法スプレット、〝レインボー〟を机に繰り広げ、淡々と宣託を告げる。

「ひ、ひどい。そんなことって」

「失礼だよ、しずくちゃん。ハートのカードあるじゃん! もっといい感じに読めないの?」

「シールの柄で上下を区別してるでしょ。これは逆位置で出てる。ハートは愛情のシンボルでも逆位置なら意味合いが変わるし、全体を見てもこの並びは不吉への警告。こっちのスペードの暗示は強力なの。いったい誰に見てもらってると? 頼んできたのはそっちでしょ。素人は黙っとれ」

 詩磨ちゃんいわくクラスの美少女占い師ことあたし天音しずくは絶賛機嫌が悪い。だからって占いの手を抜くなんてことはもちろんない。いつでも全力、ズバリ言うわよ。文句があるならかかってきなさい。


「何あれ?」

「地獄だね」

 後ろでは紫翠しすいちゃんコンビが頬杖をついてヒソヒソと他人事のように言い合いこちらを見物している。朝から詩磨ちゃんを放置してまとわりついて構ってきたのにこのグループの子達が話しかけてきたらスタコラ離れていった。絶対面白がっているのよ。ふん、見てなさい。


「だけど次に好きになる人とは、希望の啓示が出ているわ。今の気持ちは断ち切って、未来の出会いを大切にした方がいい。これから縁が強そうな素敵な男子、スポーツ関係の先輩かな」

「え、え、そうなの?」

 最後の最後にカードをめくり良い兆しが出たところ、相談者の子の泣きはらした顔が一変した。意地悪でやっているわけじゃないんだからアドバイスとフォローだってしなくはない。ま、別の可能性を示しただけだけど。最後に良いこと言うと最初のこと忘れるのね。切り替えが早くて羨ましい。


「しずくちゃんってあんな言い方するの? 思ってたのと違う」

「ね、あの顔で言わないでしょそんな事。なんか解釈違い」

 今日始めて話した子たちは笑顔で占いを終えて離れていったとたんボロクソ言ってる。何よ陰口? 聞こえてんですけど。


「お疲れさん。怖かったね」

「詩磨ちゃんがいないからってきつ過ぎるよ。恨み買うなよ」

 紫翠ちゃんたちは終わりを見届けるとまた近寄ってきた。やっぱこの距離感が好きだわ。今日は無駄にチヤホヤされて疲れたし。

「話がふわふわしてて合わない。褒められても嬉しくないし必要ない。桂木くんのことも大して好きでもないし誰でもいいのよ。友だちだってね。そんな子たちといるよりはぼっち上等よ」

 だって本当にそばにいてほしいのは。ぐっと耐える。

「コミュ障ー。あんただって詩磨ちゃんに見せつけるために他の子相手にするとかエグいぞ」

「それで猫林くんに取られてちゃ世話ないよね。あいつは無視しない分今のしずくちゃんより優しいからね」

「…………」

 シャッフルしていた手元が乱れカードが散乱した。いつもは詩磨ちゃんを標的にしてるけどこの紫水コンビ、容赦ない。クラスメイトを手ひどく退けた時よりも詩磨ちゃんを無視することの方が心のダメージ大きかった。一番はあなたじゃない。さきほどクラスメイトに告げた占い結果が自分にも返ってくる。

(今の詩磨ちゃんの一番って……)

「あいつね。なんかまれ子さんの話聞いてあげてたよ。まるで隣りにいるかのような話しぶり」

「まれ子さんの夢を引きずってるのね。見えないお友だちできちゃったよ。……本当にいたりして」

 そう、猫林くんなんかよりよっぽどあたしの心を乱しているのはまれ子さんの存在。

「詩磨ちゃんはわりと誰とでも仲良くなれるからねぇ。しずくちゃんと違って」

 悪気を微塵も感じさせない紫ちゃんの言葉はグサッときた。痛いところを突かれて悔しくなる。そう、ゴールデンレトリバーのように人懐っこく愛くるしい詩磨ちゃんだもの。その気になれば誰でも虜よ。

「寝てる間に親友マブの座を取られるなんて」

「寝取られだ」

NTRねとられちゃったね、しずくちゃん」

「脳も破壊されるよね、仕方ないね」

「きゃあぁぁぁぁぁ(壊)やめんかい!」

 あたしの親友の座がっ。今すごいデリケートな所なのに逆なでしてくる。紫翠ちゃんたちなりに詩磨ちゃんを気にかけているのね。そう思うと返す言葉もない。

 よしよしと両脇から肩をポンポンされて慰められるけど全然嬉しくない。二対一はズルい。

「馬鹿らしいと思っても話くらい聞いてあげれば良いのに」

「馬鹿な子ほどかわいいって言うじゃなーい。面白いならよし!」

 楽しんでるし。この双子の相手はひとりじゃ無理だ。……詩磨ちゃんの語った地獄巡り体験談は悪くない。何なら面白かった。オカルトソムリエ的に言えばここ十年で一番の出来ってとこ。まあ実質一番かな。十歳だし。

 だから正直詩磨ちゃんには本当にまれ子さんに取り憑かれているのでは? と思わなくもない。一体誰なのその子? あたしには見えない相手と友情を育む姿は嫉妬もあるけど何よりも恐ろしさと不安が勝った。何かを隔てて別の世界があるようで。詩磨ちゃん、そっちに行くの?

 ……幽霊なんて素直に信じるタイプじゃないけどあたしが一番信じるものは自分の直感。それが告げている。このままだと詩磨ちゃんがどこか遠くに行ってしまう、そんな気がする。

(まれ子さんに連れて行かれちゃったら? ……なんとかこっちに引き止めなきゃ)

 まれ子さんは地獄に引き込む怪異だって。だから認める事が出来なかった。だから否定してしまった。詩磨ちゃんを連れて行く存在なんて、いちゃ駄目でしょ。――階段で詩磨ちゃんが手を離したのはあたしを守るためだ。いつもそう。いざとなったらひとりで行っちゃう。自分のこと考えてくれない。

 

 トランプをしまい、クリアファイルから一枚のカードを取り出す。トランプよりも大きい立派な装飾のタロットカードは昨日の夜、ひどい言葉を浴びせてしまった後自宅で万全の状態で占ったときに出た啓示のメッセージ。骸骨が踊っている。大アルカナの十三番、死神。

 ……決していい意味のカードじゃない。この死神のカードが十三階段を、まれ子さんを思い起こさせ、心がざわついた。だけどこのカードの導く先に詩磨ちゃんとの絆を感じさせる。直感だ。……なら今信じるべきものは。そこから読み取り受け取ったメッセージ。

【目を背けてはいけない】

 生死を司る死神は変化の兆しでもある。……きっと何かが起こっている。今は見えないものへの不安に振り回されている。だけどその見えない存在をちゃんと見ないと。まれ子さんへの恐怖と向き合わないと。詩磨ちゃんに、追いつかないと。

(あんな言い方はなかった。……早く謝ろう)

 視界の先では詩磨ちゃんを相手に猫林くんが両手を広げて胡散臭げに話をしていた。変な詐欺に引っかかっているみたいで心配になる。どうもあいつは幽霊が見えるとか普段からひょうひょうと言ういけ好かないやつで。だけど今のあいつは詩磨ちゃんの話を聞いてあげられる。

 こちらの視線に気づいたのか詩磨ちゃんに見えないようにニヤリと目を細め手を振ってきた。……やっぱりいけ好かない。

「お、猫林くん煽ってますね」

「調子乗ってるね。どうする?」

「……あんなやつはなんてことないのよ。だけどこのままじゃいられない!」

 詩磨ちゃんのとなりは譲れない。絶対取り返す! 決意を胸に、猫林くんではない、詩磨ちゃんのとなりの見えない存在をキッとを睨んだ。

 

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