二.実証!! 十三階段
「ねえ、今十三段目踏まなかった?」
あの日から
「何も起こらないじゃん」
「でも、同時に確かに踏んだよね? あったよね?」
夏らしい学校の怪談話。ちらほらと、十三階段を踏む怪しい与太話が出回ってきたが、まれ子さんについては未だ出現情報はないらしい。
「狙い目かもね」
トランプカードを前に腕を組んで、しずくちゃんは神妙に呟いた。
梅雨明けしてすっかり晴れた日が続いているけどわたしたちのグループは結局日差しを避けて屋内遊戯にいそしんでいる。といっても今日はトランプゲームではなく、しずくちゃんの占い教室という名目ですけれど。
今日もカワイイわたしの相方、しずくちゃんはオカルト好きも相まってタロット占いが得意なのだ。学校にタロットカードは持ち込めないので、許可を取れば持ち込める、何の変哲もないシンプルなトランプで占っている。後からお手製シールで可愛くデコッて先生のチェックから逃れたのだ。
そんなオリジナル
「スペードの啓示よ! しかもエース。
「いやいや、しずくちゃん。気が早いよ。いいカードが出たのは分かるけども。何を始めるの?」
トランプが何を指すのかは分からないけど。長い付き合いだもの、いいカードが出たときに限って崩れるしずくちゃんのポーカーフェイスは見逃さないゼ。
「まれ子さん召喚の儀! 時は来た!」
「おやおや? あれ以来、周囲のブームに目もくれず、我関せずだったのに。やっぱり興味あったんだ」
「猫林くんの話は素直になれないからね、しょうがないね」
にょきっと、
いつも眠たげな眼をしている双子はそのジト目をさらに細めてここぞとからかい倒す。
「話しが合うだろうにねぇ、お二人さん。猫林くんはしずくちゃん好きだよね、絶対」
「しずくちゃんが突っかかると嬉しそうに煽るしね」
相手が誰でも煽るのが好きなんじゃないかな。まあ、しずくちゃんと言い合うときが一番楽しそうではある。が、そのウザさがしずくちゃんの反感を買っている火に油ヤローでもあるのだ。
「合わない。話が一番合うのは詩磨ちゃん。あんな奴、挨拶もしない」
目を伏せつつもトランプをシャッフルしながら嬉しいことを言ってくれる。しっかりものでクールだけど時々素直なしずくちゃんほんと好き!
「変人だけどギリきもくないんだよね、あいつ」
「目元がネコっぽいからね、猫林だけあって。かわいくない? 顔だけ」
「あたしは犬派なの!」
「「え、意外」」
そう、しずくちゃんはお猫様っぽいくせにパグ犬を飼っているので意外と犬びいき。とはいえ長引くとしずくちゃんは拗ねてぷんすかしちゃうので(ぎゃんカワ)話を進めよう。
「それよりいいカード出たんだよね。何? 噂のまれ子さんを今日試すといいのかな?」
わたしの言葉に大正解とばかりにしずくちゃんはトランプを掲げてみせた。
「一見不吉で死の象徴とも言われるカードだけど。トランプ占いにおいてはね、スペードのエースは最強のカードだから!」
カードの模様はスペードというより犬の肉球。かわいい。まあよくわからないけどこういう時、善は急げだ。さっさと移動といきますか。
「あれ、見ない顔だな。新入りか」
西側階段、常に鍵の閉まった屋上口は立ち入り禁止なので普段人気はない。が、十三階段ブームにかこつけて今や全学年の度胸試しの場になって、休み時間は誰かしらいる。
今も下級生グループがわいわいと階段を上っているが、明らかに異質な部外者。見るからに冷やかしギャラリー、そこには言い出しっぺの猫林くんが佇んでいた。そして先の一言である。まるで自分の縄張りのような言いぐさ。あいも変わらず涼しい顔でこちらを振り返りよくもまあ、同級生に言っちゃうのだ。しずくちゃんが顔を
「えへへ、来ちゃった」
必殺テヘペロ。あくまで無邪気を装いフレンドリーに間に入る。縄張り争いは不毛やで。
「あれ、
「……おっさん(あだ名)」
おっさん(あだ名)は猫林くんと友だちできるだけあっていいやつだけど、打たれ強さゆえデリカシーが足りない。自分のあだ名並に他人のあだ名を気にしないので悪気はないが失礼である。
しかし、ここはお互い寛容でいなくては。
「十三階段をトライしたくて。ここは何、君たちの許可でもいるの? 何様? 踏みつぶすぞ」
「いや、勘弁してください」
ちょっと足踏みをしてみせるとこれでもかと後ずさりしておっさん(あだ名)は早口でまくしたてる。
「こんな人気のない端っこに下級生まで階段で遊ぶようになっちゃったから、先生に注意されてさあ。階段ごと立ち入り禁止にしようかって話になったんだけどこいつが休み時間は立ち会うって。下級生の安全は上級生がちゃんと注意するってその場で言いくるめたんだけど」
「……そっかー。たいへんねー」
「休み時間と放課後のたび付き合わされて大変だよ、全く」
よく付き合うなおっさん(あだ名)。いいヤツなんだよなぁ。
「もうずっと十二段しかないよー」
「無理じゃね?」
「いやー、これからだよ。諦めたらそこで終了だよ。頑張って!」
階段下から猫林くんがパンパンと手をたたきながら下級生たちを鼓舞する。トレーナーか?
「何あれ?」
「とにかくチャレンジ回数を増やして成功事例を上げたいとか」
「母数を増やすんだよ。そのうち誰か遭遇するだろ」
得意げな猫林くん。どうやら現場を遠くから観察するらしい。
「天音ちゃんたちが来たなら何か起きるかもね。なんせ君たち引きがいい」
いいカード引いたの? と声だけ愛想よく言うとしずくちゃんは答えないがぴらっと肉球模様のスペードのエースを見せつけて得意げにドヤっていた。猫林くんと口を利くのを避けてるんだけど一周回って何か通じ合ってるんだよな。
「混んでるね」
「邪魔だよ、キッズども」
しびれを切らし始めた双子が圧をもって下級生に絡んでいった。ジト目双子は下級生からすると軽くホラーに映る。これはひと悶着ありそう。そんな不安に助けが現れた。
「こら、うるさいぞ。全員キッズだろうが」
大人の介入、ナイスアシスト。西本先生だ。
「西本先生、こんにちは。見回りですか? 大変ですね」
西本先生はわたしたちの担任だ。先生たちの中では若手でこき使われてて、いやいや働き者な男の先生なんだけど猫林くんの監督ぶりを見に来たのかな。余計な仕事を増やされてる気がしてならない。
「そうだよ、陣内。先生って大変なんだ。だから協力して。……そこの二年生たちはそろそろ帰りなさい。階段で遊ばない。解散解散 」
やはり要注意スポットになってしまったらしい。下級生たちは帰宅の途に乗せられ去ってく。猫林くん達もお開きモードだ。
「猫林、お前下級生たちに何か
「いやー、思いのほか話が広まっちゃって。でも一回試せば皆納得するかなーって、そこは僕の責任だからちゃんと見届けます」
猫林くんは表情筋がたいして仕事しないくせに口は軽やかに回る。
「本当か? 長引いたら立ち入り禁止だからな。しかしまあ、懐かしい怪談話引っ張ってきたな。まれ子さんなんて、すっかり忘れていたよ」
「え、先生まれ子さん知ってたの? 昔の話だよ?」
「その昔に児童だったんだよ。先生は。真可敷小学校の卒業生だからな。旧校舎も閉鎖前だったし」
な、なんだと。じゃあ猫林くんの話はちゃんと事実だったのか。お世辞にも友だちが多いわけでもないのにどこからそんな情報持ってくるんだろ。チラリと猫林くんに視線を送ると無表情で親指をグッとしたポーズを返された。
「言ったろ? 確かな筋だって。機会があったら紹介するぜ」
「……遠慮しとく」
親しげな猫林くんだけどしずくちゃんが隣りで睨みつけて明らかにNGを出してるので深追いはやめとこ。
「まれ子さんって旧校舎では実際目撃されたんですか?」
「さあ? 今みたいに試す奴はたまにいたけど。でもまれ子さんなんて会っても地獄に引き込まれちゃうんだぞ。いいことないからやめときな。下級生たち来たら追い返しなさい」
うーん。気になるなぁ。どんな子か会ってみないとわかんないじゃん。友だちになれたりして。
「だってさ。じゃあ、俺たちが守るのは下級生の安全だから。君たちは程よく切り上げるんだぞ」
先生の口調をまねて上から目線で猫林くんが言ったがそのまま西本先生に連れていかれた。説教かな。おっさん(あだ名)が巻き込まれていて気の毒である。
「邪魔者はいったね」
「オールクリーン」
静かになった階段下はやっとわたしたちだけになった。
「「じゃあどうぞ」」
双子は体育すわりで言い放つ。見学モードだ。
「え、みんなで上らないの? 地獄見たくないの?」
「「見たくない」」
きっぱりと言い放つ。なんてこった! こいつら付き合いはいいくせにノリが悪いなんて。しかし双子の総意は覆せない。わたしだけ浮かれてるみたいで恥ずいじゃん。
「あたしは上る」
しずくちゃんがわたしの手を繋いできっぱり言った。
「詩磨ちゃんと同じものを見たい。楽しいこともつらいことも。地獄だって、お化けだって、初めては詩磨ちゃんと見たい」
……きゅんです。そう、しずくちゃんは隣りにいてくれるもんね! いいもんね!
「詩磨ちゃんいれば怖くないしね」
「任せてぇ! この命に変えてもしずくちゃん守るからぁっ」
繋いだ手をブンブン振りながらキュンキュン有頂天になる。頼られてる!
「……そうじゃなくてさ。詩磨ちゃん突っ走るから一緒にいてねってこと。手を離さないでよ」
釘を刺されてしまった。だけどこれぞしずくちゃんの優しさだから嬉しくなる。もー、ちっちゃいのにクールで素敵!
「「ひゅーひゅー熱いねぇっお二人さん!」」
「ちょ、やめろよー。照れるだろー」
ここぞと双子に冷やかされても手を繋いでいるので顔を覆えないから、真っ赤なにやけ顔を隠せない。メロっちゃう。
「こら、廊下は静かに」
「……ハイ」
当の本人は涼しい顔である。頼もしい。
もしも地獄や異世界に繋がったらどうする?
……まあ、不思議や怪異を追い求めていても、実際に遭遇したことも、お化けを見たことすらないのだ。わたしたちは。西本先生がいいことないなんて言ってたけど。でも、隣にしずくちゃんがいると思えばどこだろうとワクワクする!
「二人の世界だよ」
「イチャつきやがって」
双子がなんか毒づいているけど気にしない!
「いち、にー、さーん……」
手を繋いで上る。しーんとした廊下にわたしたちのカウントする声が響かない程度に発せられる。きっと今回も空振りかな。でもこうして進んでいるときに思う。このままもっと、この先があればいいのに。本当に不思議な世界へ行ってみたい。
もしかしたら進めるかもしれないと思うこの瞬間、ワクワクする。反面、階段が終わるのを考えるとひどくつまらなく感じてしまう。もどかしい。
「あーちょっと、早いよ」
しずくちゃんが息を切らせて言う。手を繋いでいるとはいえ、背の大きいわたしの方が先を急ぐと足早にぐんぐん階段を上がってしまう。気持ちがはやって、わたしが数歩先を歩く形になった。
「八、九、十」
「九、十、十一」
双子は分担して段数のカウントをしてくれている。有能。
「十二、十三、あれ」
「十二。え、マジ?」
足元は十三のカウントと同時にあるはずのないもう一段を踏んでいた。今踏んでいるのが十三段目?
ブワッっと何とも言えない寒気が襲った。ワクワクする? いやこれは……。
「ありゃあ、来ちゃったの? ダメじゃない」
足元に目が行っていたところに頭上から声が聞こえた。女の子の声だ。初めて聞く、知らない子。反射的にわたしは、しずくちゃんの手を離す。
「……え? ちょっと詩磨ちゃんっ!」
言われたそばから手を離して先走ったわたしに怒り気味なしずくちゃん。だけどこの先をしずくちゃんに越えさせちゃ、ダメだ。
――ぎゅっと目を閉じる。……そしてゆっくり開くと景色が違った。
「ごきげんよう。ここは地獄道中、危険なあの世。どこを行っても危険だけれど、私がまれ子。地獄の案内人」
顔を上げると、地獄にいた。そして、いる。
「……SSR、ひいちゃった」
十三階段の上には女の子、まれ子さんがいた。
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