この愚かな世界に中指を
たにたけし
よくある異世界転移
「カオル、男は月に一度ちんちんから血がでるらしいぜ」
鬱蒼とした森の中、俺の横で悪路をものともせず巨大なイノシシを颯爽と担いで歩く蒼目でブロンド髪の美女がのたまう。
彼女は女々しく猛々しい牛のようなツノを頭から生やしており、前の世界なら「獣人」と呼ばれるような特徴を持っていた。だが彼女を絵画にでも顕せば「女神」とも称されるだろう。俺が知っている「ヒト」とは少し異なる「人類」だ。
その
「へ、へぇ…?そう…なんだ?」
「それでさ!その日は一日キンタマに激痛が走るらしいぜ!」
彼女はテンション高くバカを喧伝せんとばかりに一生懸命に言葉のデッドボールを投げつけてくる。俺は思わず今は存在しない股間の何かが萎むのを感じ眉を顰めた。
俺には「青葉薫」という別の世界で男であった時の記憶がある。
異世界転移は突然だった。会社のエレベーターから出たらそこは森だった。何事かと思い慌てて振り向くもそこにはたった今出てきたエレベーターの痕跡はなくただただ一面の森だった。
強制的にサバイバル生活を余儀なくされる中、自分のカラダが女になっている事に気が付いた。混乱したが水面に映る自分の姿が美少女である事を確認し、この世界を美少女フェイスと異世界知識で無双してやろうと意気込んだ…のも束の間、森を抜け辿り着いた街にはモデルもかくやという容姿端麗な上に胸も尻もでかく足もスラリと長い美女で溢れかえっていた。牛女には圧倒的で脅威な胸囲と暴力的なスタイル、猫女はしなやかで蠱惑的な野性のラインが、エルフは輝かんばかりの美貌…それぞれの個性と魅力を持ち、街を当たり前に闊歩していたのだ。かくして俺は背も胸も尻もない顔だけはこの世界にはよくいる程度に整った女だった。そうして俺がこの異世界の底辺にTS再誕し3年が経った。
この異世界で生活するうちに気が付いたのがこの世界は俗にいう貞操が逆転した世界のようだ。街を闊歩する容姿端麗な女共は皆一様に脳みそ
さて俺は
「おいおいおいー?なんだなんだ処女女子ぃー?エッチな事考えちゃったかー♡」
しね。条件反射でついクチから殺意が漏れそうになるがその言葉をぐっと押し留める。3秒、怒りが湧いても3秒押し留める事が出来れば人はある程度冷静になれるという。深呼吸をして時間を稼ぎ意識を落ち着ける。
そうして彼女が不意に大きな溜息をついた。
「ちんちん吸いてぇなぁ?」
彼女がドヤ顔を向け、語尾を上げ疑問符をつけて聞いてくる。このバカは俺を「ちんちん吸いたい仲間」という謂れのない同族意識を共有していたという事実にノドに辛うじて押し留めていた言葉が漏れ出た。
「しね」
そうして滅茶苦茶殴り合いをした。
この女優か女神かと見紛う恵まれた肉体と美貌を持ち、チンパンジーの頭を持つツノ女はアニタ。これだけバカなのに貴族令嬢という奴だ。ちなみに先の発言は貴族令嬢だから世間一般の常識に疎い故のあたおか発言ではない。困ったことにコイツはこれでわりとこの世界でまぁまぁ一般人…いや常識人枠の女だ。
彼女との出会いは街の公衆浴場内のサウナで股間をタオルで隠して入っていたら「おめぇちんちん生えてんじゃねぇのか?」と意味不明な因縁をつけられ無理矢理タオルをはぎ取られた事が発端になる。その後滅茶苦茶殴り合いをしてそれ以来何故か行動を共にするようになった。ちなみに公衆浴場は厳密に男女で区画が分かれており、女湯に男が入る事は無い。ようするにいきなりケンカを売られたので買っただけだ。マジで俺は悪くない。
後日酒の席で何故犯行に及んだのかを聞いたら「胸が男らしくてワンチャン女湯に男が入っているんじゃないかと期待してしまった」と悪びれもなく言ってのけた。その後滅茶苦茶殴り合いをした。
息を荒げ地に伏せる彼女と上半身を起こしている俺、まぁ殴り合いは今回も俺の勝ちだ。そうして倒れるツノ女を放置して少し早い野営の準備をする。そしてふと先程までアニタが担いでいたイノシシを見て俺は提案をする。
「あのさ」
「…なんだ?」
「そのイノシシ血抜きするぞ?」
この世界は全体的にバカで例えば肉の下処理などという文化はない。むしろ味が落ちると嫌がるバカすら存在する。
「別にやるのは構わねーが面倒じゃねーか?」
「…血を抜けばバケツ10杯分くらいは軽くなる」
50キロくらい軽くなると一応メリットを提示するが答えはぞんざいなものだった。
「あんまかわんねーだろ」
そんな事を言う彼女だが血抜きをする俺をわざわざ止めるつもりはないようだ。一応こちらの意見を聞いてくれる辺り多少はマシな女である。まぁアゴとハラを滅多打ちにしたから動けないだけかもしれないが。
このイノシシ…多分グランボアというヤツだが体長5メートルくらいあり魔物でも大物に分類される。重さは軽く1トンくらいはありそうだ。だがアニタはそれを肩に担いで悠々と歩いてきた。この脳筋からすればバケツ10杯分など誤差なのかもしれない。
一応この世界に来てやたらと強くなった今の俺はこのイノシシを持って歩く事自体は難しくない。だが多分身長が150センチないであろう自分だと前が見えなくなったり獲物を一部引き摺って歩かないといけないので色々面倒なのだ。
ちなみに多少細切れにする必要はあるがこのイノシシの半分程度なら俺の魔法のバックに収められる。そうすればもっと手軽に運べるのだが、そうしないのには理由がある。コイツが
そうして血抜きをしながら野営の準備をするとほどなくして夜の帳が落ちた。多少早めに野営を始めたが予定通り明日の昼頃には街につけるだろう。
橙の炎に照らされアニタの美貌が夜の闇に幻想的に浮かび上がる。まるで一枚の絵画を髣髴とさせるその姿はその身に貴族の血が流れているであろう事を感じさせる…いやそれどころか女神の血が混じっていると言われても信じてしまうだろう、そういう説得力がアニタの横顔にはあった。そうして彼女は優雅な仕草で生肉を摘まみ咀嚼した。生肉だ。さっき血抜きしただけのイノシシの生肉だ。驚いた事にこれはこの世界においてわりと一般的な…食文化と言っていいのか分からないが文化である。
どうやらこの世界の女の体は魔力の通りが良いらしく、その内包している魔力が自然に生む防壁だか抵抗力によって生肉だろうが寄生虫だろうが腐った肉だろうが食べても問題がないらしい。
一見無敵にみえるこの女の特性だが高齢となり食が細くなり衰弱死する…この世界でいう「寿命」は、加齢により全身の魔力の通りが悪くなり、この生肉食の悪影響を受けて食あたりを起こしているのではないかと俺は密かに睨んでいる。
そして俺はそんな蛮族食を味わうつもりはない。鉄鍋に脂を塗り常備している塩と思しきピンクの粉を肉に振りながら鉄鍋を火で炙ると辺りに肉を焼く良い匂いが漂う。肉が新鮮だからか脂がのっているからか塩で焼いただけでも美味い。アニタはそんな俺を不思議そうに眺めながらイノシシの肝を食べていた。生で。
美味に腹が満たされたことで一息つく。
薪が爆ぜる音が小さく辺りに響き、アニタのブロンドの髪が橙の炎に照らされ琥珀のような輝きを魅せている。長い睫毛は憂いを感じる蒼の瞳を彩っている。俺が男だった頃に彼女を一目見たならば見惚れ即座に魅了されてしまっていただろう。黙っていれば…だが。そんな彼女の赤い唇が開く。囀るな。
「…えっちな男の子とか、降ってこねーかな」
「しね」
腹が満たされ落ち着いた気持ちから思わず正直な感想が口を突いて出た。彼女は俺の顔面に向けてノータイムで拳を振りぬこうとする。だが俺はその拳を左手に持った鍋で合わせて弾き、体勢を崩し空いた胴に右腕をめり込ませる。静かな森に分厚いタイヤを思いっきりハンマーでブチ当てたかのような鈍い音が響く。胸囲140は超えるであろう肢体がばるんと宙に浮き…そして無様に崩れ落ちた。
夜はまだ長い、俺は唸るアニタに夜番をよろしくと言いつけて就寝する事にした。
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