第13話 パンジー

 「コロンくん!起きて」


 「早く行かないと」

 ヘアピンちゃんが、保護猫のシェルターの映像の前から動かない。

 僕の方を見て、悲しそうな顔で、言う。

 「私でも、何かの役に立てるかな?」

 〈きっと、そうだよ〉

 言おうとするけど、なかなか声にならない。


 目が覚めると、ヘアピンちゃんの姿がぼんやりと見えた。なんだか全身が痛い。息が苦しい。

 「気がついたっ」

 喉が渇いて痛い。ぼんやりして、もう一度目を閉じようとすると、ヘアピンちゃんに指を挟まれた。「痛い!」

 「コロンくん、迎えが来たんだよ!ほら、船が。

 現実世界。まだ頭が働かない。全身が焼けるように熱い。黒い壁が見える。

 「水・・・、」

 ヘアピンちゃんが、困った顔をする。

 「おーーい」

 声が聞こえて、誰かが匍匐前進しながら、崩れた壁から出てきた。目に何か入っていて、ピントが合わない。ヘアピンちゃんが、水ある?と、聞いている。

 誰かに、ぷぅーーっと風を吹きつけられて、少し涼しくなった。

 目を凝らすと、村田さんとセレーネーさんが上を見上げている。つられて上を向くと、高い壁の頂点に縄ばしごのようなものが見えた。

 村田さんのショルダーバッグが動いた。中から、スーパーの袋が出てきた。

 「そんなヤツ、置いていけ!」

 いきなり拳が飛んできて、僕を庇ったヘアピンちゃんが倒れた。蒼い石にヒビが入っている。

 村田さんが、袋を開けて怒っている。昆布茶くんが出てきた。

 「げっ!」

 思わず言ってしまうと、また殴ろうとしてくる。昆布茶の粉が散った。とっさに村田さんの陰に隠れる。

 「隠れてるんじゃねぇ!お前が火事にしたくせにっ」

 上から降ってきた縄ばしごが、昆布茶くんの顔面に当たって、両方とも地面に落っこちた。

 セレーネーさんが怖い顔で、

 「そんなに帰りたくないなら、置いて行くわよっ」と言った。ごめんなさい〜と、上から謝罪の言葉が聞こえる。


 縄ばしごに慣れていない村田さんは、登り切るまでだいぶと時間がかかった。昆布茶の野郎はまだ何か叫んでいたので、僕はセレーネーさんに耳をつねられながら、空に浮かんで、船に乗った。

 「携帯の影、どこ!?」

 チョコの実ちゃんが必死になって探す。

 『出発ーーーーー〜〜っ!』

 大きな声で、幽霊船が叫び、船体が大きく揺れた。音楽がどこかから聞こえてきた。ゴーゴー幽霊船、と村田さんが呟いた。

 見ると、火事の前には宙に浮かんでいた携帯の影がひとつも無くなっている。村田さんが、「ハチミツ色の携帯の影は?」とキョロキョロする。

 船の中にいる白い、幽霊のような大柄な人影が数人、球体のように漆黒に光るランプシェードのもとの明かりと電池パックをそれぞれに持って、船の先端に集まってきた。村田さんも後ろから近寄ると、星座が輝いている。それも、レンズ越しのように、すごく近いように見える。

 亡霊たちが、異国の言葉で声をかけ合いながら、マストによじ登り、穴の空いた帆を広げる。

 『来るぞーっ!!皆んな伏せろおおぉっ』

 突如に、白い亡霊たちや村田さん達がしゃがんで船に掴まった。

 その瞬間、バキバキバキパキッガシャーーッ!!!

 宇宙そらに亀裂が入り、昆虫の節足のように、薔薇の茎のように、鋭く広がっていく。パッと、夜露のような水滴もはねた。

 その亀裂をものともせず、潜り抜けた幽霊船。帆の穴がまた開いた。

 すると射手座が、立体感のある巨人が動いているように見える。弓を張って矢を構えていた。おそらくあの、さそり座も、巨大な尻尾を振って、砂っぽい脚を1本ずつ、伸ばしているのだろう。

 もっと驚いたのは、だんだんと目が慣れると、星座たちの向こう側に、海のような街なみが上から眺めた景色で、広がっていたことだ。さっきまで見ていた世界は、一体なんだったのだろう?さっきまでくすぶっていたフィルムのくず山は、街に落ちないのだろうか?

 後ろを振り返ると、黒褐色のかたまりたちは、灰色の暗雲に溶け出して、風に流れてくるところだった。

 流れる雲のずっと高みで、月がさんさんと光を放っている。

 昆布茶くんの方を見てみると、ぽかんと月を眺めている。

 「いつもより明るいわね」

 セレーネーさんが、誰にとも言わずに、甲板で座っている。確かに、眩しいくらいだ。村田さんの家のハチローくんも、今夜は綺麗な月を見ているかなと、セレーネーさんは思っていた。

 チョコの実ちゃんが、村田さんがショルダーバックで持っていた傷テープを、昆布茶くんの身体に空いた穴に貼っている。

 ヘアピンちゃんが、

 「コロンくん、火傷の具合はどうなの?」と言いながら、歩いてきた。

 「セレーネーさんが、雲の魔法を使ってくれたから、だいぶマシかも」

 「村田さんとの事で、以前にいろいろあったみたいなのに、頼ってしまってたの、ごめんね」

 「そんなの大丈夫。村田さんとまた会えるとは思ってなかったけどね」

 これ、とヘアピンちゃんが容器に入った包帯を見せた。

 「優しい幽霊さん達がくれたの。冷水で冷やせなくてごめんだけど、包帯巻いとこうか。どう?」

 「ありがとう」

 ヘアピンちゃんが包帯を巻きはじめた。


 村田さんが、船の先頭に乗って、幽霊船と話をしていた。

 「今どっちに向かっているの?S病院?」『ちょっと、道に迷っちゃって』

 「えっ!」

 見まわすと、街灯の少ない住宅地と空き地が見える。病院はどっちだろう?

 「どうしたんですか?」昆布茶くんとチョコの実ちゃんが近寄ってくる。

 「あ、あれ!」

 チョコの実ちゃんが指差した先に、花が浮かんでいる。村田さんが手を伸ばしてつかむと、パンジーの花だった。皆んなでパンジーをまじまじと眺めていると、目の前を薄茶色の獣が空中を走っている。垂れ耳にぶち。何かを落としたと思ったら、パンジーの花だ。

 「リンクちゃん!?」

 セレーネーさんが叫んだので、皆んな彼女の顔を見た。

 「スピンちゃんのお母さんうさぎだわ。あの花を追ってちょうだいっ」

 幽霊船はうさぎを追い、空中からこぼれたパンジーは、次々に暗闇に落とされた。

 しかし、追っても追ってもうさぎには追いつかない。見失わないように、つかず離れずの距離を走っているようだ。村田さんとセレーネーさんは、必死になってパンジーを拾い集める。チョコの実ちゃんも手を広げるが、身長が小さすぎて拾えないので、村田さんのをもらった。

 しばらく船が進むと、屋根に十字架を掲げた白い教会が見えたので、村田さんはピンときた。S病院の近くだ。

 その教会の敷地内で、佇んでいる人が見えた。船が寄っていき、よく見たらその人は祈っていた。教会の外から。

 

 

 


 

 

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