第10話 不死身の魔女

「――死ねぇ!」


 男はそう叫ぶと、手に握った斧を振り下ろす。俺はその一撃を紙一重で避けると、肩に乗っていたカラドリウスが元のサイズに戻って、男に向かって爪を振り下ろす。


「ぐあっ!」


 黒づくめの男のひとりは悲鳴を上げ、その場に倒れ込む。そして、俺は少女に駆け寄ると、その体を抱き上げた。

 少女は小さく息をしており、まだ生きているようだった。だが、その体は段々と冷たくなっており、生気を感じられない。


 まずは、この状況から逃げるしか選択肢はなさそうだった。


「なっ――、 貴様ァ!!」


 思わぬ反撃を受けた黒ずくめたちは激高し、俺に向かって駆け寄ってくる。俺は少女を抱きかかえると、そのまま全力で逃げた。


「チッ、逃がすな。追え――!」


 後ろからそんな声が聞こえてくるが、振り返る余裕はない。俺は少女を抱えながらひたすらに走った。そして、気づけば森の中にいたのだった……。


「キュイ」


 俺の頬に合流してきたカラドリウスが頬をすり寄せてくる。俺は周囲を見渡すと、近くに洞窟のようなものを見つけた。


 そこに向かって歩いていく。そして、少女をそっと地面に下ろすと、その隣に腰を下ろした。少女の状態は悪く、このままでは命が危ないだろう。


 俺は自分の手の甲に刻まれた紋章を見つめる。カラドリウスの力でどうにかできないだろうか。そう願うと、その刻印が光り輝きだす。


「……えっ、これは?」

「キュイ」


 カラドリウスは小さく鳴くと、硬く覆われた鱗から白い羽が現れる。そして、少女の体に異変が起きた。まるで、時間が巻き戻されるかのように傷が塞がっていき、酷かった傷が跡形もなく消えていく。


「これが、神獣の力なのか……」

「キュイ」


 カラドリウスは誇らしげに小さく鳴いて見せた。傷が完全に塞がった少女は、ゆっくりと体を起こして、周囲を見渡した。


「ここは……?」


 少女は小さな声で呟く。その瞳には困惑の色が見て取れた。俺は彼女に手を差し伸べながら口を開いた。


「ここは洞窟の中だ。村で黒づくめの男たちに襲われてたのを助けたんだけど、憶えてないか?」

「……そう、ですか。助けていただきありがとうございます」


 少女は俺の手を取って立ち上がりながら、小さく頭を下げた。


「お礼なんていいよ。それより君はどうしてあんな目に?」


 すると、彼女は少し悲しそうな表情を浮かべると目を伏せた。そして、ゆっくりと口を開くととんでもないことを言った。


「わたし、の」

「不死身ってことか?」

「そう、不死身なんです。不死身の魔女。何度斧で斬りつけられても数日後には傷が塞がって生き返る。流れた魔女の血は魔獣を操るのに使えるらしくて……」


 淡々とした口調で喋る彼女に、俺は絶句してしまった。そんな俺を不思議そうに見つめる彼女の瞳は淀んでいて、その瞳の奥で何かが蠢いているように見えた。


 その目を見ていると、背筋が凍るような感覚が襲ってくる。


「名前はなんて言うんだ?」

「リタ――、リタ・アルベリアっていいます」


 リタと名乗る少女は小さく微笑んだ。その笑顔はとても美しく、思わず見惚れてしまいそうになるほどだった。しかし、彼女の瞳の奥にある何かは消えていない……。


「俺はアルだ。よろしくな」


 俺が手を差し出すと彼女は一瞬戸惑ったような表情を浮かべたが、すぐに俺の手を握り返してくれた。

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