番外編 いつかまた

「すっげぇデケェ~」

 隣を歩いていた男の子が、遠くまで立ち並んだ街の建物を見て興奮気味に叫んだ。

 確かに、目の前の建物はどれも大きい。二階建てで大きいはずの孤児院が比べ物にならないほどだ。

「コラコラ、人がたくさんいる場所で大きい声を出してはいけませんよ」

 先ほど叫んでいた子がマムに怒られた。その子の元気とは反対に、後ろを歩く弟のクリスは落ち込んでいるように下を向いていた。

 心なしか顔色も良好には見えない、何かあったのだろうか。

「クリス、苦しかったら休むけど……大丈夫?」

 クリスは無理に作ったような、引きつった笑顔を見せた。

「うん、平気。 こんなにいっぱいの人初めて見たからビックリしただけ」

 本人が平気とは言っていても、明らかにそうは見えない。

「みんな楽しそうにしてるのに、休んでられないよ……」

 少しふらついているようにも見える足取りに、他の女の子と繋いでいた手を放して、クリスの前にかがんで目を合わせた。

「でもクリスさっきから下向いて気分悪そうだし……やっぱりちょっとだけ休もうよ」

「大丈夫! お姉ちゃん心配しすぎ!」

 ムスッとして大きな声を出したクリスに反応して、マムの視線がこちらを向く。

 しかし、マムは怒らずにため息だけをついて辺りを見渡し始めた。

「もう少し歩いた場所にマーケットが開かれている広場があったはずです、そこで休みましょう」

 その言葉に、大都会の雰囲気に色めき立っていた子供たちは、よりはしゃぎ始めた。マムはそれをなだめながら、皆に押されるようにせっせと大きな通りを急いでいった。

 元気のないままのクリスと、先ほどまで手を繋いでいた女の子の手をまた掴んで、速足でマムたちを追いかけた。

 少し歩いて通りかかった大きな橋、その下をさらに大きな川がゆっくりと小波を立てて流れている。

 そんな風景には目もくれず、孤児院の皆は橋先に見えてきた広場に目を輝かせて向かっていった。

 左手を繋いでいた女の子も他の仲の良い子と走って行ってしまい、残ったクリスと広場の端にあったベンチに座った。

 活気にあふれ、にぎやかな光景。並んだお店からは甘い花の香りや、おいしそうなにおいが代わるわるに流れてくる。

「すごい華やかな場所、見てるだけで楽しくなっちゃうね」

 笑顔でクリスの方を見るも、当人は寂しげな表情でどこか遠くを見つめていた。

 不思議に思ってクリスの視線の先を見ると、親子が楽しそうに買い物をしていた。

 そうか……クリスが孤児院を出て街へ来るのは初めてだった。それに、近くの村には同年代の子供もあまりいない、あの親子のような仲睦まじい家族を見かけるのも、たぶんクリスには初めてのことだ。

 家族……物心がついたときには、もう居なかった。ただ記憶にも居ないその人たちを思うよりも、弟のクリスが一緒にいて、その笑顔を見ることができればそれだけでよかった。

 でも、クリスは……どう思っているんだろう。

 どうにかクリスを元気づけるために、何かいいアイデアは……とその時漂ってきた香りに、閃いた。

「クリス、ちょっと一人で待ってて!」

 聞いてうなずいたのを確認して、マーケットの方へと走り出した。

 料理や花を売ってるお店を何件か急いで回り、元居たベンチまで息を切らして戻ると、変わらず沈んだ表情のクリスが静かに座っていた。

 騒がしさに何が始まるのかと首を傾げたクリスと目を合わせて、もらってきたものを手に取る。

 魚料理のお店にあった臭み消しのハーブを鼻の下に当てて、茎だけになった植物をステッキに見立てて、胸を張った。

「ほらクリス、おヒゲ! ドーラお父さんだぞ!」

 高い声を精一杯くぐもった声にして、男の人に見えるように真似をした。

 最初はキョトンとしていた顔が、少しずつ口の端が上がって小さく笑う。

「……フフッ、なにそれ」

 良い感触!続いてパンを焼いていたお店からもらった輪切りの野菜を二つ、両手で目の上に当てて腰を曲げた。

「あらクリス、ドーラおばあちゃんの眼鏡がどこに行ったか知らないかい?」

 かすれた声を出し、目を細めてクリスを見た。

 いつもの笑顔が戻ってきていた。

「プッ! ……お姉ちゃん変、だよ……ハッハッハ!」

 人目をはばからずに、クリスは笑った。それを見て嬉しさと一緒に安心して胸を撫で下ろす。

「少しは元気になった?」

 こちらと目を合わせた後、クリスは照れくさそうな顔をして、また下を向いた。

「ごめんなさい、せっかくみんなでウートに来たのに……」

 隣に座って、申し訳なさそうに肩を落とすクリスの頭を撫でた。

「私もクリスも、お父さんとお母さんには会ったこと無いんだよね」

 元気だった声が呟くような声に変ったのを気にして、クリスは不思議そうな顔をした。

「お姉ちゃんはクリスが居るから平気だよ。 それと同じで、クリスにもお姉ちゃんが付いてる。 ガマンさせちゃうかもだけど……でも、クリスが寂しくなった時は絶対にお姉ちゃんが側にいる。 ずっとずっと、楽しい時も辛い時も、手を握っててあげるから、だから……」

 クリスに元気を出してもらおうと必死になだめた。親がいなくても、お姉ちゃんである私がクリスを守らないといけないんだ。

 この子を悲しませない。それは、唯一血が繋がった私が一番にするべきことなんだ。

 話を黙って聞いていたクリスが、顔を上げて口を開いた。

「うん、ありがとう……お姉ちゃんが居るなら、僕も寂しくないよ」

 今日一番の笑顔が見れた。よし、このままもっと元気になれる一言を。

「でももし、お母さんやお父さんが必要だったら、さっきみたいに私が代わりになってあげるからね!」

「いや、あれはもうやらないでもいいかな」

 キッパリと断られてしまった。結構いい出来だったと思ったんだけど……。

 ベンチから立ち上がって、クリスと手を繋いで広場を歩いた。

 マムたちが噴水の前で手を振って名前を呼んでいる。

「でもお姉ちゃん……ずっと側に居るって言ってたけど、それってどれくらい?」

 クリスが不思議そうな、不安そうな声で問いかけてきた。

 ずっと……特に気にしてなかったけど、どれくらい先のことなんだろう。

 まだまだ先のことだろうけど、いつかその”ずっと”が終わる日が時が来てしまうんだろうか。

 だとすれば、それはきっと。

「私が居なくなるまで……かな?」

「お姉ちゃん居なくなっちゃうの!?」

 驚いて急に大きな声を出したクリスが、また悲しい顔になった。

「もっと先、遠い先のことだよ。 クリスが子供のうちは、まだまだ一緒にいるからね」

 それを聞いて安心した様子のクリスは、さっきまでの時間を取り戻すように見る物すべてにはしゃいでいる。小さく飛び跳ねて、つないだ手を振り回してスキップまで踏み始めた。

 そうして着いた噴水の前、集まっていたマムたちと見たものを交換するように談笑をした。

 ふと、クリスと二人同時に噴水とその先の建物を見上げた。薄く曇った空の中、広場の灯りを反射して、目の前の景色は金にも銀にも光り輝いて見えた。

「キレイ……すごいね、クリス」

 目の前の光景から目を離さずに、クリスは何度もうなずく。

 見惚れていると、マムがもう出発するよと声を掛けてきた。慌ててクリスの手を引っ張るように、その場を後にする。

「いつかまた見に来よう!」

 クリスがそう言った。当然、笑顔で首を縦に振って返事した。



 いつかまた皆でここへ来よう。何年後でも、何十年後でも、できるなら何度もここへ。約束した”ずっと”が終わるその日まで。

 そしてまだ先の未来、その日が来てしまったら……。

 その時は、この小さな弟の手を他の誰かが大切に、寂しくならないように、代わりに握ってくれることを私は願う。

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