目覚め


 この後22時にもう1話投稿します。


 ――――――――――――――<前書き>―――――――――――――――


 ──静かな部屋だった。


 柔らかいベッドの感触が、肌を包み込む。

 ゆるやかな温もりが、全身に広がっていた。


 ──身体は重い。


 ──けれど、死んだような痛みは、もうない。


 ──これは、夢か……?


 ゆっくりと、瞼を開く。

 視界がぼやける。


 ──天井が見える。

 ──見慣れた、豪奢なシャンデリア。

 ──絹のカーテンが揺れている。


 ──ここは、アメリアの居城。


 次第に視界がクリアになっていく。


 すると──


「響!」


 ──名を呼ばれる。


 驚く間もなく、ふわりとした温もりが響の全身を包み込んだ。

 アメリアが、響を抱きしめていた。


 ──ぬくもりが、伝わる。

 ──鼓動が、聞こえる。

 ──震える腕が、響をしっかりと抱きしめる。


「……無事だったのか……」


 響は、掠れる声で呟いた。


 「こっちのセリフよ?」


 アメリアの声は、どこか安堵していた。

 響はゆっくりと顔を上げる。

 そこにいたのは、涙を浮かべながら微笑むアメリアだった。


「あなたが死んでしまうかと思ったわ」


 その言葉を聞いて、響の胸が温かくなる。


 ──アメリアは、生きている。


 その事実が、響の心をほっとさせた。

 もう二度と、このぬくもりを失うものかと、響は密かに誓った。

 ──響の肌に、ひやりとした感触が触れた。


 それは、アメリアの手だった。


 白くしなやかな指先が、響の頬を優しくなぞる。

 まるで壊れ物を扱うかのように、ゆっくりと、丁寧に。


 ──その仕草に、違和感を覚える前に。


 ──アメリアの顔が、響の首筋に寄せられる。


 そして、「カリッ」と音を立てて、歯が肌を貫いた。


「……ッ、何を──!?」


 響は驚き、反射的にアメリアを引き剥がそうとする。

 だが──


 アメリアの腕がしなやかに絡みつき、逃げ道を塞ぐ。

 華奢に見えるその手の力は、決して振りほどけるものではなかった。


「ふふ、抵抗しないで」


 アメリアは囁く。

 それは甘く、柔らかい声音。

 響の血を吸う、その感触は、確実に捕食のそれだった。


 ──"ずるっ、ずるっ"。


 響の体から、確かに何かが吸い上げられていく。


「だって、私──」


 アメリアは、首筋に口づけを落としながら、妖しく笑う。


「あなたの血で、半魔になったのですもの」


 響の目が見開かれる。

 しかし、その事実を理解する前に──


「……っ!」


 甘美な痺れが、全身を貫いた。


 ──血を吸われる感覚に、えも言われぬ快楽を覚える。

 ──生気を奪われるはずのそれは、決して苦痛ではなかった。


「……ッ、やめ……ッ」


 響は抵抗しようとするが、

 身体が言うことを聞かない。

 脳が警鐘を鳴らしているのに、まるで溺れるように、その行為に引き込まれていく。


「ふふ……可愛いわ」


 アメリアは、目を細める。

 愉悦に満ちた瞳。快楽に浸る女王のような、妖艶な微笑み。


「あなたの血が欲しくてたまらなかったの」


 そう囁く彼女の唇から、

 赤い血がひと筋、ゆっくりと滴り落ちる。


「ほら?」


 アメリアは、ふっと微笑み、

 自分の首筋を指でトントンと叩く。


 その仕草は、

 まるで──


 ──「あなたも吸いなさい?」


「……あなたも、飲みたいでしょう?」


 その言葉に、響の喉がわずかに鳴る。



 響は、戸惑っていた。


 これまで、何度も血の渇きを拒み続けてきた。

 ──いや、拒まねばならなかった。


 それは、人間であるため。

 それは、九条家に戻るため。


 ──それなのに。


 アメリアは、そんな彼女の迷いを許さなかった。


「……もう、我慢しなくてもいいのよ?」




 響が反応するよりも早く。

 アメリアは、指先を喉元に滑らせ──


 ──"スッ……"。


 首筋を切り裂いた。

 甘い、鉄の匂い。

 深紅の液体が、白い肌を伝い、ゆっくりと滴り落ちる。


 響の鼻腔を満たす、あの香り。

 かつて、一度だけ知ってしまった甘美な誘惑。


「ッ……!」


 喉が鳴った。

 見てはいけない。

 目を逸らさねばならない。


 ──しかし、響の視線は、血の流れに釘付けになっていた。


 心臓が、嫌なほどに跳ね上がる。

 ──いやだ。

 ──これは違う。


「……ッ、だめ……」


 震える声で、自分に言い聞かせる。


 だが──

 頭では拒絶しているのに、身体が勝手に動く。


「ふふ……ねえ、響?」


 アメリアの指先が、優雅に響の頬を撫でる。

 その手には、血がついていた。

 赤い指先が、彼女の肌をなぞるたび、そこに微かな温もりが残る。


 ──まるで、血そのものが響を誘っているように。


「……ほら?」


 アメリアは、ゆっくりと首を傾ける。

 剥き出しになった白い喉元。

 そこから滴る、赤い誘惑。


「……飲みなさい?」


 その囁きが、とどめだった。

 響の理性が弾け飛んだ。


「ッ……!!」


 響の牙が、

 アメリアの首筋に突き立った。


 ──"ズルッ、ズルッ……!"


 本能のままに、血を貪る。

 その瞬間、響は完全に半魔として目覚めた。

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