六章 花水木
栞が学校へ行っていない。
担任の先生から電話をもらって、私は顔が青ざめるのを感じた。朝は確かにいつもの時間に送り出したのだ。
新学期が始まって、とても楽しそうに学校に行き始めたあの子を見て、安心しすぎていたのかもしれない。ここ数日は仲良しの沙織ちゃんが学校を休んでいるとボヤいてはいたけれど、そんなに深刻そうには見えなかったのに。
このまま栞が学校へ行き続けてくれれば、私もまた仕事を始められそうだ、などと自分のことを考えていて、栞のSOSを見逃したのかもしれない。
今までに見た子供の自殺や事故のニュースが頭をよぎる。もしくは誘拐?家出?
私は頭を振って妄想を薙ぎ払い、携帯電話と家と自転車の鍵だけ持って外へ出た。とにかく栞がどこにいるのか見つけ出さなくてはならない。
低学年の頃はキッズケータイをランドセルに忍ばせてあったので、GPSで子供の居場所を知ることができたが、去年せがまれてスマホにして以来、学校には持って行かなくなった。「スマートフォンの持ち込みは授業の妨げになる」として明確に禁止されているからだ。くそ、スマホにして却って不便になっているじゃないか。
ひとまず栞の通学路を通って探してみる。どこかで事故にでもあって怪我をしているのかもしれない。
学校までの道のりを辿ってみたが、どこにも異常も我が子の姿も見られなかった。違う道を通ったのかもしれない。近隣をあちこち自転車で走り回った。春だが汗だくだ。道ゆく近所の人にも聞いてみるが、誰も栞らしき子を見かけてはいない。警察に行こうか迷っている時に、学校から電話がかかってきた。担任の先生は言った。
「本人は、行く途中どうしても足が動かなくて、すごく時間がかかってしまったと言っています。仲良しのお友達が学校に来なくなっているので、孤立することも増えてストレスなのかもしれません。こちらでは他の子と交流できるように取り計いますので」
ポカーンとしてしまった。何だそれは。じゃあなんで通学路にいなかったのだ。ホッとしたり、腹が立ったり、栞に同情したり、複雑な感情が込み上げてくる中、何とか「す、すみませんでした。家でも言って聞かせますので」とだけ言って電話を切った。
電話を切っても、ちょっと感情を持て余している。大人気なく涙をポロポロこぼして泣いてしまった。ハンカチも持たずに出てきたので、服の袖で拭いているのがまただらしなく惨めだ。
まあ、栞が無事で良かった。栞に何かあったらと思うと、こんなに怖いのだ。大切な、私の娘。
ようやく涙が止まり、のんびり自転車を引いて歩いて帰ることにした。何だかこのような気持ちでは運転が危険なような気がしたし、春の空気が心地よかったから。
そばの街路樹には、ピンクの花がついていた。ハナミズキだ。一青窈の歌が脳内再生される。『薄紅色』と歌われていたが、目の前の花はどちらかといえば濃いピンクから花の中心へ向かって白くグラデーションがかかり、全体として薄紅色のような印象を与えている。
「うーすベーにーいーろのー、かわーいいきみーのね」
小声で口ずさんですぐ、かわいいうちの娘のことを思い出してまた泣いた。
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