四章 木香薔薇

 お隣のモッコウバラが、少しずつ黄色い小さなお花を咲かせ始めました。そしてわたしも学校に行き始めました。

「行ってきます」

 元気にドアを開けると太陽が眩しく、良いお天気で良かったと思いました。

「行ってらっしゃい」

 ママが玄関の外までサンダルをつっかけて出てきて見送ってくれました。

 今日は始業式。今日からわたしは五年生です。

 学校へ着くと、昇降口のガラス戸にクラス分けの紙が貼ってあって、みんなそこに集まっていました。わたしも自分のクラスを確認します。仲の良い子同士が、一緒のクラスだね、離れちゃったね、と悲喜交々反応を見せています。

「しおりん、同じクラスだね」

 わたしにも声をかけてくれるお友達がいました。一、二年生の時に同じクラスだった沙織ちゃんです。わたしはホッとして、にっこり笑顔になりました。

「さおちゃん、嬉しい。よろしくね」

 栞と沙織は名前が似ていて、呼ぶのにどうも紛らわしいと、私たちは「しおりん」「さおちゃん」と呼び方に変化を付けることでお互いを分かりやすくしていました。

 私たちは連れ立って教室へ向かいました。私たち五年三組の教室は最上階三階の端っこにあります。黒板に貼ってある席順の通りに座ります。席は出席番号順です。さおちゃんとわたしは、出席番号で五番目、六番目と並んでいたので、窓側の列の真ん中あたり、前後に座りました。元々仲良くなったのも、一年生の時に出席番号が並んでいたからであります。

 段々教室にクラスメイトが集まってきました。さおちゃんの隣には、わたしが四年生の時に席の近かったことのあるたかしくんという男子が座りました。

「お、三条、久しぶりだな」

「たかしくん。昨日はゲームせずに早く寝たの?」

 たかしくんはかなりのゲーム中毒で、いつも遅くまでゲームをしては朝起きれず、遅刻してくることが多かったのです。

「いやー、昨夜も二時頃までゲームしてたんだけど、怖い先生が担任だと嫌だから、初日は遅刻しちゃダメだろうと思って頑張ってきたんだ」

「二時って、夜中の二時!?」

 さおちゃんは驚いていました。

「たかしくん、隣の子は一ノ瀬沙織ちゃんだよ。優しい子だからあんまり煽り散らさないでね」

 たかしくんにさおちゃんを紹介すると、意外とまともに自己紹介していました。

「田中たかしです。よろしく」

 その時、一人の男子がたかしくんに話しかけました。

「ようたかし」

「おう須藤、よろしく」

 たかしくんの後ろの席、わたしの隣の席には、すどうと呼ばれた男子が座りました。初対面の男の子でしたが、髪を刈り上げ、上下ジャージで登校している姿から、運動の出来そうな男子だなと思いました。

 以前公園で会った三鷹くんも、同じ教室の廊下側の後ろの方に座っていました。

 先生がやってきました。担任の山田美鈴先生は、メガネをかけて髪を一つに括ったお姉さんでした。若くて元気いっぱい、といった感じで、みんなと仲良くなってくれそうです。

「はーい、始業式が始まるから、そろそろみんな席に着いて静かにしてくださーい」

 コロナ禍以降、終業式や始業式は教室で行われます。まずみんなで校内放送に合わせて校歌を歌い、教室のモニターに映される校長先生や教頭先生、学年主任の先生の話を聞いて、そこから各教室での学活へと移っていきます。一年生の頃は、体育館で始業式をしていましたが、この変化はとても良いことだと思います。移動する時間がなくなって面倒が減りますし、体育館に立っていると具合が悪くなる子が出たりしますから。

 学活の時間が始まると、先生は話し始めました。

「今日はまず自己紹介からしていきたいと思います。先生の番が終わったらみんなに名前と趣味を発表してもらうから、考えておいてね。」

 ええ、もちろんみんな少しザワザワしました。えーとかどうしようとか、動揺を口に出してみんなは発表する内容を考え始めるのでした。

「では、担任の山田美鈴です。この学校に来て今年で二年目です。去年は一年生の副担任をしていたから、初めましての人も多いと思います。早くみんなの名前を覚えたいと思うので、たくさんお話ししましょう。部活は、ミニバスケットボール部の顧問をしています。五年生からミニバス部に入れるので、興味のある人は見学待ってます。希望する人は先生に言ってください。以上です。では、窓側の列の人から順番にいってみよう」

 出席番号一番の男子いとうくんから順番に、自己紹介という緊張マックス地獄タイムが始まりました。すぐにたかしくんの番になりました。たかしくんはかったるそうに椅子から立ち上がり、そして照れくさそうに下を向いて落ち着きなく体を揺すりながら発表しました。

「田中たかしでぇす。趣味はゲームっす。エーペックスとかフォートナイトとかやりまぁす。好きな人は今度一緒にやりましょう」

 あら、たかしくんにしてはそつのないおとなしい自己紹介。椅子を引いて倒れ込むようにドサっと座ったたかしくんに対して、すどうくんは落ち着いたものでした。ゆっくり立ち上がり、みんなを見回して、ニコリともせずはっきりとした声で言いました。

「須藤光です。最近までリトルリーグでピッチャーをしていましたが、学校には野球部がないのでサッカー部に入ろうと思っています。サッカーも好きです。終わりです」

 すどうくんはやっぱり運動できる系男子でした。そういえば、運動会でリレーに出ていたような気もします。

 自己紹介は二列目に移り、さおちゃんの番になりました。私たちはヒソヒソと、二人の呼び方を定着させるためそれを自己紹介に組み込んでいく算段を立てていました。

「一ノ瀬沙織です。さおちゃんて呼んでください。運動はちょっと苦手です。好きなことは、ユーチューブを見ることです」

 さおちゃん、グッジョブ。次はわたしの番です。

「三条栞です。しおりんと呼ばれています。好きなことは、本を読むことです。ハリーポッターとかも好きですが、最近読んだのは『成瀬は天下を取りに行く』です。とっても面白いので、みなさん読んでみてください」

 つつがなく再度着席。やった。これで同好の士が話しかけてきてくれて、友達になれる・・・なんていうことがないかしらん。ふと、四年生の時にわたしの本を取り上げてやいのやいの言ってきた男子グループを思い出してしまいました。休み時間本ばかり読んでいるわたしに嫌味を言ってきた女子のことも。急に自分の趣味を晒したことが空恐ろしくなってきました。しかし、わたしは次の子の自己紹介に集中することで、その回想から頭を切り替えました。ここにあの子たちはいない。少なくとも、このクラスには今。

 わたしの列には、あと二人、ひなたちゃんとみれいちゃんという女の子がいました。ひなたちゃんとは、プリントを配る際など目が合うとニッコリしてくれて、仲良く出来そうです。

 その日はあっという間に帰りの時間になりました。さおちゃんとゆっくり話をしながら帰りたいところですが、残念ながら私たちの家は反対方向なのです。校門を出るまで、必死にさおちゃんと離れていた間の情報を伝え合おうとしました。

「しおりんは相変わらず本が好きなんだね」

「さおちゃんは、ユーチューブってどんなの見るの」

「あのね、沙織には好きなブイチューバーがいるの」

「えー、なんていう人?」

「知ってるかなー」そう言ってさおちゃんはわたしの耳に顔を近づけてブイチューバーの名前を囁きました。

「うーん、聞いたことあるけどあんまり見たことないから、帰って調べてみるね!」

 校門のところまできました。

「しおりん、もうさよならだね」

「うん、また明日ね」

 わたしは名残惜しくさおちゃんとさよならしました。その後急いで帰りました。帰るなり、「学校どうだった」というママの問いかけに「うん、さおちゃんと一緒のクラスだった」と答えて部屋へ駆け上がり、お昼ご飯に呼ばれるまでさおちゃんの好きなブイチューバーの動画を検索していました。

 お昼は、わたしの好きなオムライスでした。ママはわたしのクラスでの話をニコニコしながら聞いてくれました。

 こうしてわたしの小学五年生生活は、順調に幕を開けたのでした。

 最初の一週間ほど、いろいろなことがありましたが楽しく過ごしました。すどうくんのネームペンをみんなで奪い合って教科書に名前を書いたり、先生が学級文庫に『成瀬』を追加してくれたり、たかしくんが高級シャープペンシルを持ってきて周りのみんなにマウントを取ったり、それを先生に没収されたり(シャーペンは禁止です)、後ろの席のひなたちゃんとおしゃべりしてみたり。もちろんわたしとさおちゃんはいつも一緒でした。

 その間に、モッコウバラはどんどん花開いていました。毎朝見かけるお隣のお庭の入り口にアーチ状に仕立てられているモッコウバラは、八重咲の黄色い小さな薔薇で埋め尽くされモコモコし、春風にわさわさと揺れて可愛く綺麗に輝いておりました。お日様の塊のようなその姿は、わたしの充実した心の隙間をさらに満たし、より一層キラキラとしたパワーを与え、毎日背中を押してくれるのでした。

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