31 おいでませ魔界
『濡れてるのは、服に水がついてるってことよ。その水だけを動かしてやればいいの。操作するだけで新しく呼び出す感じじゃないから、割と簡単よ』
勇者の魔法剣(ごり押し)の言葉になるほど、と考えたトールヴァルドは、濡れた服に目をやった。
服に付着した水だけを吸い出すようなイメージで魔法を使うと、濡れた服から水がじゅわりと流れ出ていった。
残ったのは、乾いた服。
「……これは、もっと早く知りたかったな」
魔法を使える家事担当は狂喜乱舞するのではないだろうか。
干さないから場所を取らないし、生乾きの匂いような悩みもなくなりそうだ。
雨だろうが洗濯できる。
これまでは宿で洗濯をしたら室内に干すか、宿が提供してくれている干場を借りていた。
実家に帰ったら、洗濯担当の父に教えたい。
どうにかしてこの乾燥方法を広められないかと考えていたら、水浴びを終えたピヒラがこちらにやってきた。
髪はまだしっとり濡れており、洗ったらしい服を手に持っている。
「乾かせるから、ここに置いてくれ」
「え?風でも起こすの?」
『あらいいじゃない!やってあげてちょうだい。すっごい便利なのよぉ』
「いいや、水を移動させる」
「水を移動……?見ててもいい?」
「ああ」
置いた服に魔法を使って見せると、ピヒラは手元を覗き込むように観察してきた。
「服にくっついている水を取り出すというか、吸い出すようなイメージだな」
「なるほど。これなら、ここにある水を動かすだけだから魔力がかなり節約できるわね」
何をしているのか、ピヒラはすぐに理解したらしい。
「そうだな。あっちに帰ったらこの方法を広めたいくらいには便利だ」
「確かに。あたしも、実家とかあちこちに教えたいわ」
「そうだな、途中で村や町があったら伝えてもいいかもしれないな」
ピヒラは、笑顔でうなずいた。
「ありがとう、ヴァルド」
『いい笑顔!これが見たかったのよぉ。』
そのまま自分の濡れた髪を見たピヒラは、すべて束ねて手に持った。
「これもなんとかできそうね。ただ、乾き過ぎたらパッサパサになりそう。うーんと、少し残して……?というか、髪の表面にある水を八割方落とすくらいでいいかしら」
『そうそう、気をつけてねぇ。艶々の髪にはほどほどの水分がいるからぁ』
少しイメージのためか逡巡したピヒラは、ふわりと魔法を行使した。
さらり、と黒髪が流れた。
「すごいな。完璧じゃないか?」
トールヴァルドは、ピヒラの髪を手に取った。
「これすごい魔法だわ!便利すぎ。人界の人たちでも使えそうなくらい少ない魔力なのにこれってほんとすごい!」
『すごいでしょ?便利でしょっ?こないだふと思いついたのよぉ。アタシって天才かも!』
にっこにこのピヒラは、自分の髪を触って確かめていた。
ピヒラの髪から手を離し、ふと気配を感じて顔を上げた先に魔物が五体ほどいたので、トールヴァルドは魔法で蹴散らした。
大きさは中型くらいだろうか。
魔の森の近くには魔物がいなかったので、普通の魔物にとっても魔の森は居心地が悪いのかもしれない。
「気づかなかったわ。ヴァルド、ありがとう」
「気にするな。……そういえば、魔界には冒険者ギルドみたいな全国的な組織はあるか?」
魔物を倒したものの、これで食べていけないなら職業を考えないといけない。
旅は長いのだ。
ピヒラは、髪をいつものようにツインテールに結びながら答えた。
「うん、あるよ。国の傭兵団と、フリー魔導協会があって、冒険者ギルドに近いのは魔導協会ね。傭兵団は、人界の国の騎士団とか衛兵団に近い感じ」
『あら、フリー魔導協会ってまだあるのね。いいんじゃないかしら。前と同じなら、冒険者ギルドと一緒で魔物を倒したら勝手にカウントしてくれるわよ』
「魔物の討伐もやってるのか?」
髪を結び終わったピヒラは、大剣を背負った。
いつ見てもアンバランスだが、彼女はふらつきもしない。
「うん。そこは冒険者ギルドと似てるかも。えっと、このバングル。ここに個人の情報を記録していて、魔物を倒したらその数が入っていくの。パーティ登録とかも同じ感じ。さすがに人界で着けるのは気が引けたから着けてなかったわ」
ピヒラは、アイテムボックスから金属でできたバングルを取り出して見せた。
「そうなのか。ピヒラはもうその協会に入っているんだな」
「もちろん。かなりの人が入ってると思う。だって、魔物を倒したらその分お小遣いがもらえるし。あと、毎日大量に狩ってそれで生活しているプロもいるわ」
『あら、じゃあ昔とあんまり変わってないのねぇ』
トールヴァルドはうなずいた。
「そうか。かなり冒険者ギルドと似ているんだな」
「確かに、似てるかも。あ、次に村か町を見つけたら、ヴァルドも入る?協会の方は冒険者ギルドと違ってランクとかはないけど、功績に応じて魔物を狩ったときに補正が入るの」
『そこも変わってなさそうねぇ』
「なるほど。通貨も似ているか?」
言いながら、トールヴァルドは荷物をアイテムボックスに片づけた。
ピヒラも同じように片づけている。
「そうね、素材とか大きさは違うけど、ほとんど同じだと思うわ」
「助かるな」
「うん、あたしも人界に行ったときに混乱しなかったし」
うなずくピヒラをみて、トールヴァルドはふと疑問を口にした。
「……一人で人界の国へ行って、不安じゃなかったか?」
「んー、まぁ色々と知らないからそれは不安ではあったかな。あたしは魔人にしては魔力容量が小さくて、色々頑張ったけど結局大剣使いになって、それなら魔力の少ないところで修業した方がいいと思って。実際、下手に魔法に頼らずに訓練できたからそれはとても良かったわ。魔王と勇者の伝説には驚いたけど」
『そうよねえ。アタシも聞いてびっくりしたもの。数百年経つうちに、全然違う話になっちゃうものなのね。なんで魔王を敵にしたのかしら?普通に魔物が敵でいいのにねぇ』
それに関しては、トールヴァルドは何も言えない。
ただ、ピヒラに聞く限り、トールヴァルドは魔王と共闘して魔物や魔力溜まりを消していくのが良さそうだとわかっているだけだ。
「人があまり行き来できないからそうなったんだろうな。ただ、魔人は何人か人界に行っている気がする」
『あら、そう?向こうは思うように魔法が使えないからそんなに行くメリットがないわよ。村の周辺に出る魔物くらいなら簡単に討伐できるだろうし』
勇者の魔法剣(ごり押し)と同じく疑問に思ったらしいピヒラは、首をかしげた。
「そうかな?あたしみたいに修行しに行くのはほとんどいないと思うけど」
「大剣使いは確かにいないかもしれないが、魔力容量が少ない魔人はいるだろう?だったら、人界で心機一転しようと考える人はいるんじゃないか」
「どうなんだろう。確かに、いないこともないかも」
「人界の人間は、ここで過ごせないらしいからまずいないだろうけどな。魔力が濃すぎると、人界の人間は動くのもままならないほどに気分が悪くなるんだろう?」
『あぁ、向こうの人がこっちに来るのは確かに厳しいわ。でも魔力をうまく体内で循環させればいけそう。ものすごい訓練がいるけど。逆はまぁ、不便を我慢する程度でいいでしょうね』
ピヒラはうなずいた。
「それはあたしも向こうで聞いたわ。だから、魔界は魔物が跋扈する地獄みたいな場所なんだろうって……。そんなことないんだけどね」
周辺に目を向けたピヒラは、苦笑しながらもどこか懐かしそうな表情をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます