悪役令嬢の猫カフェは、なぜか最強軍事国家と認定されました~モフモフしたいだけなのに、魔王軍が震え上がっています~

ケロ王

第一章 もふもふ王国、堂々建国!してませんが、何か?

第1話 転生しました!

「エリザベス・アーネスト辺境伯令嬢! お前を愛することはない!」


 シャイニール王立学園の中庭。澄み渡る青空と風に揺れる花壇の花。そんな幻想的な光景の中、私は前世の記憶を取り戻した。


 しかし、最初に聞いた言葉は失礼な――いや、それを通り越してふざけたセリフ。目の前に立つ金髪碧眼の美少年――ルイス・シャイニール王太子殿下のものだ。氷のようなまなざしで私をにらみつけている。


「俺は王家の義務として聖女候補であるお前と婚約しているに過ぎない。俺の真実の愛はお前のような不気味な女ではなく、このユメリア・ファンタジア男爵令嬢のような女性のためにあるものだ!」

「ルイス様……」


 彼の腕にしなだれかかる少女が潤んだ瞳で見上げる。男が守ってあげたくなるような可憐な容姿に、甘えるような猫なで声を発しているのが件のユメリア令嬢だ。


 前世含めて三十年以上の人生経験を持つ私にしてみれば、「はいはい、あざとい。よく訓練されたビッチですね」という感想しか出てこない。


「わかりました。では、婚約破棄ですね、承りました!」


 王家の義務? 真実の愛? 前世の記憶を思い出す前ならともかく、こんな茶番に付き合わされるつもりはない。


「ふん、何を言いだすかと思えば。俺の気を引くために婚約破棄を言い出したんだろうけど、無駄なことだ!」

「気を引く……?」


 気を引くも何も婚約者だろうが。浮気するようなクズ男の気を引くほど暇じゃない。


「無駄かどうかはやってみないとわからないので、話を進めて行きますね」

「ふざけるな! 勝手に話を進めていいと思っているのか!」

「愛するつもりがないなら、問題ないじゃない。そこのユメリア嬢と婚約すれば問題ないでしょ?」

「何を言っているんだ! ユメリア嬢は魔力がお前ほど高くないのだぞ!」


こっちが何を言っているんだ、と言いたいくらいだ。彼女の魔力も歴代聖女に匹敵する魔力なんだが。


「十分高いと思いますけど……」

「魔力にだけで言えば、お前に比べたらゴミのようなものじゃないか!」


真実の愛とか言っておいて、魔力はゴミと貶す。私の魔力が高いから婚約破棄はしない。もう言い分がメチャクチャだ。


「ルイス様、素敵……」

「ふふふ、ユメリア嬢は特別だからな!」


笑顔で見つめ合う二人は、完全に自分たちの世界に入っている。なんだろうか……、一周回って微笑ましく見えてくる。


「これが若さか……それじゃあ、お幸せに。私は失礼しますね」

「ルイス様……」「ユメリア嬢!」


私の声すら聞こえないようなので、軽く会釈をして、その場を後にする。胸やけしそうになったので、思わず空を見上げる。


「きょうもいいてんきだなー」



 疲労困憊で王立学園の門を出ると待たせてあった迎えの馬車に乗り込む。王族に呼び出されたからサラに先に門に行ってもらって向かったわけだが、無駄な時間でしかなかった。


「お嬢様、お疲れ様でございます」

「待たせたわね。サラ」


先に馬車で待っていてもらったサラが、私を労わるように馬車に乗るのを手伝ってくれる。気丈に振る舞ってはいるけど、疲労が滲み出てしまうのは隠せないようで、サラの表情が曇る。


「婚約破棄、したのですね……」

「こっちが一方的に突きつけただけよ。王太子に呼ばれたから行ってみたら、二人がイチャつくところを見せられただけだったわ」

「大丈夫でしょう。この婚約は元より、こちらに利益はありませんから。お嬢様が王太子殿下を愛していたから、続いていただけですので……」


この婚約自体、私がルイスに惹かれていたから続いていただけ。かつての私はルイスに認めてもらおうと、王太子妃教育を必死でこなした。結局、振り向いてくれることはなかったけどね。


でも今は、かつての『エリザベス』ではない。前世の記憶を取り戻した私は、ルイスに愛されようと努力なんてしたくなかった。



「問題は王家がですね」

「そうよね。結局、王家も私の魔力だけが目当て。代わりなんていくらでもいるのに……」


王家の目当ては魔力の高い女性。私の魔力が圧倒的に高いだけで、別に『真実の愛』のユメリアが低いわけじゃないし、私に固執する意味なんて無いはずだ。


「……慣習って、ホントにめんどくさいわね」

「まったくです。そのことに王家の連中が気付くのはいつになることやら」


馬車の中に沈黙が訪れる。ガラガラという馬車の音を聞きながら、ルイスとの出来事が蘇る。必死で努力する姿を嘲笑われ、プレゼントは当然の貢ぎ物のように扱われ、自分以外の女性に夢中になる姿に心を痛める。


――よく考えたら、いいことなんて一つもなかった。


「あんな男より、猫の肉球の方が1億倍マシだわ……ああ、猫カフェがあればなぁ」


ぽつりとつぶやきを漏らしてしまった。その内容に思わず吹き出してしまう。前世での心の癒し。今の疲れ果てた私にはあの場所が必要だ。あの『もふもふ』によって癒される空間が――。



「お嬢様、到着しました」


 馬車の扉が開いて、執事のロバートが顔を出す。彼の手を取って馬車を降りると父の姿があった。


「ただいま戻りました」

「婚約を破棄するというのは本当なのか?」

「はい、先ほどルイスにも伝えました」

「そうか、ワシからは何も言うことはない。エリィの好きなようにするがよい」


 父の言葉の裏に、やっと気付いてくれたか、という安堵の気持ちが見え隠れしている。それがわかったことで、やっと自分の選択が本当に正しかったことを実感した。


 父との会話を切り上げて自室へと戻り、現状を把握するため鏡の前に座る。鏡の中には銀色の長い髪と赤い瞳を持つ、色白の小柄で華奢な女の子。これが転生した私の外見らしい。


「やっぱり『ドリーム・リアル・ファンタジー』のエリザベスだよね。この外見もルイスが私を嫌っている理由の一つなんだよね」


 私のいるシャイニール王国では、銀髪赤眼は悪魔の子だと考えられていて迫害の対象になりやすい。だけど私は、他を圧倒するほど膨大な魔力を持っていたおかげで、王太子であるルイスの婚約者になった。


 与えられた立場によって、私に対して陰口を叩く人は多かったけど、表立って迫害されることはなかった。もっとも婚約者でありながら、ルイスには愛されないどころか憎まれるような有様だけど。


「よりによってエリザベスが転生先だなんて、ハードモードもいいところだわ」


 エリザベスを嫌悪していたルイスは、ユメリアと共謀して、エリザベスの悪い噂を広めまくる。もちろん噂は根も葉もないことだが、彼女が否定しても聞き入れられることはなかった。


 最終的にルイスは、エリザベスがユメリアを殺そうとしたと告発。これも事実無根のことだったけど、悪い噂によって名声が地に落ちていた彼女は悪魔に憑かれた令嬢ということで婚約破棄の上、国外追放される。


 聖女になったユメリアたちによって魔王が討伐された後、エリザベスは心を深淵に呑み込まれて『深淵の愛し子』となり、復讐のために王国を滅ぼそうとする。


 そのエリザベスをユメリアたちが死闘の末、討伐するというのがゲームのストーリーだった。


「お嬢様、先ほど王宮から使者が参りまして、婚約の件について話があるとのことです」


 サラが扉をノックして入ってくる。ルイスから婚約破棄の話を聞いて国王が動いたようだ。


「やれやれ、私の夢を邪魔するなら王家でも容赦しないんだから!」


 私は面倒くささを感じながらも、重い腰を上げて王宮へと向かうことにした。



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