単騎遠征っ!〜異世界で美味しいご飯を食べるためにこの世界にいてもいいですか?〜
浦がるむ
第1話 はじまりっ!
空に浮いている雲が、イワシの群に見えた。
昨日食べた鰯は美味しかったなぁ。
長身を揺らしながら突き進む。
前方から吹き付ける風が、既に上がっている前髪を更に持ち上げようと奮闘している。
学校の敷地を大股で歩いていると知った顔が向かいからやってきた。
深い堀りの顔をしたの同級生だ。
「おっ、
「おうっ!」
元気よく級友に返事をした俺、
着物の擦れる音が心地良い。
下駄のカラン、という音もリズムに乗って鳴っている。
気分が良いのも当たり前。
待ちに待った昼ご飯の時間なのだ。
人生で一番好きな時間は食事を摂っている時と言っても過言ではない。
食べることは大好きだ。
俺は校舎の隣にある食堂に一人で向かっている。
一人で食堂に行く事───これを「単騎遠征」と言う。
いや······正確には俺たち高校生が勝手に言っているだけなのだろう。
ふっ、と口角を上げる。
中々にいい響きじゃないか······。
単騎で遠征なんて······。
なんか壮大で強そうじゃないか。
考えたのは同じ高校生なのだろうか。
どういう気持ちで作った言葉なのだろうか。
そんな事を考えていると、こじんまりとした佇まいの食堂に着いてしまった。
「こんにちわー!!」
「いらっしゃい、熱田さん。今日も元気ですね」
豪快に扉を開け、挨拶した俺に割烹着姿の食堂のおばちゃんも満面の笑みで応えてくれた。
四人掛けのテーブル席に着くなり、おばちゃんが水が入った湯呑みを持ってきてくれた。
「今日は·····昨日言っていた〈かれーらいす〉にしますか?」
「はいっ!お願いします!」
昨日、おばちゃんと話しをしてからというもの、昨日から今まで、頭の中が「かれーらいす」で一杯だったのだ。
ふふふ、と嬉しそうな中年女性の声を聞きながら湯呑みに入った水を飲む。
半分くらい飲んだ湯呑みを置いたカタン、っという音が狭い食堂に響く。
小さい食堂には自分とおばちゃんしかいない。
十坪程の小さな食堂には四人掛けのテーブル席が四つあるだけの素朴な造りになっている。
おばちゃんが一人で切り盛りしているのだ。
広すぎても仕方があるまい。
木造で出来た室内の壁にはお品書きが沢山並んでいた。
自信の表れだろうか。達筆で書かれている品名はどれも堂々としていている。
全てを食べてみたいと思うが、来る度に新しい品が増えており、とてもじゃないが追いきれない。
お品書きの他にも新聞の切れ端、指名手配犯のポスターが貼ってある。
キツネ目が特徴的な男の似顔絵を見ていたら、台所からおばちゃんの心配そうな声が飛んできた。
「その男、まだ捕まってないらしいんですよ」
俺の視線の先に気づいたおばちゃんは手元に目線を落としながら話しかけてきた。
「この男は何をしたんですか?」
聞いた話によると、とおばちゃんは続けた。
「強盗らしいんですよ。年寄りを狙ったらしくて」
「······そうですか」
マジマジと似顔絵を見ながら俺が呟くと、おばちゃんは心配そうに呟く。
「早く捕まってほしいんですけどねぇ····」
ため息交じりのおばちゃんの声を俺が思いっきり吹き飛ばす。
「大丈夫ですよっ!もし目の前に現れたら俺が力尽くで取り押さえます!」
右手で左腕の二の腕をぱんぱん、と叩きながらおばちゃんに笑顔を向ける。
「そうね。熱田さんなら簡単に捕まえられそうね」
おばちゃんの声が明るくなったと思ったら、とたん真面目な声色になった。
「けど、事件が起きて十日くらいたったのに全く手がかりがないみたいで·····」
おばちゃんは慣れた手つきで鍋を操りながら続ける。
「──頭の良い男かも知れないから気をつけないと····」
「おっ!久しぶりに方言が出ましたな!」
オタマを持っているおばちゃんに反応してしまった。
「出ちゃいましたね」
おばちゃんは今日一番の元気な声を出す。
俺は方言が好きだ。
親しみのある印象を受けて心地良い。
「昨日、地元にいる息子から手紙が届きまして········昨晩方言のある文を沢山読んでしまったもので」
ごめんなさいね、と謝るおばちゃんはとっても嬉しそうだ。
「九州の方でしたよね?」
「そうです。筑前です」
はて、筑前ってどんなところなんだろう、と考えていると、注文した「かれーらいす」をおばちゃんが持ってきた。
「おまたせしました」
「おおー!これが!」
俺の大きな反応にご機嫌なおばちゃんが続く。
自信たっぷりの顔が輝いている。
「これが〈かれーらいす〉です。複数の香辛料を使った西洋の料理ですよ」
「うーん!いい匂いだ!」
皿に顔を近づけた俺は「かれーらいす」を観察する。
ゴロッと大きくカットされたジャガイモ、ニンジン、タマネギ······そして牛肉だろうか、これらの食材が茶色い泉から顔を覗かれている。
皿からは鼻腔を擽る香りが漂っている。香辛料を沢山使っているのがよく分かる。
胃袋を刺激する香り。否が応でも食欲が湧いてくる。
ルーのすぐ隣にある白米もツヤツヤだ。炊きたてで粒一つ一つが立っていた。
大正時代、三大洋食と言われているものがある。それが「コロッケ」「とんかつ」、そしてこの「かれーらいす」であった。
そのため「かれーらいす」は今となってはそんなに珍しくはないのだが、奇跡的に食べる機会が無く、食べるのは今日が初めてだった。
「では、さっそくっ!」
俺はバチンっと勢いよく合掌した。
目を閉じて挨拶をする。
「いただきますっ!!」
ちーーーーん。
とても陳腐な音が聞こえた。
それと同刻、頭に激痛が走った。
網膜に白い閃光。
紫がかった煙が俺の脳内を支配した。
「うっ······」
思わず小さい悲鳴あげてしまう。
先程から嗅覚を支配していた「何か」が頭の中から急に消えてなくなっていた。
違和感に気づいた俺は、ゆっくりと目を開ける。
すると────。
「っ!!」
薄暗い倉の中で、大勢の人が自分の周りに立っていた。
皆、着物を着ておらず、諸外国の人間が着ているような出で立ちだ。
俺は質素な木の椅子にポツンと一人座っている。
窓一つない倉には薄気味悪い空気が漂っていた。
「ここは······?」
まだ少し痛む頭を手で抑えて呟くと、目に立っていた質素な服装の少女が口を開く。
「良かった····転移成功です」
苦笑いをした少女の声を皮切りに周りの大人たちは
良くやった、と手を叩く者。大したものだ、と少女の肩を叩く者と辺りはお祭り騒ぎだった。
「······てんい·····?」
独り
「あなたのいた時代では聞き覚えがある言葉ではないですよね」
か細い声を聞き取って、俺は首をひねる。
「てんい」という言葉に全く心当たりがない。
それどころか俺は一体何をしていたんだっけか·····。
思い出そうと両手で頭を抱えた俺に少女は申し訳なさそうに話しかけてきた。
「すみません······こちらの都合で
理由がわからないのに謝られてしまった。
ブンブンと首を振って「大丈夫」の意志を伝える。
余裕のない俺は首を横に振るのが精一杯だった。
「······あのぉ、一つ聞いておきたいことがあるんじゃが、よろしいかのぉ?」
一番近くにいた背の低い優しそうな老人が声をかけてきた。白髪頭で顔のシワからして結構高齢を感じさせつつも、背中が曲がっておらず弱々しい感じはしない。
「····なんでしょうか?」
老人は俺の頭からつま先までゆっくりと観てから口を開いた。
「あなたの職業は?」
「えっと····」
職業?
なぜ思い出せない。
モヤモヤと思想が安定せず、ただただピリピリと頭痛がするだけだった。
答えられない俺に老人はバツの悪そうに苦笑した。
「申し訳ない。転移したばかりで混乱しているところ聞いてしまって····」
謝る老人に対してこちらは右手を上げるのが精一杯だった。
じゃあ、と老人は静かに続けた。
「あなたは何をしていた途中なのか、覚えてるかのぉ?」
「何をって·····」
俺は何をしていた?
脳内に広がる濃霧の中、必死に記憶をたぐり寄せる。
何でも良い。手がかりになるものはないか。
何か·······
そうだ、新しい、直前の記憶は無いのか。
一番·····新しい記憶は········。
必死に思い出そうとすると─────。
「おっ───────今日も────か?」
同学年くらいの男子が俺に何か言っている。
途切れ途切れなうえ、顔には
俺は眉間にシワを寄せながら同い年くらいの放った言葉を記憶の中で聞きながら······意味は全くわからないが、口に出してみた。
「······たんき·······えんせい?」
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