23紅緒と袴田の断罪プランp.5出荷
6月末。
窓の外はシトシトと雨が降っている。
午前中、わたしは役場でパソコンに向かっていた。
すると書類の下から、メール受信を知らせる電子音が鳴り、書類を掻き分けスマホを手に取った。
袴田からだ。
袴田》BB とリナに進展ありだ。「いい頃合いだから今晩、最終計画を実行する」ってさ。20時に紅緒さんちに迎えに行くよ。娘さん、元旦那さんに預けられる?
紅緒》喜んで面倒見てくれると思うわ。不思議ね、離婚後の方が優しくできるのよ。20時ね、また後で。
袴田》了解、また。
昼休み、わたしは大介に電話で琴里の預かりを頼んだところ──二つ返事でOK。
今夜開催される、若葉丘の花火大会に連れて行きたいらしい。
(ふふ、待ってたみたいね。雨が止んでくれるといいんだけど……)
チクリと胸が痛む。
決行されれば、わたしも琴里と観に行くつもりだった。
リナに関係する用事で出掛けるとは言えないので、友人らとの食事会だとウソをついた。
(今日は仕方ない、来年は一緒に花火を楽しむわ)
願いが届いたのかどうかはわからないが、下校中の小学生の元気な声が聞こえる頃には、雨はあがっていた。
茜色と水色のコントラストが美しい夕焼けを背に、琴里を自転車の後ろに乗せて帰路につく。
19時少し前に大介が姿を見せて、浴衣を着た琴里を連れ出してくれた。
▪
「さてと、準備準備!」
わたしは、動きやすいトレーナーにストレッチ素材のパンツ、結び直したポニーテールにキャップを被り、リュックを背負った。
BB の動き方は袴田から聞いているが、今夜の舞台がどこかは聞かされていない。
20時ちょうどに、わたしは玄関の外に出て、雲の切れ間から覗く満月の一点を見つめていた。
すると──
ドドン!……ドン!……ドドン!
(おー花火、始まったわね)
音の方に顔を向ける。
ここからは川岸で打ち上げている花火は見えないが、音だけは遠くに聴こえてきた。
しばらくして車が目の前に停まり、袴田が降りてきて助手席のドアを開けてくれる。
「お待たせ、乗って」
「うん、お邪魔します」
すぐに発車する。
「どのくらいかかるの?」
「そうだな、20分はかからないよ」
「今リナさんとBB は?」
「屋形船で、花火観ながら天ぷら食ってるんじゃないかな」
「えー! いいなぁー」
「好きな人との最後の晩餐だ、許してやってくださいよ」
「そっか。ん? ということは……目的地は船着き場?」
「そう、リナが船から降りてきたところを待つ」
ドドン!!
打ち上げる音がどんどん大きくなっていく。
「紅緒さん、観て! 花火めちゃ近いよ」
川にまたがる長い橋を渡る途中、すぐ真横に大輪が咲いた。
赤、黄、紫と煌めいて、風に流され形を崩し、消えていく。
静寂を取り戻した夜空は、いつもより暗闇を宿し広く感じる。
そしてまた、炸裂音が連続して轟き、大輪がいくつもいくつも重なり、押し寄せる迫力と、こぼれる一滴の美しさに息をのんだ。
わたしの顔に花火の色が映っているのを、視界の片隅に入る鼻先で感じ取れた。
「こんな近くで見れてラッキーね」
「そうだね、紅緒さんから屋形船、見える?」
「うん、あのどれかにリナさんが乗ってるのね」
川には提灯を灯した屋形船が、何隻かぽつぽつと浮かんでいる。
橋を渡り終えると、時間パーキングに車を停めて、歩いて船着き場に向かう。
川にせり出した木製の桟橋が見えた。
「あ、BB からメールきた。紅緒さん、このイヤホンして」
「はい」
イヤホンを耳に着けると、話し声が聴こえてきた。
思わず、袴田を見る。
袴田もイヤホンを着けて、わたしの反応を見ているようだった。
「ちゃんと聴こえてる?」
「大丈夫」
聴こえてくる声の主は、リナとBB だ。
屋形船の中の会話が、リアルタイムでBB の小型マイクから流れてくる。
『シュンたん、あんま楽しそうじゃないね。どしたの?』
(あーBB はシュンて名乗ってるのね)
『ん? 花火より綺麗なリナに見とれていただけだよ』
『えぇ! 照れるじゃん! シュンたんたら、もー!』
『ははは、そうだ、リナに渡したい物が……』
紙が摩擦する音をマイクがひろう。
『コレ、気に入ってくれると嬉しいが』
『え? 何? あたしに?』
『開けてみて』
──────。
『指……輪。もしかしてダイヤモンド?』
『ああ、はめてあげるから手を出して』
『うん!』
『あー左手の薬指がいいの?』
『うん! この指がいい!』
『わかった……これでいいかな、よく似合うよ』
『すごく綺麗ね。シュンたん、ありがとう。 あたし、シュンたんと早く結婚したいな』
『いや、それは。今は問題を抱えていて無理だと思う』
『え? 問題って何?』
『愛するリナを巻き込むわけにはいかない。何とかするから心配しないで』
BB の声は吐息を含んだ甘い声で、とても聞き取りやすい話し方をする人だった。
『シュンたん……あたしたちに秘密はだめだよ! あたし、シュンたんの役に立ちたいの。言って!』
『ふっ、君には負けたよ。私のサウジアラビアの会社が、不当な嫌疑をかけられ、口座を凍結されてしまったんだ。じきに疑いは晴れると思うけど、当面の運転資金があと1000万円足りないんだ』
『い、いっせんまんー!』
『は? たいした額じゃないだろ? 愛してるなら、それくらい工面してくれるよね、リナ?』
『愛してるわ! でもあたし、お金なんかないし!』
『どっからでもかき集めて来いよ』
『今日のシュンたん、怖いー! その話しはまた今度にしよっ、ねっ』
『ムリ。あームリムリ! 金の工面も出来ない女に用はない! つかえねぇ消えろ!』
『え?』
『触んな! ったく! いい夢見させてやっただろうが! 指輪も返してくれ!』
『痛い! シュンたん、痛いってば! やめてよ! 何でこんなことするの? 意味がわからないよ、シュンたん……愛してるよ、愛してるってば』
だんだんと涙声になるリナの訴え。
そして数十秒の無言が、鼻を啜る音と共に続いた。
唐突に船内アナウンスが響く。
【本日はわたくしどもの屋形船をご利用頂き、まことにありがとうございました。只今、着桟いたしましたので下船の際は、お足元にお気をつけください】
わたしと袴田は、桟橋に着桟した屋形船の出入り口で、リナが出て来るのを待った。
数組のお客さんの流れの後、ぽつりと、ひとりでリナが下りて来た。
瞬きを忘れたように開いた目から、大粒の涙が流れているが、拭おうともしない。
「リナさん」
「リナ」
呼び掛けると、ゆっくりと顔をあげた。
一瞬、驚いた表情を見せたが、すぐに理解したようで、声高に笑いだした。
「そういうこと! あんたら組んで、あたしに仕返し!」
「そうだ! これまでのお前の行為が自分に跳ね返ってきた気分はどうだリナ! 反省しろ!」
「はん、お前が礼時をそそのかしたんだろ! やり方がエグいんだよ!!」
そう叫んだリナは、わたしに掴み掛かってきて、そのまま一緒に空中を舞い、川に落ちた。
リナはわたしの頭を押さえつけ、水面に顔を出すことができない。
(く、苦しい。マズイ、死ぬかも! 琴里ー!)
と思った瞬間、たくましい腕がわたしの腰にまわり、ぐいっと引き寄せられた。
あつい胸板に守られながら、やっと水面に顔を出して呼吸することが叶う。
「大丈夫か!!」
袴田の声だ。
(良かった。この人の側にいれば大丈夫。もう安心していい……)
これを最後に気を失った。
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