第2話 幼なじみ

カーテンの隙間から漏れ出す光が心地よい。

私はゆっくりと上半身を起こし、一気に腕を伸ばす。

ベッドから立ち上がって階段を下り、洗面所へ。顔を洗ってからリビングに向かった。


「早起きじゃない、りん。おはよう」

「…おはよー瑠奈るな

カッターシャツとワイドパンツ、ゆるく巻かれた二の腕くらいの長さの黒髪の女性が、マグカップを手に微笑んでいる。彼女ー瑠奈るなは両親を失った私を育ててくれた。見た目は30代前半くらいで、母方の遠い親戚らしい。

挽きたてコーヒーの香りを堪能しながらテーブルの椅子に腰掛けた。

ホコリ避けのケースの中に卵焼きやベーコンが乗ったおかず、味噌汁、ご飯といった朝食が入っている。

「これだけだと足りないよ」

「休み時間早弁してるから充分でしょ」

「バレてた」

「それでも弁当は多めに用意してんだから」

「ルナが料理得意なんて顔に似合わずだよね」

「それに比べ、あんたは下手というより壊滅的」

「包丁で切って煮込むだけでしょ。簡単、カンタン」

「消し炭にしたの覚えてる?」

「あれはー…、ナンデモナイデス」

痛いところを突かれた私は無言で手を合わせ、できたての卵焼きに手をつけた。


「ごちそうさま!」

食べ終わるとバタバタと2階へ上り、部屋のクローゼットから制服を取り出す。

ブラウスに腕を通し、膝上の長さになるまでスカートを折り曲げ、ネクタイを締めた。鞄を手に取って携帯もポケットへしまう。ズドドド、と1階へ駆け下りた。

革靴に足を入れ、髪を手ぐしで整える。

「忘れ物」

「ありがと、行ってきます!」

瑠奈が弁当箱が入った保冷バックを差し出してくれた。

バックを受け取り、瑠奈へ手を振って勢いよく玄関を飛び出した。


受験時に徒歩圏内の公立高校を探し、何とか合格。

目指していた高校デビューはおろか、友人も出来ず、クラスメイトはただ遠巻きに見るだけの存在。

小さく口を尖らせていると、背後から聞き慣れた声がした。


「なんで先に行くんだよー」

「1人で行けるから!あんたがいると友達ができないんだけど⁈」

「友達できないのは関係ないだろー?お前危なっかしいから見張ってないと」

家が隣で幼馴染のゆうだ。顔も運動神経も頭も良い。人として完成しすぎているから、たぶん人間じゃない。


朝の恒例行事に頭を抱えるしかなかった。厄介なことに、こいつが来ると周囲がはやし立て始めるのだ。

「ゆう!毎日よくやるねえ!」「オレ応援してるわ!」

「おうさんきゅ!」手を挙げて野次に挨拶する悠。


「…人気者は大変ね、それじゃ!」

悠が目を離した隙に、集まっていた野次馬たちの中に飛び込んで紛れる。

そのまま革靴を靴箱にしまい、上履きを履くと、仁王立ちをする足が見えた。


「おれから逃げられると思うたか」

「なんで毎度先回り出来るの⁈ やっぱりあんた人間じゃないでしょ!」

「どうだろうね」

悠が微笑みながら目の前に立ちはだかっていた。微笑みと言っても目元は笑っていない。

ここまで先読みされていると発信機でも付けられている気分。

私は肩をすくめ、しぶしぶ悠の元へ戻るのだった。


*****


ふと空を見上げると、積み重なるように濃度を薄めていく紺色が広がっている。

水平線に一筋残る橙だいだい色は今にものみ込まれそうだ。


車道を挟んだ反対側には早足で帰宅を急ぐサラリーマン。電車に間に合わないとはしゃぎながら走る中学生たち。部活動終わりの高校生にまぎれ、帰路を歩く。

悠も当然のごとく付いてきたが、途中で同級生の女子に捕まってしまい、帰ろうとする私に待っててくれと叫んでいた。もちろん笑顔で手を振って置いてきた。


「ひ…っく、ふっ……」

どこからかすすり泣く声。辺りを見渡すと、小さな女の子が座ってうずくまっていた。近くに両親らしき大人は見当たらない。外見で言うと3歳くらいだろうか。

スカートの裾を巻き込み、屈んで少女の目線に合わせる。

「どうしたの?迷子?」

「おねえちゃん。ワたシが、わかル……?」

少しだけ顔を上げて女の子は片言で答えた。違和感を感じたが手を伸ばす。

「うん、お父さんかお母さんはどこ?」

「おかア、サん…!」

女の子の両手が私の左腕をつかんで、足元からも無数の手が絡みついて離れない。

「は、離して!」

【はナさなイ‼︎】

「やめて、ちぎれ…るっ!」

鞄が落ち、両足を支えに抵抗するも虚しく、腕が引き込まれていく。

全身が悲鳴を上げている。

これは違う、だ。

殺される。死にたくない。


「………ぉい、バカ!」

左の手首を力強く引っ張られ、私は反動で尻餅をついた。

目の前には高校の制服ズボン。そいつは革靴で一度影を踏んだ。

にじんだ視界がはっきりしていくにつれ、後ろ姿が映る

。気付くと女の子と影は跡形もなく消え去っていた。

「悠?」

「1人になるなって言ったろ」

右手を差し伸べられて引き上げてくれた。

「ごめんな、余裕なくなった」

落とした鞄を拾い、悠は私の身体を持ち上げる。いわゆるお姫様抱っこ。

「ひぇっ」

「少し我慢してくれ」


「ええええええええええ?」

軽く屈伸したと思ったら、屋根の高さまで飛んでいた。


やっぱり幼なじみは人ではなかった。

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