[3]引きこもり魔女と召喚魔術Ⅲ


「あたしのおばあちゃんはね、この世界を救った英雄なんだ。最強の魔女って呼ばれてた。そんなおばあちゃんに憧れて、あたしも魔女になりたいって思った」


 ルームライトが灯る薄暗いリビング、ソファに座る俺の隣でイリスは語る。

 

「このアトリエも元々はおばあちゃんが使ってた場所なんだ。今はダンテおじさんが管理していて、あたしにも使わせてくれてるの」

 ダンテおじさん、というのはおそらく俺を殴り飛ばしたスキンヘッドの大男のことだろう。

 ここを管理している、ということはイリスと血の繋がった家族ではないようだ。

「あたしはここで最強の魔女を目指すって決めた。おばあちゃんが遺した魔術書を必死に読んで、一生懸命に魔術の研究をしたつもり。だけど……」


 イリスの表情が曇り出した。その目には涙が浮かんでいる。


「なかなか上手くいかなくて。

 もっと頑張ろうって続けていたら段々、外にも出られなくなって……。

 ダンテおじさんはこの環境があたしをダメにしているって、だから街に出ていけって……」

 イリスは振り絞るように言葉を紡ぎすすり泣いている。

 結果が出ずに塞ぎ込んでしまった、その気持ちは俺にも理解できる。

 どれだけの努力を重ねてきたかはわからない、でも努力が実らないことの悔しさは計り知れないだろう。

「あたしには何もできなかった! ……みんなから諦められて、夢ばかり見るなって言われている気がして……!」

 イリスは声を震わせて嗚咽している。俯いている彼女の頬からは幾つもの雫が零れ落ちた。

「……そんな時に見つけたの、この本を」

 イリスは涙を拭いながら懐から一冊の本を取り出す。

 それは『異世界から召喚する魔術』が記された魔術書だ。

 俺はこの魔術によって、この異世界へと召喚されたんだ。

「これが最後。これが上手く行かなかったら、あたしは夢を諦める。だから、キミを召喚できた時は嬉しかった。これならきっと……って」

 俺の脳裏に浮かぶのは、イリスと初めて出会った時のことだ。

 必死の思いで俺を召喚することに成功したイリスの笑顔……というよりドヤ顔だな。その表情には安堵と自信が満ちていたんだ。

「だけど、ダンテおじさんにはわかってもらえなかった。あたしじゃダンテおじさんには、伝えられなかった……!」

 イリスは再び声を荒げると、溢れる涙を堪えきれず嗚咽した。

 だが、これではっきりした。どうして俺が異世界に召喚されたのかを。

 この子はきっと、俺に……。


「……助けてほしい。最初からそう言えばよかったろ」


 俺の呟きにイリスは驚いたような表情でこちらを見た。

「お前は追い詰められて、必死の思いで俺を召喚した。つまりそれは、助けてほしかったってことだろ?」

「で、でも! あたしは自分のためにキミを巻き込んで、キミを利用して……」

 全くその通りだ。本当に迷惑極まりない。

 おかげさまで背中は打つし、殴られるわで散々な目に合っている。

 しかし、それでも……。

「……助けを求めているやつを見捨てるほど、俺は人でなしじゃねぇよ。

 だから、手伝ってやる。使い魔として」

 我ながら恥ずかしいセリフだったかもしれない。別に、泣いている女の子を前にカッコつけたいわけでもない。

 ただ、俺の中でもやもやとする気持ちに踏ん切りをつけたい一心で放った一言かもしれない。

 全力で悩んでいるやつを全力で応援したい、その思いが俺の中で大きく膨らんでいたのだ。


「うぅっうわあああ──────ん!!」


 イリスが突然、大声で泣き叫んだ。相変わらずの声量に俺の耳はキーンと耳鳴りを起こす。

 ずびずびと鼻を鳴らしながら俺に抱きついてきたイリスに、俺は子供をあやすような気持ちだ。


 その後、しばらくして。


「さて、落ち着いたところで!」

(急に落ち着くな)

 大泣きの最大瞬間風速も過ぎ去り、俺は全身の痛みに囚われソファでうなだれている。

「早速ですが! ここでキミにあたしの凄さをお見せしましょう!」

 俺はこの胡散臭い魔女に懐疑的な視線を送る。

 とはいえ、さっきまでの泣き顔とは打って変わって無邪気な表情ではしゃぐ様子に少し安心する。

「ふふふ……あたしがその怪我を一瞬にして治してあげましょう!」

「マジで?」俺は咄嗟に返した。

「マジで! いや、マジック(魔術)で!」

 いやその付け加えはいらん。

 まぁ、魔術がどんなものかはわからないが怪我を治してくれるなら何でもいい。

 イリスは何やら準備があるようで、ドタドタと足音を響かせながら実験室を行き来している。

 しばらくソファで待っていると、準備を終えたであろうイリスが杖を持ってこちらに背中を向けて立った。

 イリスが呪文のようなものをぶつぶつと唱え出すと、それに呼応するように周囲が暗くなり、青白い光が漂い始めた。

 まるでテーマパークに来たみたいだ。体感型アトラクションのように、周囲の雰囲気が変わっていくことに気持ちが高揚する。

「おぉ……! これが、魔術の力なのか……!」

 しばらく呆然としながらイリスを眺めていると、次第に俺の体が発光していた。

 俺が感心してテンションを上げていると、イリスは掲げていた杖を下ろして沈黙した。

 イリスの動きに合わせて周囲の様子も変化し、元の明るさに戻っている。

「成功……したのか?」

 俺は体の変化を調べるべく体を動かそうとした。しかし、以前と変わらず体の痛みは消えていない。

 対するイリスは黙ったまま立ち尽くしている。俺は何かあったのかと思い、声をかけようとした。


「ま゛り゛ょ゛く゛が゛た゛り゛な゛い゛よ゛ぉ゛──!!」


 イリスが急に振り返って叫び出した。俺は改めてイリスに懐疑的な視線を向ける。

「さっきお腹いっぱいご飯食べたのに! 全然魔力が回復してないよぉ?!」

 イリスは戸惑った様子で頭を抱えている。いや、頭を抱えたいのはこっちの方だ。

 やはりこいつはポンコツ魔女なのか。

「じゃあ、俺の怪我は治せないってことだな……」

 俺はここぞとばかりに残念そうな表情をする。

「そ、そんなことないっ! きっと他にも方法があるはずだよ! ……たぶん」

 イリスからは自信の無さがひしひしと伝わってくる。俺は素人を窘めるように天を仰ぐ。

 イリスは懐から取り出した本をぱらぱらとめくり、必死に別の方法を探しているようだった。

「別に、今すぐに治らなくても良いが……」

「それじゃダメなのっ!」

 イリスは声を荒げて反発した。俺はその迫力に圧倒され声が出なかった。

「あたしがやらなくちゃダメなんだ……!」

 真剣に俺のことを治そうとしてくれている。それが彼女の償いなのだろう。

 ありがとうと言って気持ちだけ受け取るべきだろうか。

 だが、イリスの眼差しは本気そのものだ。

「あっ! これは……でも、うーむ……」

 どうやら何か見つけたようだ。

「何か見つけたのか?」

「あぇ……」

 間抜けな声で反応が返ってきた。それは一体どういう意味の返事なんだ。

「あのね、その……、少しだけ目を瞑っていてほしいなぁ……なんて」

 どういうことだ? 訳が分からない。

 イリスの言ったことの真意を探っていると、うやむやにするように俺の言葉を遮って強引に体を引っ張られる。

 俺は体に伝わる痛みに耐えきれず、目を瞑った。


 「せいっ!」

 イリスが勢いよく声を発した。


 ──唇に柔らかい感触が伝わる。

 と思いきや、ぐいぐいと口の中へ何かが入ってくる。


 咄嗟の出来事に目を見開くと、目の前には紅潮した顔で自らの指を俺の口に突っ込んでいるイリスの姿があった。

 口に入ってきた異物に対する無条件反射で舌をしきりに動かすと、イリスの柔らかく生暖かい指から何やら鉄のような味がした。

 不思議なことに体中の痛みが段々と消えていく。一体何が起きたのだろうか。

 痛みが消えた嬉しさと驚きで身を震わせていると、突然目の前のイリスが倒れ込んだ。

「ん……、魔力を直接渡したら治るかなぁと思ったんだけど……」

 どこか息の上がっているイリスはその言葉を残して意識を失った。

 

 ──ぐぎゅるるるるるる。


 間抜けな音が部屋に響き渡る。

「あっ、魔力切れか!」

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