第5話 自覚
「余罪って何?」と私が聞くと、ユキニイは眉根を寄せて「他にもやっているってこと」と説明してくれた。
「…他にも?」
「被害者がいた」と世一君が言う。
「なんでそう思うんだよ?」
世一君はまるで探偵のように人差し指を頬に当てて言う。
「まずは…僕たちがいるのに目の前で犯罪を犯したということ。それで心神喪失だったという説明がつくのかもしれないけれど、何度も罪を犯して大胆になっていたのかもしれない。繰り返していくうちに感覚がマヒしてしまったと思われる」
「なるほど」とユキニイが頷いた。
「もう一つは日菜の言った通り山小屋があった。鍵がかかっていて中には入れなかったけど。でも日菜の証言は…正しいことが証明された。それなら中にスコップとロープがある確率も高い。そこから推測すると…初犯じゃない気がする。ここ数日、この付近で行方不明になった子供がいないかと調べてみた」
緊張のあまりごくりと喉が鳴る。
「僕が分かる範囲で三人の行方不明者がいた」
身震いしてしまう。
すると、ユキニイが私の両耳を塞いだ。
「日菜、聞くな」
「そうだね。日菜ちゃんは感じてしまうから」と世一君が言う。
「世一、その話は後でしよう。日菜を送ってくる」とユキニイは私に帰るように言った。
「大丈夫。まだ早いし、一人で帰れる」
「明るいとか、関係ないよ」と世一君が言う。
「そうだよ」とユキニイも言うから、私は慌てて荷物を鞄に詰めた。
ユキニイが私の鞄を自転車に乗せて、押してくれる。世一君はユキニイの部屋で帰りを待つと言っていた。。
「ユキニイ…。世一君は事件を調べるつもりなのかな」
「…さあね。でも日菜がすることじゃないよ」
「うん。でも…」
「日菜はそれより勉強しろ。中間テストがあっという間だろ」
「うん。そうだった」と言って、せっかくユキニイに教えてもらった数学の復習をしようと誓った。
「日菜」と後ろから声がする。
振り返ると、スーパーから帰ってきたらしいお祖母ちゃんが私を呼んだ。
「おばあちゃん」
「ユキちゃん、いつもありがとうね」とお祖母ちゃんがユキニイに言う。
「いえ。こちらこそ…」
「日菜はなんもしてないよ。時間あったら、家に寄ってって」とお祖母ちゃんが言うが「折角ですが、友達と約束があって」と断った。
「あー、じゃあ、明日、家に来て。おいしい蒸しパン作ってあげるから」
「ユキニイおいで。世一君も誘って。おばあちゃんの蒸しパン美味しいから。中にね、カレーとかきんぴらとか入ってるの」と私も誘う。
「分かった。聞いとく。じゃあ、俺はここで」とユキニイは自転車にまたがって、私に鞄を渡してくれる。
「ありがとう。また明日」
「じゃ」とさっと振り返りもせずに去って行った。
「ほんとに綺麗な子ねぇ」とお祖母ちゃんは目を細める。
「うん。あ、荷物持つよ」とスーパーの袋を取り上げる。
「日菜は鞄も持ってるのに」
「力持ちだもん」
「日菜…。ありがとね」とお祖母ちゃんが言うから、本当は重たかったけれど、頑張って家まで運んだ。
夜にお母さんが「根岸くんにお礼をしないとね」と言い出す。
「お礼?」
「いつも勉強教えてもらってるでしょう?」
「うん」
「だから、晩御飯食べてもらって…」
「あ、明日、おばあちゃんが蒸しパン作るって言ってたよ」
「そうだけど。お母さんも仕事があるから、なかなか用意できないけど…。日曜だったらいけるから、家においでって言って」
「分かった」
初めてユキニイと仲良くしているとお母さんに打ち明けた時、驚いたけれど、怒ったりはしなかった。ただお家に連れて来なさいとは言った。ユキニイに「お家で遊ぼう」と言うと、嫌な顔せずに家まで来て、私は驚いたけれど、私のお母さんとお祖母ちゃんにきちんと挨拶をしてくれた。
「初めまして。根岸亮一です。日菜ちゃんと仲良くさせて頂いてます」
右耳に複数ピアス付いた白髪の男の子が玄関先で几帳面に頭を下げているのが私は不思議だった。そしてリビングに入ってすぐに私はお使いを言い渡された。
「ケーキ屋に取り置きしてもらってるシュークリーム引き取ってきて」とお母さんに言われて、私だけ外に出された。
その時、どんな話をしていたのか私は知らない。ユキニイにも聞いたけど「日常会話」と言われた。
そして私がシュークリームを持って戻った時には家の雰囲気が柔らかくなっていた。
その後、おやつを食べ、私とユキニイはテレビゲームをして、晩御飯も食べてから帰って行った。
それからずっと私がユキニイと一緒にいることは家族も含めて自然なことだった。ユキニイが家に泊ったこともある。その時は夜遅くまでゲームできたので、楽しかった。
ただ最近、私はそれでいいのか、と思うこともある。
私とユキニイは友達のまま、あるいはまるで妹のような関係な気がしている。ユキニイが教えてくれた数学を復習しながらため息を吐く。
特にメッセージのやり取りもない。
「おやすみ」「おはよう」の挨拶すら送り合わない。
私はわざと問題が分からないふりをして、電話を掛けてみた。
「日菜? どうした?」
「えっと、復習してて…ちょっと分からなくて」
「じゃあ、ビデオ通話しよっか」
「うん」と言って切り替えた途端、自分がキャラクターのヘアバンドで濡れた髪をまとめていたことに気が付いた。
慌てて、カメラをノートに写す。しばらくユキニイがノートを眺めてくれている。
「ん? どこが分からないんだ?」
「…えっと」
「ちゃんと出来てるけど?」
「あ…合ってる? 良かった」
「ただの計算問題だからな。それ、間違えてたら、俺の教え方が悪いことになる」
ただ声が聴きたかったなんて言えずに、私はビデオに映っているユキニイを見ようと顔を傾けた。
「日菜?」
「えっと、ユキニイ、おやすみ」と言って、私はスマホを切った。
毎日会ってるのに、電話で話すのが新鮮で、胸がどきどきした。スマホを見て、通話時間四分二十一秒と言う文字を眺めていると、不意にメッセージが送られてきた。
「おやすみ」
その四文字が鮮やかに浮かびあがった。嬉しくてスマホを落としてしまう。拾いあげて
「おやすみなさい」と返信した。
すぐに既読がついて、それすらも愛おしく感じた。
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