第22話



 ――節断式。

 ある人生の節目に行う式典。

 他国ではそうして縁起の良いものとして伝わっている。

 実際は違う。



 この広大になったカークリノラース公国。


 大陸のほぼ全域を治めた。

 

 属国、吸収合併した国は数知れない。その中にいた敵国の良い人材もしっかり雇う。ちゃんとした地位、見合った給与も支払われる。


 ただ、これから反逆しないように節断式が行われるのだ。そう言う意味だと人生の節目。

 そのようにリュネから説明された。



「……私は小さな国の出。その国も属国を経て、吸収された。どうやら私を評価していたらしい」


「い、良いことではないか?」


「ほう。どこかの四肢が無くなっても良いと?」


「……リュネはどこかないのか……」


「シモの話じゃない」



 彼の下半身に視線をやる。

 察した妾の頭を叩く。


 ちょっと重い話なことと、リュネが辛そうにしていたので妾はお茶を濁しただけなのだが、はしたないと思われたら心外だ。


 しかし妾の心内は察してくれているだろう。

 口角を上げている。


 国に戻り、彼らを撃つのは良いが……。

 屈辱を味わうだけではないか。



 皆までは言わないが、故郷にも大切な人や土地などあった筈。勝者に都合の良く歴史が改竄されていくなら、元々無いものとされた可能性もある。

 ……とするともう充分苦渋は舐めているか。

 

 ――聞くのはやめよう。

 

 以前、鎧の話になってリュネが別だと言っていたこと。

 何のことかあの時は定かではなかった。

 そもそも小声であったし、空耳の可能性だってあった。

 あのあとは別の話になったから勘繰ることもなかったが……。


 今となってはわかる。

 義足だからか。

 鎧とは別のものだから音が立たない。


 魔王の戦いの時に執拗に水に浸からなかったのもこのせいか。もしかしたら壊れてしまうかもしれないから。攻撃どころではないな。

 

 あの時ちゃんと低音の声音を聴いて良かった。

 心地よい彼の声は一言一句聞き逃すことはない。


 最初のドラゴンとの戦いでの傷は癒えたがそれ以前のものは治るのだろうか。いや。今もこれならば足が生えてくることはなさそうだ。

 残念だ。

 


 こいつ本当に言葉少ないのだな。

 いや……妾が聞かないと喋らないだけか。こちらで勝手に解釈するからダメなのだ。

 

 とにかくカークリノラース公国では世間知らずなのだから身を引き締めなければ……。


 本人からもそれは釘を刺された。


 昼間に行くので、リュネはマントをフードに作り替えて陽射しをしのいでいた。若干焦げ臭く、焼かれていないか気がきでならない。


 妾は久しぶりのカラッとした空気、天を仰ぐと快晴に羊雲。


 しっかり楽しんでいた。

 そっと妾を軌道に戻す。

 ため息をついて一言。



「あまり目立つな」

 


 ……?

 どうやら妾の容姿は此処では稀有らしい。

 黒髪が基本のようだ。目の色は違うみたいだ。

 少し屈んで、耳打ちしてくる。



「元の国によって目の色は違う。例えばこの公国の民は青、緑などが多い。……汚れた土地近くが生まれ育った土地だと赤目が多い。穢れているとされて良い待遇は受けていない印象だ」



 低音の音が妾の鼓膜を震わせた。

 彼からの警告は珍しくしっかり身に刻んだ。


 そうして月が7回登ったあたり。

 途中途中で再び狩りを始めようとするリュネを止めて瓶を与えながら歩く。

 街の跡の残骸を何度か通ってから、壊れた砦を進む。目の前の丘を登ると漸く緑が見えてきた。



「おおー」



 ついつい感嘆を漏らす。

 やっと色づき始めた。

 微かに微笑む。

 

 更に遠くに見えるのは壁。

 おそらくは魔物から身を守るための処置だろう。壁の向こうも見渡すことができる。


 幾つか砦を設けている。

 砦の間では農作を営んでいるみたいだ。


 そしてその中心。

 あれが王国とやらか。

 一望して彼の話を思い出す。身が引き締まった。


 緑の香りを胸一杯に吸い、虫の鳴く声を耳に入れる。



 もうすぐ夜明け。

 今日は枯木の下ではなく、生い茂る木々達の下。

 もふもふの草に横這いになる。


 ――警戒心がない。


 星空の目が叱咤してくる。

 それもまた心地が良い。しかし特に反論はないらしい。先に寝付くことが多かったからか。


 マントに包まり、朝陽を避けながら番をするリュネに血の入った瓶を置いておく。

 妾は妾で後で魚人たちお手製のお弁当を届けてもらうつもりで寝に入った。


「おやすみ」

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