タイトル:平穏に生きたいので特典はいりませんでしたが
プロローグ
生まれ変わることになった。
前世の記憶はぼんやりとしているが、少なくとも平凡な人生だったことは覚えている。だからこそ、今度の人生も平穏に暮らしたい。
「転生特典をお選びください」
そう言われたが、特に欲しいものはなかった。
戦闘スキル? いらない。
希少な魔法? 興味なし。
絶世の美貌? めんどくさいだけだろう。
「では、特典なしということで……本当にそれで?」
「うん、平穏に暮らせるなら、それでいい」
それが間違いだったと気づくのは、もう少し後の話だ。
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第一章 平穏な生活、のはずだった
転生した俺は、農村で暮らすことになった。農家の息子として生まれ、家族と共に畑を耕し、収穫を喜ぶ。素朴だが、望んだ通りの平和な日々。
「なあ、俺、このまま一生を終えるんだよな」
時折、そんなことを考えながらも、さして不満はなかった。
しかし、それは突然終わる。
「魔物だ! 逃げろ!」
ある日、村が魔物に襲撃された。俺は家族と一緒に逃げようとしたが、周囲では悲鳴が響き、次々と村人が倒れていく。
力がない。何もできない。
結局、俺は家族を守れず、村は焼き払われた。
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第二章 平穏のためには力がいる
俺は絶望した。
何もできなかった。
結局、平穏を得るには力が必要なのではないか?
そう考えた俺は、鍛錬を始めた。剣を振り、魔法を学び、どうにか生き延びるための手段を模索する。
しかし、気づいた。
俺の成長速度が異常に早いことに。
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第三章 「特典なし」の秘密
他の冒険者と比べて、俺の力の伸びは異常だった。
「お前、成長が早すぎるだろ……?」
「……俺にも分からない」
何かおかしい。
そして、ある日ふと思い出した。
転生時の「特典なし」という選択。
本来、転生者には特典が与えられ、成長の限界を決められていた。
だが、俺はそれを拒否した。
――もしかして、それが原因なのか?
特典を受け取らなかったことで、成長の限界すらなくなったのではないか?
第四章 平穏な生活と力の矛盾
力を求め、鍛え始めてから数年が経った。俺はすでに並の冒険者を遥かに超える実力を身につけていた。
「おい、また魔物を一撃で倒したのか? どんな修行をしたらそんなことになるんだ……?」
「……別に普通だろ?」
最初はただの生存のためだった。だが、成長するほど俺の異常さは際立っていく。
気づけば、平穏に生きるはずが、周囲から「英雄候補」として注目されるようになっていた。
これでは……本末転倒では?
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第五章 平穏な暮らしのために逃げる
力を持ちすぎると、平穏とは程遠くなる。
村にいた頃は、ただの農家の息子だったのに。
今では王国の騎士団やギルドからスカウトされるようになり、貴族たちが「我が家の婿に」などと言い始める始末。
俺が求めたのは、そんなことじゃない。
「すまん、俺はこんな暮らしがしたかったわけじゃないんだ」
俺は名声が広まる前に、街を出ることにした。
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第六章 転生特典なしの弊害
放浪の旅を続ける中で、俺はある事実に気づいた。
――普通の人間が数年かけて到達する境地に、俺は数ヶ月で達してしまう。
しかし、それが意味するのは単なる成長速度の異常さではなかった。
「……体が、ついてこない?」
俺の肉体は、異常な成長についていけていないのだ。
本来、転生特典には「安定した成長」を保証するための制御が含まれていた。だが、俺はそれを拒否したせいで、肉体と力のバランスが崩れ始めていた。
「このままでは、いずれ……」
平穏どころか、自滅する未来が見え始める。
第七章 力の制御を求めて
このままでは、自分の体が壊れてしまう。
異常な成長速度を止める方法を探すため、俺は各地の賢者や魔術師を訪ね歩いた。
「なるほど……君は転生者だね?」
「えっ、なんで分かるんです?」
訪れたのは、王都の外れに住む老魔術師だった。
「魔力の流れが人間のものではない。まるで器の形が定まっていないように、不安定だ……ふむ、転生時に“制御”を受けなかったのが原因か」
「その通りです。何か方法はないでしょうか?」
俺が平穏に生きるためには、この異常な成長速度をどうにかするしかない。
「方法は二つある。一つは、このまま己を鍛え続け、肉体が成長速度に追いつくよう調整すること」
「それは……いつ終わるか分からないですよね」
「そうだ。そしてもう一つは、“成長の枷”を後天的に得ることだ」
「枷?」
「制御のない成長は、いずれ破綻する。だから、成長を抑制する特殊な魔道具や契約を結ぶのだ」
「そんなものが……」
「ただし、それを手に入れるには、少々危険な場所に行く必要があるがね」
俺は少し考えた。
放っておけば、確かに成長しすぎて自滅するだろう。
なら、成長を制御する方法を探すしかない。
「……どこに行けば、その“枷”を手に入れられますか?」
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第八章 禁忌の地へ
老魔術師の話によると、成長の枷を得るには「古代の迷宮」に入る必要があるという。
「そこにある“魂鎖の指輪”を手に入れれば、おそらく君の異常な成長を抑えられるはずだ」
「分かりました。行ってみます」
「待ちなさい。そこは並の冒険者なら生きて帰れぬ場所だぞ?」
「大丈夫です。俺、強いんで」
自分で言っていて、少し虚しくなった。
平穏に生きるために力をつけたはずが、その力のせいで命を落とすかもしれない場所に行くことになるとは。
……本当に俺の選択は正しかったのか?
そんな疑問を抱きながらも、俺は古代の迷宮へと足を踏み入れた。
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第九章 迷宮の試練
迷宮の内部は、まるで生きているようだった。
石壁が脈動し、足元には奇妙な光が流れている。
「……すごいな、こんな場所が本当にあったのか」
だが、そんな感想を抱く間もなく、襲い来る魔物たち。
通常の冒険者なら一匹倒すのも困難なはずの強敵たちを、俺は次々と薙ぎ払っていった。
「やっぱり、俺……異常だよな」
圧倒的な力で魔物を蹴散らしながら、俺は最深部へと進む。
そして、ついに――
「これが、“魂鎖の指輪”……?」
祭壇の上に鎮座する、一つの指輪。
しかし、俺が手を伸ばした瞬間――
「我が試練を越えし者よ……その力、本当に封じる覚悟はあるのか?」
闇の中から響く、誰かの声。
その問いに、俺は答えなければならなかった。
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第十章 力を封じるか、受け入れるか
迷宮の奥、祭壇の上に浮かぶ魂鎖の指輪。
それを手に取ろうとした瞬間、空間が歪み、闇の中から何者かの声が響いた。
「我が試練を越えし者よ……その力、本当に封じる覚悟はあるのか?」
声の主は、黒い影のような存在だった。輪郭すら定かではないが、ただならぬ威圧感を放っている。
「……覚悟?」
「そうだ。貴様の持つ力は、すでに人の領域を超えている。その力を手放し、凡庸な生を歩むことに悔いはないのか?」
その問いに、俺は一瞬迷った。
俺が求めたのは平穏だ。
このまま力が暴走すれば、いつか自分も、周りも傷つけることになる。だからこそ、その危険を回避するために、俺はこの指輪を求めてここまで来た。
けれど――
「もし、その力があれば守れるものがあったとしたら?」
脳裏に蘇るのは、魔物の襲撃で失った故郷。
あのとき、力があれば……家族や村の皆を救えたかもしれない。
今ここで力を封じてしまえば、今後同じような状況に遭遇したとき、俺はまた何もできないまま、誰かを失うかもしれない。
「……それは」
「決めるのは貴様自身だ。指輪を嵌めれば、貴様の成長速度は大きく抑制され、力も制御できるようになる。だが、それはすなわち、この先どれほど鍛えても限界が訪れるということ」
成長の限界。
それは、ある意味“普通の人間”になるということ。
強くなりすぎることもなく、異常な成長に苦しむこともなく、ただ平穏な人生を送ることができる。
だが、それと引き換えに……
「決めろ。我が力を受け入れるか、捨て去るか――」
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第十一章 選択の果てに
長い沈黙の末、俺は口を開いた。
「……俺は、俺の力を受け入れる」
そう決断した瞬間、影の存在は微かに笑ったように見えた。
「ならば、行くがいい。我が試練を乗り越えた者よ。その力、いかに使うかは己次第だ」
その言葉を最後に、影は消え去った。
俺は祭壇の指輪を見つめ、そっと手を伸ばす。
だが、指輪を嵌めることはしなかった。
「制御は必要だ。でも、力そのものを否定することはできない」
俺はこの力を持ったまま、どこまで生きられるのか試してみることにした。
――平穏を望むには、やはり力が必要だ。
けれど、その力をどう使うかは、俺自身が決める。
そう決意し、俺は迷宮を後にした。
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第十二章 新たな旅路
迷宮を出た俺は、以前とは違う心持ちで世界を見ていた。
確かに俺は異常な速度で強くなっている。だが、その成長をどう活かすかは俺次第だ。
もし、この力が本当に“人の領域を超えている”のなら――
ただ逃げるのではなく、俺自身の望む生き方を選んでみてもいいのではないか?
そう考えたとき、ふとある考えが浮かんだ。
「……この力で、平穏そのものを作ることはできないだろうか?」
俺が強くなったのは、生きるため。平穏を守るため。
ならば、俺自身が安全な場所を作ってしまえばいい。
たとえば、誰もが安心して暮らせる村や町。
たとえば、魔物に襲われることのない地域。
俺が力を持ってしまったのなら、それを守るために使えばいい。
逃げるのではなく、戦うのでもなく――
平穏を作るために。
「……面白そうだな」
俺は旅の支度を整え、新たな道を歩み始めた。
目指すのは、誰もが平和に暮らせる場所を作ること。
そう、俺が本当に求めていた“平穏”の形を、この手で築くために――
(完)
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