5章7話 懐かしい温もり
※
状況はすぐに理解した。
毛利達の存在を視認すると、鬼槌はフワッと浮くように軽やかに跳び、悠々とホームドアを超え、ホームに着地する。
そして、毛利達の側でボロボロの由莉とサイモンを見つけた。
「テメェ、どうしたって動ける……!」
毛利がこちらを睨みつけてくる。
「体内にナノマシンをぶち込まれただろうが! それを一体全体どんな手品を使いやがった!?」
「何って、慣れと気合と根性」
猛獣のように唸る毛利に、鬼槌が冷や水を浴びせるが如くあっけらかんと言い放った。
「ッふざけんな!? あれはそんな精神論でどうにかなるもんじゃねぇんだよ!」
「って、言われてもなぁ」
鬼槌が困ったように頭を掻く。実際、トリックなんて何もない。今だってナノマシンが体内で暴れまわって全身から激痛が走っているが、寝てる場合じゃなかったので立ち上がっただけだ。
「それより、アイツらやったのお前か?」
鬼槌が由莉達の方を指差した。
「だったら、なんだ……」
質問の意図が読み取れなかったのか、顔を顰める毛利に、
「――決まってる」
鬼槌は両手を腰に当て、大きく息を吐くと、宣言した。
「ぶっ潰す」
そして重心を落として構える。
それを見て、毛利は目をパチパチさせながら、首を傾げた。
「ぶっ潰……す? 誰を? まさか俺を? …………ぷっ、フハハハハハハハハハハ!!」
一転、大爆笑が耳を劈く。毛利は目尻に涙を浮かべ、腹を抱えて笑っていたが、それも束の間、
「……上等だ! やってみせろ!」
今度は怒り狂って、鬼槌と向き合うように数歩前に出た。
「気をつけたまえ。彼は恐らく、君と同じ『ドワーフ・パッケージ』の使い手だ」
少し離れた場所から、有島が毛利に忠告する。
「ハッ! 心配するなよ、博士。動けちゃいるが、コイツ限界だぜ」
流石に元傭兵なだけあって、鬼槌の状態を見極めているのか、毛利は鼻で笑った。事実、今の鬼槌は本調子とは程遠い。
「何だったら、ハンデとして一発殴らせてやってもいいぐらいだ」
余裕の表れか、毛利は「ほら」と左頬を前に出して鬼槌を煽る。
これが命取りだった。
「そうか」
刹那、鬼槌の姿が世界から消えた。
次の瞬間には、鬼槌の拳が毛利の顔面に炸裂していた。
「なら、遠慮なく」
そのまま拳が振り抜かれる。
そして、毛利の体が天井と床を雷のようにジグザグにバウンドし、最終的にはホームの壁に頭からめり込んでいた。
※
今起きた事は現実だろうか。
一撃、たった一撃だった。
恐らく毛利は、自分達が何をされたのか理解出来なかっただろう。それ程の瞬殺劇。毛利の方を見ると、壁から微かに出ている手足がピクピクと動いていた。
絶句する由莉の元へ鬼槌が近づく。
「よう、お前ら。無事……ではなさそうだな」
由莉とその側で倒れるサイモンを見て、鬼槌は僅かに目を細めた。
「大丈夫かサイモン。死んでないよな?」
鬼槌がしゃがみ込んで尋ねると、
「……やっぱ、真守はすげぇだ」
サイモンが力無く笑いながら言う。鬼槌は呆れたようにため息を吐いた。
「いつも通りで何よりだ。……後は俺に任せて少し休んでろ」
「そ、そうさせてもらうだぁ……」
ストン、とサイモンの意識が落ちた。一瞬、死んでしまったのではないかと不安になったが、そういう訳ではなく、ただ単に安心して眠ってしまっただけのようだ。
「さてと」
鬼槌がゆらりと立ち上がり、こちらに視線をやった。
「木野、キツそうなところ悪いが、サイモンを見ててやってくれ」
それだけ告げて、鬼槌は由莉達から背を向け、歩き出す。
「あの、先輩!」
由莉が呼び止めると、鬼槌の足が止まった。
「私……その!」
しかし、止めたのはいいものの、次の句が出なかった。言わなければいけない事、謝らなければいけない事は沢山ある筈なのに、どうしても詰まってしまう。
「……話は後だ。今は事態を解決する方が優先だ」
待ちきれなかったのか、鬼槌は『残った敵』の元まで行ってしまった。
「さて、待たせちまったな」
そして鬼槌は、一番線のホームドアに背中を預ける『残った敵』――有島進の前に立った。
「で、どうするよ。毛利は倒した。残るはアンタ一人だ。個人的には、投降するのを勧めるよ」
「しなかったら?」
「ぶっ飛ばす」
鬼槌の直球に、有島は苦笑した。
「いいね、そういうストレートなのは嫌いじゃないよ。……ただ、私を捕まえてももはや意味のない事だ」
「どういう意味だ……」
「そのままの意味さ。まぁ、君が知らないのは仕方ないが、今頃地上では、『計画』の肝である暗殺部隊が、王達を抹殺している頃合いだよ」
有島が意味深な表情で上を眺める。
そうであった。上では暗殺部隊が動いている。彼らを止めなければ、有島を捕らえたとて意味がない。戦争が始まってしまう。
「んなもん、エルミア達が何とかしてるだろ」
鬼槌が眉を顰めて言う。
それは上にいるエルミア達を信頼しての発言であろうが、今回に限ってはそうじゃない事を由莉は知っている。
「先輩! 違うんです!? 実は特別駅員室には爆弾が仕掛けられてて」
混乱しながらも伝える。
「爆弾だと?」
「その通り。残念ながら彼らは消し飛んでいる頃だろう」
有島が付け加える。
絶望的な真実だが、
「ハッ、何を言い出すかと思えば」
鬼槌はまるでその真実を跳ね返すように不敵に笑って、
「――アイツらがその程度で死ぬ訳ないだろ」
瞬間。
『ええ、全くもってその通り!』
声がした。歌姫のような美しい声が。
それと同時に、何の脈絡もなく、直径三メートルぐらいの光の球体がホームの中央に出現した。球体の膜が、ピキピキとまるで卵のように割れていき、完全に砕けると、中からエルフの女とコロルの男が現れた。
「エルミア……さんに、バックスさん?」
由莉が二人の名を呼ぶ。
「はーい、由莉ちゃん。げんきー、……ってボロボロじゃない!? サイモンに至ってはどうしたの!?」
由莉達の惨状を見て、エルミアが分かりやすく動転した。
「ケケケ、どうやらオレッチ達が来てよかったみたいだな」
反対に、バックスがいつも通りの調子で言う。
「おう、二人の手当て頼んだ。あと、上が面倒になってるらしいが、王達や民衆は無事なのか?」
「ええ、ボスがいち早く避難させたからね。王達の方は今はヒュースとラングが警護にあたってるわ。民衆の方も他区の特別駅員が中心になって避難を進めたくれてる」
そうエルミアが答えると、
「なんだ、だったら心配いらねぇな」
鬼槌は大きく伸びをした。
「さ、二人まとめて回復魔法かけるから、ジッとしてて」
エルミアが駆け寄ってきて、呪文を唱える。詠唱はすぐに終わった。太陽みたいに優しい光が、由莉とサイモンを包み込む。変化はすぐにあって、みるみる内に傷が引いていった。
「エルミアさん……、どうして」
「ん? なになに? あ、どうして爆発に巻き込まれたのに生きてるのかって質問なら、私の防御魔法がギリギリ間に合ったからよ」
まるで心を読まれたみたいに質問を先回りされて、由莉は閉口してしまう。
「ケケ、でもエルミアの魔法がなかったら流石に死んでたけどな」
エルミアの後ろから包帯とか消毒液を渡すバックスに、責めるように言われ、シュンとなった。
「……申し訳ありませんでした」
「いや〜、ホントよねー、私がいたからいいものの、一体どこの悪い子があんな恐ろしい真似したのかしらー」
「イタッ! 痛いですエルミアさん! ほっぺたつねらないで!? ごめんなさい、本当に反省してます! 本当に……!」
もう色々ありすぎて情緒が不安定だった。必死で堪えようと思ったがダメで、由莉はポロポロと涙を零した。それで、エルミアが慌てて手を離す。
「ああ!? ちょっ、泣かせるつもりはなかったの! 大丈夫、大丈夫だから! 怒ってないから! 私達、殺されかけた程度で怒るほど狭量じゃないから。ね! だから泣き止んで」
「いや、流石にオレッチは怒るぞ」
とか言いながら、バックスがハンカチを渡してくれた。
この優しさが逆効果だった。ギリギリ保っていた心の砦が決壊した。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
由莉は、まるで迷子の子供が母親を見つけたみたいに、エルミアの胸に抱きついて泣きじゃくる。
「……辛かったのね。よしよし、いい子いい子」
その頭をエルミアが撫でてくれた。その手には、懐かしい温もりがあった。
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