5章1話 準備


 一二月二四日、QFRONT屋上。


 息を吐く度、唇の隙間から白い息が漏れた。生憎の曇り空だが、これもクリスマスらしいと言えばらしいな、と由莉は思った。

 世間がクリスマスイブに浮かれている中、橋渡を除いた特別駅員達は、大工仕事に励んでいた。


「クッ、どうしてボク達がこんな事をしなきゃいけないんだ……!」


 最初に音を上げたのはヒュースだった。右肩で鉄骨を担ぎながら両膝をつく。そんな彼に、束ねられたパイプを運ぶエルミアが声を掛けた。


「仕方ないでしょ。『王族セレモニー』の会場の設営スタッフが急遽足りなくなったんだから」


『王族セレモニー』とは、人間界と異世界の友好を示す為に、五年に一度、異世界と人間界が繋がった十二月三十一日に渋谷で行われる式典である。各異世界の代表五ヵ国の王達が集い、演説を行う。その舞台となるのがこのQFRONTだ。日本最大のデジタルサイネージであるQ'SEYE《キューズアイ》を有しているこのビルの屋上に、一夜限りの特設ステージを設け、その様子をキューズアイを筆頭にした大型ビジョンにて放映し、またネットやテレビでもその様子が公開される。

 今では五年に一度の年末の風物詩となっており、この日だけはオリンピック並みに世界が湧く。


 しかし、そんな式典の特設ステージを設置するスタッフ達が、軒並みインフルエンザに罹って欠席してしまった。ウイルス恐るべし。このままでは当日までに間に合わない。そこで今日一日、特別駅員と準特が助っ人として駆り出されていたという訳だ。


「それは重々承知していますとも。しかし、だからってボク達じゃなくてもいい筈だ」


 ヒュースが口惜しげに言う。

 確かに、よりによってのクリスマス。働くのはサンタだけでいい筈だ。だが、それはどこまでも人間側の都合だ。異世界人達からすれば、他世界の神の誕生日なんて知ったことじゃない。


「本当なら今頃、高級ホテルでエルミア姉様とユリちゃんと三人で愛を確かめ合っていた筈なのに……!」

「「それはない(です)」」


 キッパリと口を揃えてエルミアと由莉は、バカのアホな願望を否定した。


「何でもいいが働けクソ変態。こういう組み立て作業はドワーフの得意分野だろうが」


 一つ百キロ近い鉄骨を三個積み上げて運ぶ鬼槌が、冷徹な目で(見た目だけは)イケメンドワーフを見下ろしていた。


「偏見もいいところだね。ドワーフが揃って職人気質という訳じゃない。それは日本人がみんな勤勉でマジメだと言っているみたいなものだよ。……全く、君のように元からクリスマスに何も予定が入ってない人間はお気楽でいいね」

「ハッ、予定だけ埋めて結局遊び捨てられる奴よりはマシだろ」

「…………やはり君とは一度しっかりどちらか上かハッキリさせておくべきだね」

「上等だ」


 バチバチ、と二人が見えない火花を飛ばし合う。


「ハイハイ、ストップ。いい加減にしなさい」


 もはや恒例となってしまっている喧嘩をエルミアが面倒くさそうに止めに入った。他のメンツは慣れてしまっているので、無視して普通に作業を続行した。

 


 十二月三十日、東京メトロ渋谷駅B2F、特別駅員室。

 いよいよ『王族セレモニー』まであと一日。いつもダラけた雰囲気の特別駅員室にも、緊張感が漂っていた。

 現在行っているのは明日の警備の最終チェック。特別駅員は警備の要だ。自分達は勿論の事、警察や警備スタッフがいつ、どこに、誰が配置されるかを頭に叩き込んでいく。


「ふぅあ、前の時もそうだったが、やっぱタリィな」


 鬼槌が大きく腕を伸ばして、これまた大きな欠伸をした。


「ちょっと真守、真剣にしなさい。もしセレモニー中に何かあったら、大変じゃ済まないのよ」


 エルミアに叱られ、分かってるよ、と鬼槌がイタズラっ子のように口を尖らせる。


「うん、エルミアの言う通りだ。セレモニーの参加者、――特に異世界の王達に何かあれば、最悪の場合、戦争だってあり得るからね。気を引き締めよう」


 そう言って、橋渡は意識を高めるよう呼び掛けた。


「それで一つ、みんなに留意しておいて欲しい人物がいるんだけどいいかな?」


 全員が頷くのを確認すると、ラングに「ホワイトボードを持ってきて」と頼む。そして、ラングが部屋の奥からホワイトボードを引っ張り出してくると、それに一人の顔写真を貼り付けた。


「昔の刑事ドラマかよ」


 鬼槌からツッコミが入る。


「いやぁ、一回これやってみたくてね」

「カカカ、ボスって結構こういうの好きだよな」


 上司の懐古趣味を、バックスがその小さな体を揺らして笑った。


「そ、そんな事より、その人って……!」


 由莉が驚きの声を上げ、脱線しそうになった話を軌道修正する。


「ん? ああ、由莉ちゃんは彼の事知ってるのか。……まぁ、テレビとかネットとかたまに出てるしね。ただ、一応知らない人の為に説明しておこうかな」


 橋渡がホワイトボードに貼られた写真に意識を向ける。写真には髭面の中年男性が写っていた。

「彼の名前は毛利剛士。《人類解放の会》のリーダーだ」

「むっ、『人類解放の会』と言えば、確か、異世界人の排斥活動をしている組織でござるな」

「そっ、構成人数は約数千程度。決して多いとは言えないが、リーダーの毛利が中々カリスマ性のある人物でね、着実にその影響力を増してきてるんだ。……そうだね、一応彼の経歴についても話しておこうか」


 口頭で説明するのと同時に、橋渡はその大雑把な内容をホワイトボードに書き込んでいく。毛利について要約するとこうだ。


 毛利剛士、二〇〇二年四月三十日生まれ。毛利は子供の頃は悪童と呼ばれ、周囲から恐れられていた。そんな彼は十七歳の頃、西暦にして二〇一九年に高校を中退し、単身海外へ。そこで傭兵となり、数多くの戦地を駆け巡る。そのまま傭兵として生きていくのかと思われたが、それから六年後の二〇二五年、突如日本に戻ってくる。そして二〇二八年に《人類解放の会》を創立し、今に至る。


「よ、傭兵怖いだぁ……」

「そこかよ」


 臆病過ぎるサイモンに鬼槌は呆れるが、


「ただまぁ、よく分からん経歴ではあるよな」

「うむ、特に日本に戻ってきたのが二〇二五年というのが気になるでござるな。その年は我等の世界と人間界が繋がった年と一致するでござる」

「カカ、偶然じゃなさそうだよな」

「それより、私は『人類解放の会』を創るまでに地味に三年の期間が空いてる事が気になるわね」

「だね、何かあったと考えて然るべきだ」

「傭兵怖いだぁ」


 みんなが毛利について話し合っている。しかし、由莉はどうも納得いかず首を捻ってしまった。それに、鬼槌が気付いたのか、


「どうした木野? 何か言いたげだな」

「いえ……。ただ、毛利をそこまで警戒する必要はあるのかな、と思いまして」

「その心は?」

「確かに毛利は元傭兵で、子供の頃から素行が悪かったと聞いています。でも、それはあくまで昔の話です。日本に帰ってきてからの毛利に犯罪歴はありませんし、『人類解放の会』にしても、異世界人に対するヘイトスピーチや政治家との間の怪しいお金のやり取りなどの噂なんかは聞きますが、直接的な被害は出していません。今回の『王族セレモニー』に関しては、そこにあまり意識を割き過ぎるより、もっとすべき事があると思います」


 由莉が言うと、全員が感心したように押し黙った。言い出しっぺの橋渡ですら苦笑した。


「たしかに、今の情報だけだと由莉ちゃんの言う通りだね。だけど、僕の話ももう少し聞いてほしいな」


 言うと、橋渡は懐からもう一枚写真を取り出して、ホワイトボードに貼り付けた。写っていたのはやはり毛利だった。しかし、今度は彼一人ではない。もう一人、顔にイカつい刺青が入ったスキンヘッドの黒人が写っている。場所はどこぞの波止場で、夜に撮られたものらしく薄暗くてよく見えないが、何やら談笑している様子である。二人の背後には僅かに船の先端らしき物も確認出来た。


「これは警視庁の鶴見警部からの情報提供だ」

「鶴見警部って……、以前『出張』でお世話になった」

「うん、その彼だ」


 そんな鶴見から提供されたもの。つまり、


「あのお堅いうすらハゲがわざわざ回してきたんだ。そのスキンヘッド、只者じゃないんだろ?」


 みんなの気持ちを鬼槌が代弁した。「その通り」と橋渡は指を一本だけ立てた。


「男の名はアブソリュー=シャムシャー。武器商人として世界中を渡り歩いている男さ」


 武器商人、という単語を聞いて、みんなの緊張のボルテージが一段階高まった。

 悲しいかな、二〇五〇年になった今でも戦争はなくなっていない。むしろ、激化している所まで存在する。それがある限り、このアブソリューのような男の需要は消えない。

 そんな者と毛利が密談していた。


「これは約一週間前に撮られた写真だ。……無論、これだけで何か断定されるという事はない。毛利の傭兵としての経歴を考えても、二人が顔見知りの可能性が高いしね。偶然、別の商談で日本に訪れたアブソリューと連絡を取っただけの可能性もある。ただ、――うん、やっぱり最後は僕の勘になるんだけど、毛利は昔からどこかきな臭いんだよね」


 完全に所感だった。しかも悪印象を抱かせるタイプの。滅多に人の悪口を言わない橋渡にしては珍しい発言だ。


「ま、何にしても、やるべき事は同じか」


 一連の話を鬼槌がまとめる。


「そういう事。なぁに、このメンツなら何があっても大丈夫だって僕は信じてるよ」

「あ、良い事言った風にして話を締めようとしてる」


 エルミアに指摘されると、「バレたか」と言って橋渡はおどけてみせた。


 ドッ、と全員が一斉に笑った。


 この笑顔が明日以降も続くと信じていた。

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