第8話 さよならの準備
千尋は、玲との別れを決意した。
それはつまり、自分の体と本気で向き合うこと。
今まで後回しにしていた生活を、ようやく整え始める。
朝は少し早く起きて、白湯を飲む。
食事はきちんと噛んで、味わう。
仕事の合間に深呼吸をする。
疲れたら、無理をせず休む。
「自分を大切にする」
そんな当たり前のことを、千尋はずっと忘れていた。
玲は変わらずそばにいたが、彼の姿は少しずつ淡くなっているように感じた。
「君、ちゃんと眠れてる?」
「うん。前よりずっといい感じ」
「そっか。よかった」
玲は微笑んだ。
だけど、その笑顔が、どこか寂しそうで——。
「玲……私ね、気づいたんだ」
「何に?」
「私はずっと、あなたに頼りすぎてたのかもしれない」
玲は何も言わず、ただ優しく千尋を見つめる。
「あなたがいることで、私は安心してた。でも……それじゃダメなんだよね」
「……君がそう思うなら」
玲は微かに笑いながら、千尋の頬にそっと手を添えた。
「僕はね、ずっと願ってたんだ。君が本当に幸せになれるようにって」
「玲……」
「だから、君が前に進むなら、それでいい」
その瞬間、玲の輪郭が、ほんの少しだけ揺らいだ。
まるで、光の粒になって消えていくみたいに。
「……玲!」
千尋は思わず手を伸ばした。でも、その手が触れたのは、ふわりとした空気だけ。
玲は優しく微笑む。
「大丈夫。僕は、君の中にいるから」
「……うん」
千尋は、ぎゅっと目を閉じた。
涙が溢れそうになったけれど、こらえた。
だって、これは悲しい別れじゃない。
新しい人生を歩むための、大切な一歩だから。
玲は、静かに消えていく。
千尋は深く息を吸い、そして——
初めて、自分の足でしっかりと立ち上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます