【季節】春の訪れ、心の余裕

 最近部屋の西側にある小窓のところに二輪のチューリップを飾るようになった。母が仏壇に供える用に買ったものだが、すぐにしなしなと首を曲げてしまったらしい。どうやらそのチューリップまでは水が届かなかったみたいだ。そのまま枯れるか捨てられるかだったそれを私がなんとかしようと救出したのだ。今の家には手頃なフラワーベースなるものはないので、とりあえずペットボトルに入れてしなしなの茎を支える。

 次の日の朝、カーテンを開けるついでにチューリップの確認をする。しおれかけていた花が空気を含んだように柔らかく膨らんでいた。しなしなだった茎の部分も水をたっぷり吸ってハリのあるものに変わっている。上からチューリップを覗くと薄紫の花の中央に青の絵の具を垂らしたようなそんな淡く優しい色が広がっていた。

 植物はいいなと思う。試行錯誤がそのまま結果として現れる。元気になった姿を見るとそれが植物からの感謝のように感じられて嬉しくなる。部屋のよく目につく場所にそんな非日常の安らぎの色があると、心に余裕が生まれる気がする。

 人として生まれて生きていると、焦ることもあるし不安に襲われることもある。それに飲まれないように少しだけ自然に頼ってみる。花を見たり、育てたり。今の季節は少しつらいかもしれないけど風の音に耳を傾けたり、その中で深呼吸をしてみたり──

 そうやって自分の中に意図せず生まれてしまうマイナスに立ち向かっていく。心の余裕を自ら作り出す努力をする。

 手元にある小さなスマートフォンの中には数え切れないくらいの娯楽で溢れている。楽しい、満たさせる、時間はあっという間に過ぎていく。でも、心の余裕は生んでくれない。たまにぼーっと動画を見続けたあとで、時間が勿体無かったなと思うことがある。そのときはたしかに楽しくて満たされた気になるけど、その娯楽の中には余裕も成長もない。

 毎日の中で少しでいい、ほんの少しでいいから顔を上げて周りに目を向けてみる。スマートフォンの画面じゃないどこかを見つめてみる。外に出る。庭に敷き詰められた砂利の隙間からど根性なチューリップが葉を出しはじめていた。もうすぐ春が来ますよ、と季節がそこに足跡を残したみたいだ。庭の桜の木はまだ禿げ坊主だけど、そのうちあっという間に花開くのだろう。今年はその桜の木が満開になるまで観察したい。足の速い春という季節の後ろ姿を見失わないように、その足跡を辿っていきたいと思う。

 心の余裕を作り出すことの大切さを思い出させてくれたチューリップに感謝しよう。感謝して、色で溢れる春をゆっくりと待ち望もうと思う。

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