第2話 彼の日の貴女へ 1

 深夜二時。

 皆が寝静まるだろう頃合いに私の執筆の手は止まり、構想に考えあぐねていた。

 思い立って普段から書き留めているアイデア帳を手に取り、捲る。

 頁を捲っていくうち、一節の文章に目が留まる。


 中学の頃、私の小説を好きと言ってくれた子がいた。

 それはもう熱烈に、情熱を持って特にこの一節が胸に響いたと言って私の小説を褒めてくれた。


 嬉しかった。

 一人の書き手としてそれはもう本当に、舞い上がる気分だった。

 当時と同じ、その一節。

 そして、思い出される、少女との熱く甘やかな日々。

 書き手と読み手であると同時、上級生と下級生だから赦されたその蛮行。

 私は少女の好意につけこみ、彼女を拐かし、抱いた。

 放課後の教室で、服をはだけさせ、秘部を玩ぶ私の手に少女は愛らしく啼いて。

 成長途中の未だ少女的な肢体をまさぐる度に、予想外に素直に悦ぶ少女の様に私の心は昏い歓びで充たされた。

 やがて悦楽に濡れた目で見る少女の前に、私も素肌を晒し。

 さらけ出された私の乳房をむしゃぶるように啜り、気付けば自ら私の股座に顔を埋める少女。

 互いに脱ぎ捨てた姿で教室を汚し合ったあの時間。

 少女と私は互いに異様な熱に当てられ、心行くまでお互いを貪り合った。


 その日以来、少女とは度々逢瀬を重ね、愛と呼べるかも分からない感情を互いに満たし合った。

 最後の最後まですれ違ったまま、私と身体を重ねる少女。

 やがてある時、それは突然に、破綻の刻は訪れた。

 私に向かって「彼氏が出来た」という彼女。

 その瞬間、私は彼女への想いが恋であったことを知覚した。

 彼女の言葉をショッキングに受け止めた私はただ一言、


「ごめんなさい」


 そう言って彼女を拒絶し、走り去った。

 心が苦しい。しかし寝盗られたように思った訳ではなかった。

 一つ、例え彼女が男のものを知ろうと、いや知っていようとも。

 むしろ、あんなにも醜いやり方で彼女を拐かした私こそが彼女に恋い焦がれていた事実に驚きを隠せずにいた。

 そして何より、今なら解る。

 少女こそが恋の捕食者だった。

 恋を玩び、分かった上で更なる禁断の道へと私を誘おうとしたのだと。

 その内に秘めたるものは、私の恋なんてものよりよほどおぞましいと気付いて。

 ふと、恐ろしくなって。

 そして、私は彼女の前から逃げ出した。


 私の恋はその日を境に散った。

 以降も卒業のその時まで彼女と顔を合わせる機会は度々あった。

 恋破れた私はぐちゃぐちゃで、ただどうすることもできなかったが、彼女は以降も優しく変わらず、時折同じように私の小説を褒めてくれた。


 そして時が経った今。

 いつしか彼女の意図を悟った私は、彼女との日々に想いを馳せ、今でも時折後悔に苛まれる。

 あの判断はおそらく賢明であったとも思う。

 だが、私のどうしようもない本能が囁く。

 彼女の欲望に塗れたあの視線の前に私の心を身体を晒して。

 彼女の手を取って禁断の道へ踏み出していれば。

 今頃、何か違った未来があったのではないか。

 道を踏み外しても、彼女が、彼女さえそばにいてくれたならと。

 彼女と肉欲を貪り、悦楽に溺れる、そんな甘美な日々が。

 そう想って、過去を思い出し、私は私を慰める。

 いつもの、何度目かの、もはや擦り切れたような回想。

 回顧に耽る私を嘲笑うかのように外はやがて白けて。

 そして、筆は未だ止まったまま。朝は来る。

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