第22話 氷川はやはり本物だ


 放課後の講堂は、普段は触れることのない特別な空気感で満ちていた。

 舞台上では演劇部の部員たちが慌ただしく動いていて、これが部活の雰囲気かと感じる。

 そんな様子を、客席に座って眺めている俺はなんて怠惰なのか。



 ただ、見ているのは俺だけじゃない。左には星野が。そして、右隣には氷川も座っていた。

 客席には俺たちの他にも数人。台本を持ってる人は部員だとして、その他の人は俺たちと同じ観客だろう。




「おい、なにがどうなって氷川さんを連れてこられたんだよ……」


「……どうだっていいだろ」


「やっぱ関係進んでんじゃねぇか」


「ただのクラスメイトだ」


 小声で話しかけてきた星野の言いたいことはよく分かる。

 予定していた数から勝手に人が増えていたら、そりゃ誰だって驚くはずだ。それが、学校の有名人ならなおさら……。


 おそらく氷川に聞こえてるよな……。そう思いながらも、このまま気まずい空気はしんどいのでとりあえず話を振ってみることに。



「氷川って演劇は観たことあるか?」


「何回かあるよ。校外学習でプロの劇団を観に行ったり、中学の文化祭でも演劇部の公演を観たり」


「なあ、星野。俺たちの中学ってそんなのあったっけ?」


「いや、きっとお前らに芸術を教えても無駄だって諦められてたんだろ」


「ふふっ、そのあたりは学校の色があるだろうからね」


 とはいえ、ここまで違いがあるとは……。

 観劇経験のある氷川と比べたら、ますます俺の感想なんて役にたつのかと思ってきてしまう。


「なんか、氷川さんだけで十分じゃないか?」


「それは俺もちょうど思ってた」


「こういうのはいるだけでも意味があると思うよ。星野くんだって、陸上部で経験ない?」


「俺……?」


「大会でも観客が多いほうが燃えるでしょ?」


「そりゃそうだろ。注目を浴びて気合いが入らないやつはいないって」


「ここも一緒だよ。見てくれる人がいなければ、何も残らないのと同じだからね」


「そう言われると、なんとなく理解できたかも……?」


「ふふっ、前田くんも分かった?」


「あ、ああ……」


 説得力を生み出すその話し方に、気づけば納得させられていた。

 今まで学校モードの氷川とじっくり話すことはほぼなかったけれど、こうして話すと、人々が惹き付けられる理由がよく分かった気がする。



「よし、じゃあ始めるぞ~」


「はい!」


「おっ、きたきた。渚もいるじゃん」


「ずいぶん本格的な衣装なんだね」



 俺たちの間に流れていた気まずさも無くなってきたところで、顧問のそんな合図が講堂に響いた。すると辺りは、一気にピリッとした空気に変わる。


 舞台上には、白を基調とした王子様の衣装を身に纏った二階堂の姿もあった。


 今日の練習は、終盤の見せ場のシーンらしい。

 初めての演劇、初めてのストーリーでいきなり終盤っていうのはなんとも複雑だけど。一番の美味しいところを見れると思うことにする。




「────アレーン姫。その名前は本当ですか?」




 そのシーンは、渚が演じる王子の一言から始まった。



「ええ、そうですわ。七年前、あなたと愛し合った日々のことを想い続けながら過ごしてきました」



「こんなボロボロな姿になってまで……。ごめん、もっと早く気づいてあげられなくて。僕もずっと君を想っていたんだ」



 舞台のスポットライトの下で、王子と姫が強く抱き合う。

 内容は聞いていなかったが恋愛物語か。しかも、高校生が新入生のお披露目でやるには重すぎるテーマ。


 元になった童話を氷川は知っていたらしいので、たびたび中断する合間にざっと説明を受けた。



 とある大国の姫が、隣国の王子に恋をして相思相愛に。

 しかし、姫の父親はその恋に反対だった。それでも逆らい続けていると、罰として長い年月もの間、辺境の塔に閉じ込められてしまう。

 その後も様々な試練が襲いかかってくるけれど、最後には王子との再開を果たし結ばれる────という物語だそうだ。




「普段の渚らしくねぇなぁ」


「だな」


 一通り終盤のシーンの練習が終わった後、まず思ったのはそんな感想だった。

 硬さがこっちまで伝わってくるほどの緊張感を、渚から感じたのだ。


「氷川はどうだった?」


「う~ん。良かったと思うけど、なんだか自信無さげには見えたかな」


「氷川さんと同じ意見ってことは、あながち俺の見る目は間違ってないのか……!」


「それじゃあ星野は、そう見える原因はどこだと思うんだ?」


「それは……雰囲気だろ!」


「よくそれで自分の見る目を誇れたな」


「だったら、遊介は分かんのかよ」


「分からないから口を出さなかったんだ」


「あえて言うなら、立ち方だと思うよ」


「立ち方?」


「王子様のはずなのに、見られることを意識していなかった気がする。って、なんだか偉そうなこと言っちゃったね……」


 俺たちが抽象的にしか分からなかった点を、具体的に言葉にしてくれる氷川。

 本人は言いすぎたという表情をしているけれど、感じたことをちゃんと言葉で伝えられるその力は、俺からしたらすごいの一言だった。



「それじゃあ、ちょっと休憩~」



 顧問のその声で、講堂の空気は緩やかなものに。

 身体の力を抜くように、ふぅっと息を吐くと、たまたま両隣の二人も同じタイミングで息を吐いていた。

 見ているだけでもなんだか体力が削られたのは、俺だけじゃなかったみたいだ。


 そんなこんなで一息ついていると、王子姿の二階堂がこちらへと近づいてきた。



「二人とも。それに、氷川さんまで来てくれたんだね」


「勝手に来て大丈夫だった?」


「もちろんっ。出来ることなら、氷川さんに話が聞けたらって思ってたから」


「力になれるかは分からないけど……」


「さっきの氷川さんの目のつけどころ凄かったぞ! まっ、俺も分かってたんだけどな」


「あはは……」


 サラッと混ぜられたその言葉が星野の誇張だっていうのは、二階堂も分かっていたんだろう。

 俺たちは顔を見合せながら苦笑を浮かべた。


 そうして、さっき気づいたところについては氷川に説明してもらい。俺もその話を静かに聞き入る。




「なるほどね。心の余裕と立ち方かぁ」


「あくまで素人の感想だから、解決になるか分からないけどね」


「いや、言われてみれば余裕はなかったかも。王子になろうと必死になりすぎてた」


「あんなガッチガチな渚は初めて見たもんな」


「舞台の上って緊張するんだよ!?」


「二階堂が頑張ってるのは伝わってきてたさ」


「でも、役柄的に頑張ってるのが伝わっちゃダメなわけで……」


 話せば話すほど、どんどん課題に陥る二階堂。

 俺としては励ましたつもりだけど、墓穴を掘っただけだった。

 人をフォローするのは難しいもんだな……。



「氷川さんに演じてもらえたら、すぐ掴めるんだろうけど……。それはもう答えを聞くようなものだよねぇ」


「私がやっても、棒読みで目も当てられないことになるって」


「そうそう。変な演技をさせるより、普段の氷川さんを観察するのが、一番参考になるんじゃないか?」


 まあ、それは星野の言う通りではある気がする。

 普段、王子様キャラを演じている氷川にそこから王子を演じてもらうって、もう訳が分からないほど濃い王子が出来上がりそうだけどな……。



「氷川さんって、人と話すときに気を付けてることってある?」



「……その発言をしたら、相手がどう思うか考えるようにはしてるかな」



 突然、声のトーンが低くなったものだから、驚いて視線が声のほうへと向く。

 ただ、それ以上に驚かされるのはこの後の氷川の行動だった。



「あとは、こうやって────」



「……っ!?」



「ちゃんと目を見ること」



 下を向いていた二階堂の顔を上げさせるように、顎に手を添えてクイッと持ち上げる氷川。


 恋愛映画でイケメンがやるようなものを、実際に見ることがあるとはな。

 身長差もあってか、まるで氷川が王子で二階堂が姫に見えてくる。


 二人とも中性的な見た目をしているから、なんとも感覚がおかしくなりそうだけど。



「おお、これが本物の王子……」



「おい。多方面に失礼だろ」



 俺は思っても口には出さなかったっていうのに。

 ただ、あのおとなしい雰囲気の女の子が、キラキラオーラを放ってこんなことを……。


 なんというか、氷川も頑張ってるんだなって改めて思った。



「あなたっ、氷川さんだったよね? ちょっと舞台に立って演技してみない!?」



 ちょっとした小芝居が繰り広げられていたところ、勢いよく入り込んできた突然の乱入者が。



「ぶ、舞台とかはちょっと……」


「先生~、氷川さんなら私が猛アタックしてもダメだったんですから」


「でも、勿体ないよ! 氷川さんには才能を感じるの。彼女の演技力を磨いていけば、将来は大女優になれるわっ。今のやり取りを見て確信したの!」


「いや、私に演技は……」


「何を言うの! もっと自信を持って!」


「え、ええっと……」



 こりゃまた、見る目がある顧問なことで……。氷川が今この場でも演じているだなんて、思ってもないんだろうけど。


 氷川に負担がかからないようにするとは言ったが、暴走列車のような顧問の勢いは俺では止められそうにない。

 見かねた演劇部員たちが間に入ってなだめてくれたことで、ようやくその場は収まったのだった。

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