第36話 二人きりの花火大会②


 氷川と二人で来た花火大会は、開催時間が近づくにつれて、どんどんと周りの熱気も増していく。

 インドア派な俺にとっては、これほどの人の数を見るだけでも体力が削られていた。


 氷川もそれは同じだと思っていたんだけど────この熱気にあてられたのか、珍しくはしゃいでいるみたいで。

 そんな氷川に付き合わされる形で、スーパーボールすくいやヨーヨー釣り等の屋台を遊び歩いていた。


 ちなみに最初にやっていた射的はというと、結局、景品をゲット出来たのは最初の二回だけ。

 あの後は四発とも外していたから、氷川の言う通りまぐれだったのだろう。



「ヨーヨーって久しぶり。幼稚園のとき以来に触るかも」


「氷川が楽しめてそうで良かったよ」


 無邪気な笑顔を浮かべながら、水が入っているヨーヨーを手の平で弾ませて遊ぶ氷川。


 もう片方の手は、迷子にならないようにと未だに俺の手を握ってきていて……。


 屋台で遊ぶときこそ離してくれるけど、それ以外はずっと繋ぎっぱなしだ。

 極力意識しないように────そう自分に念じ直してから俺は視線を上げる。


「そろそろ何か食べるか。花火の前に腹ごしらえしとこう」


「賛成。なに食べようかな……」


「そういえば、母さんから氷川と何か食べろって金もらったんだよ。だから、食べたいのあったら言ってくれ」


「えぇ、なんか申し訳ないよ」


「気にすんな。俺も好きなの食べるから、氷川も遠慮することないさ」


「う~ん……。じゃあ、今回はお言葉に甘えようかな」


 そう言って氷川は、両脇に立ち並ぶ屋台の文字をじっくりと眺め始めた。


 難しい顔をしているから、きっと何を食べるかで迷っているのだろう。

 これだけ屋台が出てれば、種類も豊富なわけで……。迷う気持ちもよく理解できる。

 俺が先に決めたほうが、氷川も決めやすいだろうか。


「だったら俺は、焼きそばにするかな」


「それじゃあ私は……たこ焼きお願いしていい?」


「分かった。けど、たこ焼きだけでいいのか?」


 返ってきた言葉に若干の間があった気がして、他にも食べたいものがあるんじゃないかと思い聞き返す。

 だけど、なんとも言いづらそうな表情をしていて……。俺は言葉が発されるのをゆっくり待つ。



「……食い意地張ってるとか思わない?」



 ボソリと呟く氷川の顔は少し赤くなっていた。

 なるほど、遠慮がちだったのはそういうことか……。



「思うわけないだろ。せっかく来たんだし、心残りはないほうがいいからな」



「……あとで、りんご飴も食べたい」



「分かった、デザートにでも食べるか」



 ひとまず氷川の要望は聞けたわけだけど、ただ聞けばいいってわけでもないんだな……。

 恥ずかしがっているのところを見ると、デリカシーがなかったかと少し申し訳ない気持ちになる。


 それでも氷川は、こういうところにあまり来たことがないって言ってたし……。



「から揚げ棒とかポテトも美味そうだな。買うの付き合ってもらえるか?」


「私はいいけど、そんなに食べれるの?」


「氷川が手伝ってくれれば」


「……っ! ふふっ、も~しょうがないなぁ」



 ────氷川が笑ってくれたなら良かった。



 ふと、無意識のうちにそんなことを思っていた自分に驚く。


 母さんやあかねに乗せられてか、妙に俺も浮かれている気がするし……。ここら辺で気を引き締め直しとこう。


 これはデートじゃないんだから────



「いた……っ!」



「おっと、大丈夫か?」



 ぶつかられたことでよろけた氷川の肩を、咄嗟に受け止める。


「うん、ありがと」


「ケガしてないか?」


「心配性だなぁ。大丈夫だよっ」


 学校で見せる綺麗な微笑みとは違う、崩れた無邪気な笑顔。

 密着して、至近距離で見たその表情に何故だかドキっとしてしまった。


「……まだまだ時間もあるし、ゆっくり歩こう」


 なんか今日はおかしいぞ、俺。


 誤魔化すように先に離れると、頭の中を覗かれないように氷川から視線を外した。






 屋台を巡って食べ物を買った俺たちは、座って食べれる場所を探して十分ほど歩き回っていた。


「おっ、あそこ空いてる」


「早くいこ! 誰かに座られちゃうかも」


 ようやく二人で座れそうな場所を見つけると、氷川が駆け足になる。

 手を引かれることで、俺も駆け足になりながらベンチの前に着くと────二人同時に、ベンチにもたれかかるように座り込んだ。


「やっと座れたぁ……」


「この人の多さは、かなり疲れるな……」


「冷めないうちに食べよっか」


「そうだな」


 歩いてるうちに冷めた気がしないでもないけど……。


 そう思いながら、ビニール袋から買ったものを取り出そうとすると、手に温かな感覚が伝わってきた。

 どうやら、良い意味で俺の予想は外れたみたいだ。

 氷川のほうを見ると、たこ焼きからも湯気がのぼっていてそちらもまだまだ熱そうだった。


「いただきます。……あっつ、はふ、はふっ」


「ははっ、一口でいくからだろ」


「ら、らってぇ……」


「焼きそばは熱くても食べやすいからな」


 はふはふしながら、口の中のたこ焼きを冷ましているらしい。

 苦悶の表情を浮かべる氷川の隣で、俺も焼きそばを食べるけど、顔が歪めほどの熱さではない。



「……ふぅ。焼きそば少しもらってもいい? たこ焼き一個あげるから」



「俺は別にいいけど、これでいいのか? あれだったらもう一つ買ってきても……」



「前田くんならいいよ。一応弁明しとくけど、誰だっていいわけじゃないからね?」



 弁明されたらされたで、変な勘違いをしそうになる言い回しのような……。


 それにそういうのは、同性同士でやるノリじゃないのだろうか。

 俺の気持ちなんて知る由もない氷川は、焼きそばに向かって真っ直ぐ箸を伸ばしてくる。


「うん、たこ焼きとは違ったソースの味でいいね! なんだか普段の焼きそばよりも美味しく感じるなぁ」


「それは分かる。こういう屋台のって高いけど、特別感があって美味しいんだよな」


「この雰囲気とかもあるのかな?」


 こうしたお祭り事の独特な雰囲気は、確かにスパイスになるのかもしれない。


 じっくり眺めることもないこの景色を見つめて、どこか感傷に浸っていると────



「あれ、遊介じゃん!」



 喧騒の中から、聞き覚えのある声が俺の耳に入り込んできた。

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