第10話 この妹ときたら……

 ────ジリリリリリリッ。




「ん、んん……」




 脳内にまで響く騒がしい音で、強制的に目覚めさせられる。

 まだ寝ぼけた頭で、ぼーっと音の原因を探ると────それはベッドから離れた勉強机の上に置かれている、目覚まし時計からだった。


 目覚まし時計が鳴っているってことは、今日も学校か。


 なんとか身体を起こして時間を確認すると、時計の針はもうすぐ正午を指そうとしていた。



「おいおいおい……大遅刻じゃねぇかよ」



 焦って着替えようとしたところで、俺はふと思い出す。

 昨日の帰り────『明日、デートすんだよ!』と惚気ていた星野の姿を。

 スマホのカレンダーを確認すると、そこには土曜日と表示されていた。


「ちっ、またあいつか……」


 わざわざ休みの日に目覚ましをかけるほど、俺はしっかりした人間じゃない。

 前にも全く同じ目にあったから、犯人はすぐにピンときた。



 せっかくの土曜日が、こんな寝起きから始まるなんて最悪だ。

 深いため息をつきながら、俺は一階のリビングに向かおうと部屋を出る。


「あっ、やっと起きてきた。お兄~、お母さんがお昼食べたら買い物行って来いってさ」


 部屋から出るなり、聞きたくもない言葉が聞こえてくる。

 出来ることなら部屋に戻って引きこもりたい。


「なに言ってるの、あんたも一緒に行くのよ」


「え~、お兄だけで良くない? めんどいんだけど……」


 階段を降りてる間も何やら下で言い合ってるみたいだけど、めんどいのは俺もだよ。


 そしてこの、ソファにもたれ掛かってスマホをいじってるのが俺の妹────前田あかね。


 腰の辺りまである長い黒髪に、ややつり目がちの大きな瞳。黙っていれば可愛いと思えるんだけどな……。

 あかねは二つ下の中学二年生で、ただいま反抗期中だ。


「おい、あかね。また俺の部屋に目覚まし時計置きやがったな?」


「いつまでも寝てるお兄が悪いんでしょ? 休みだからってゴロゴロして……。そんなんだから彼女も出来ないんだよ」


「お前には関係無いだろ。そもそも俺は彼女なんて────」


「はいはい、お昼出来たからそこまでね」


 昼ご飯の準備を終えた母さんに遮られ、俺とあかねの口論は一瞬で幕を閉じた。




 大盛りのナポリタンを食べ終えると、お腹が満たされたことで再び睡魔が襲ってくる。

 あくびをしながら、ソファのほうに移ったら一気に瞼が重くなってきた。


「ちょっと、遊介~。準備して買い物に行ってきてちょうだい」


 そんな俺を見かねてか、すぐさま母さんからの妨害が入る。


「ちょっと休んでからでもいいだろ。まだ昼過ぎなんだし」


「あんた、そう言って昼寝するつもりでしょう?」


 バレたか……。まぁ、すでに目が閉じかかっているしそりゃバレるよな。

 それでも誤魔化すために、俺はだんまりを決め込む。


「あかねもよ? いっつも準備に時間かかるんだから」


「なんであたしまで行かなくちゃいけないわけ? お兄となんてダルい」


「買ってきてほしいものが沢山あるの。遊介だけだと大変でしょ?」


 これはもう、どれだけ抗議しようと俺が行くのは確定らしい。

 どうせ行かされるなら、あかねがいてもいなくてもたいして変わらないけど……。


「ほら、これで何か食べていいから。駅前のショッピングモールまでお願い」


「えっ、いいの!? なら行く~。お兄、早く!」


 母さんが千円札を二枚渡した途端、急に態度が変わったあかね。


「はぁ……」


「なに、そのため息。あたしがついていってあげるんだから感謝してほしいんだけど?」


 つい呆れてため息を漏らすと、またあかねは不機嫌になってしまった。

 難しい年頃だな、本当に……。言い争うのも面倒だし逆らわないでおこう。


「はいはい、ありがとうございます」


「よろしい。じゃっ、準備してくるからちょっと待ってて」





 結局、あかねが準備を終えて家を出たのは四十分後。

 いつもより早いほうだけど、いくらなんでも時間かかりすぎだろ。俺なんか五分で準備終わってたぞ。


「なに食べよっかな~」


「フードコートで適当に食べればいいんじゃないか」


「いや、気にせず二千円使えるならオシャレなのがいい」


「お前、まさか一人で二千円分を使おうとしてないよな?」


「そうだけど。だって、あたしが貰ったものだし」


 なんて強欲な妹なのだろう。

 こんな残念な性格にも関わらず、すれ違う人は皆があかねに釘付けだ。本人はスマホに夢中で気づいてないみたいだけど。


 ガーリーな雰囲気の服装は、俺から見てもオシャレだとは思う。

 家では下ろしてる長い黒髪も、外に出るときは必ず高い位置でツインテールにしていて────どんな場所に行くときでも、あかねは必ずこのコーデなのだ。


「そういえば最近、駅の近くにオープンしたクレープ屋が人気みたいなんだよね」


「クレープ屋?」


「ここ! 美味しそうじゃない?」


「あぁ、ここか」


 見せられたスマホの画面に表示されていたのは、見覚えのある店の外観だった。

 このクレープ屋は、氷川とゲームセンターに行った帰りに寄ったことがある。

 女性ばかり並んでいて、なんとも気まずい思いをしたっけ。もう一度あの体験をするのは、出来れば遠慮したいところ……。


「このクレープ屋、結構並ぶぞ?」


「……なんでお兄が知ってんの?」


「……え?」


 しまった……。行きたくない気持ちが先行しすぎたか。

 食べに行ったから────なんて正直に言ったら突っ込まれるのは間違いない。

 あかねなら、俺がクレープ屋なんてもの行かないことくらい分かるだろうからな……。


「えっと、クラスで話してるやつがいてな」


「でも、実際に行ったような口振りだったよ?」


 こういう変なところで鋭いの、マジで勘弁してくれないだろうか。


「はぁ……駅のほうに行ったときに見たんだよ。やけに並んでたから記憶に残ってたんだ」


 嘘はついてないはずだ。見ただけじゃなくて食べたりもしたけど。


「ふ~ん。まっ、お兄のことなんて興味ないからいいや」


 興味ないなら追及してくるなよ……。俺の緊張して消費した体力を返してほしい。

 あかねにバレないように、俺は息を吐いて身体の力を抜く。


「それより早く歩いて。あたし、ここのクレープ食べることにしたから」


 待ちきれないとばかりに、あかねは早足になる。

 穏やかな休みになるはずだったのに、どうやら今日は疲れる一日になりそうだ。

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