異世界追放令嬢なら僕の隣で飯食ってるよ

桜月七(旧 竜胆)

第一章

第1話

 三月の夜風はまだまだ冷たく冬の名残を感じさせ、僕は身震いをしながら駅から続く幹線道路沿いの歩道を歩いた。

 プルル……

 コートの内ポケットに入れたスマートフォンが震え機械的な呼び出し音が着信を知らせた。

 「はいはい」

 僕は足を止めガードレールを背もたれにして通話に出た。

 「うん、うん、そう今帰り、大丈夫だよこっちは心配ない」

 心配そうな声は継母の佐知子さんだ。

 僕を産んで直ぐに実母が亡くなった。

 数年は母方の祖母の手助けを受けながら父子二人で生活をしていたが、父の転勤を機に僕が五歳の頃、父は佐知子さんと再婚した。

 それからは佐知子さんと三人の生活が始まり間も無く異母妹が生まれた。

 四人での生活は佐知子さんの献身的な努力もあり上手く生活していた。

 そんな僕も今年大学卒業まで生活していた土地を離れ僕は卒業と同時に関西へと出て来た。

 それからはこうやって時々佐知子さんから僕を心配して連絡が来る。

 「うん、まだ慣れないけどなんとかやれてるよ」

 佐知子さんの背後で父や異母妹の悠が騒ぐ賑やかな通話を終えると雑音だらけの筈の歩道が急に静かに感じて、僅かな心細さを胸に帰路を急いだ。

 

 「ただいま」

 誰もいない玄関を入ってそう口にする。

 習慣だというのもあるが、いつか僕の為にと母方の祖母が遺してくれた一軒家に帰ってきたら挨拶を欠かせない。

 二階建てのそう大きくもない家だが、僕が一人で住むには充分な広さがある。

 一階にはリビングとダイニングキッチンに和室が一部屋、風呂とトイレは別になっていて小さな裏庭が付いている。

 二階には寝室を含めて三部屋、ベランダがあり屋根裏部屋に続く梯子階段がある。

 僕の部屋は屋根裏部屋にしている、空が見える丸い天窓がお気に入りだ。

 玄関から短い廊下を抜けて、リビングの灯りをつける。

 コートをハンガーに引っ掛けたら直ぐに風呂へと向かった。

 慣れない仕事はまだ研修でしかないというのに、毎日かなり疲弊する。

 本格的に忙しくなるのはまだまだ先だというのに、風呂上がりの僕はぐったりとソファに腰掛け湯上がりにキッチンの冷蔵庫から出して来た缶ビールをグイッと喉に流し込む。

 クッと喉奥が熱くなり爽快感に長い息を吐いた。

 テレビを付けて観るとはなしに音だけをリビングに溢れさせれば、一人暮らしの寂しさも少し和らぐ。

 画面の中の誰かの笑い声をバックミュージックに僕はスマートフォンを手に取った。

 幾つかあるメッセージは殆どが地元の友人たちからのもの、適当に返事をして異母妹の悠からのメッセージを読んだ。

 どうやら最近熱を上げているネット小説の話らしい。

 家族に冷遇されている不遇な令嬢がヒロインの小説は、この間の公開で婚約者との不仲と王城での不憫な生活が描かれていて、悠はかなり不満を漏らしていた。

 そんな小説が今日新たに更新され異世界から来た聖女が家族と婚約者を奪い冤罪をかけられたヒロインは王子である婚約者に追放されたらしい。

 あまりそういうジャンルに興味はないが、義妹が楽しそうに感想をこうやって送ってくるのでキャラクターの名前はすっかり覚えてしまった。

 

 明日は休日だし少しぐらい多めに飲んでもいいかと二本目の缶ビールをあける。

 カシュッと炭酸が弾ける気味良い音の後、強い光がリビングを包み視界が真っ白に変わる。

 「何?眩しい!」

 眩い光がゆっくりと収束していくと、漸く閉じた瞼を擦りながら辺りを確認しようとして、僕は目の前にある青い空のような瞳に視線がぶつかった。

 「……は?え?だ、だれ?」

 「こ、こは?」

 甘栗色の背中に届く長い髪をふわりと巻き上げ、漫画や映画で見たような豪奢だったであろう彼方此方破れたドレスを着た女性が目を見開いて僕を見ていた。

 これが彼女との出会いだった。

 

 「えっと、改めて聞くよ?君の名前はマリーベル・フォル・ルドベキアさん、歳は十八歳でベルチェ王国の公爵家長女……?」

 「はい」

 鈴を転がすような小さくも良く通る声で頷く女性は舌を噛みそうな横文字の羅列した名前や国名を告げるが、ベルチェ王国なんて知らないぞと首を傾げる。

 「婚約者の第二王子から婚約破棄されて第二王子の新しい婚約者となる恋人でもある聖女に君の居た世界から追放された、と?」

 「……はい」

 目を伏せて答える様は痛々しくもあるが、正直なところ僕は戸惑っていた。

 異世界転移なんてライトノベルやゲームなんかの定番だが所詮は空想物語でしかない。

 そんなものを信じるなんて到底有り得ないのだが……。

 とはいえ確かにいきなり光ったリビングに彼女が突然現れたことには間違いはない。

 缶ビール一本で酔っ払ったわけでもなく、取り敢えずはぼろぼろのドレスを何とかしないと視界が危ない。

 太腿が見えそうな程に破れたスカート部分、胸元まで破れたドレスのせいで肌がチラチラと見え隠れする。

 ゴホンと咳払いをして、取り敢えずは僕のスウェットでいいかと着替えになりそうな服を取りに立ち上がった。

 ビクッとマリーベルの肩が跳ねた。

 「あー、着替え持ってくるから少し待っていて、その、そのままじゃアレだから」

 ポリと頭を掻いてマリーベルから視線を外して告げるとマリーベルは自分の姿を確認して「ひ、ひゃっ」と短い悲鳴が上がった。

 「じゃあちょっと取ってくるよ」

 僕は急いで寝室に向かった。


 二階へ上がり階段に近い部屋に入る。

 今は亡き実母の部屋から薄黄色の小花柄のワンピースと白いジャケット、それに薄黄緑のブラウスを取り出して廊下に置いてから寝室へ向かい、引っ越す前に買った新品のスウェット上下とTシャツを取り出した。

 ふと、マリーベルという名前に聖女というワード、さらにベルチェ王国という名に心当たりを覚えてポケットにねじ込んでいたスマートフォンを手に取った。

 「……嘘だろ」

 唖然と呟いた僕の言葉は静かな寝室に消えた。

 悠からのメッセージには「マリーベルお嬢様が聖女に退場させられたよう」という台詞に泣き顔のスタンプが貼られている。

 「マジ?え?じゃあ彼女は……」

 慌てて僕は悠から聞いていたネット小説「不遇令嬢は聖女に負けました」というタイトルを検索する。


 「ここではないとある世界、数多の国々が集まる大陸の中程にあるベルチェ王国に異世界から聖女が現れた。それがベルチェ王国更には大陸全土を巻き込む災厄の始まりだった」


 そんな書き出しに頭を抱える。

 「っと、先に着替えを持って行かなきゃな」

 マリーベルの名前を見て僕は残して来た彼女を思い出し、慌てて寝室を出ると母の部屋から取り出した服とスウェットを抱えて階段を降りた。

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